バームクーヘンハッピーエンドこれは明晰夢というものなんだろうな、と目を開けた瞬間はっきりとわかった。何故かって、未来の自分であろう顔に傷のある男が目の前にいて、見知らぬ部屋で泣きながらバームクーヘンを食べていたから。
「なんで泣いてるの?」
夢ならば自分に干渉してもいいだろうと声をかける。
「ぅぐ…今日…七海…の結婚式で…」
「…七海?」
ここにはいない人間の名前に心臓が跳ねる。片思いをしているたった一人の同級生。彼の結婚式の後、菓子を食べているということは。
「そのバームクーヘン、七海の結婚式の引き出物?」
目の前の男は首を縦に振った。
「そっかあ」
七海は僕を置いて幸せになるんだ、という事実に目元が熱くなる。泣いちゃダメだと慌てて上を向いた。この想いが叶うとは思っていないけれど、終わりを見せられて傷つかないわけでは無い。
「僕が何をしなくても、この恋は終わってしまうんだ…」
結婚式に招待してくれたということは、ただの同級生ではなく友達以上の立場にいるはず、告白してなおその立場を維持できるとは七海の性格上思えなかった。
「…よし!」
顔を下ろすと目の前の男はいなくなっていて、場所も寮の自室に戻っていた。いつ寝て起きたのか記憶にないけれど、きっとあれは僕の背中を押す夢だったのだろう。脇目も振らず真っ直ぐ隣の部屋へと向かう。ドアをノックし、部屋の主の名を呼んだ。
「どうした?」
部屋を出てきた彼は就寝前の読書をしていたのだろう。メガネをかけてラフな格好をしている。そんないつもの姿がかえってありがたかった。
「七海、あのね、僕、七海のことがーー」
***
「なんで引き出物が家にあるんだ?」
七海は灰原の前に置かれた菓子箱に疑問符を浮かべた。
「僕が食べたかったから余分に用意してたの」
「全く…」
いっぱい食べる彼らしいと笑いながら隣に腰掛ける。
「泣きながらバームクーヘンを食べてるから何事かと思った」
「良い式だったな、と思って」
「そうだな、良い式だった」
「…これからもよろしくね」
「ああ」
この部屋に来てすぐ上を向いた灰原は気づいていなかったが、机上には二人がタキシードを着て満面の笑みを浮かべる写真が立てかけてあった。
***
七海(と)の結婚式の後にバームクーヘンを食べる灰原の話