まだ結婚してなかった「大変です!禪院家が滅びました!」
買い出しから帰宅した伊地知が大慌てで灰原の元にやってきた。
「どういうこと!?」
「それが…」
「とりあえず水!水飲んで!」
灰原がグラスを差し出すと伊地知は一気にそれを飲み干す。一息ついてからグラスを持つのとは反対の手に持っていたものを差し出してきた。
「号外?」
「はい、道中で配っていたのをもらいました」
読むと、忌子とされていた双子がクーデターを起こし一族を殲滅したとのこと。
「じゃあ伏黒は!?」
伊地知の声で奥から出てきた虎杖が号外を読んで顔色を変える。心配するのは次期当主に指名されており現在禪院家に滞在している恋人の安否であった。
「それは…」
「大丈夫だよー」
気の抜けた声のした方…縁側を見るといつの間に敷地内に入ってきたのか五条と伏黒が立っていた。
「ふしぐろー!」
「ぐ、ぐるし…」
目にも見えぬ速さで移動した虎杖が伏黒に抱き着く。無事でよかった、とか何があった、とか言いたいことはたくさんあるが、とりあえず今は虎杖を落ち着かせるのが先決のようだ。
***
「クーデターがあるって知ってたの!?」
「ああ」
なんでも、主犯二人から相続放棄をするなら見逃すという提案をされていたらしい。
「俺は元々あの家に興味はなかったから快諾した」
「なら事前に教えてくれたらよかったのに」
「それじゃクーデターにならないだろ」
いつもの調子を取り戻した二人の掛け合いに灰原は内心胸を撫で下ろす。
「あれ?じゃあなんで五条さんも一緒にいるんですか?」
「旦那の上司の扱いひどくない?残党に襲われるといけないからここまで送り届けに来たってのに」
来客用の菓子を次々に食べる姿からは旦那様の上司には到底見えない。
「あれ?じゃあ今日のお仕事は?」
「放り出してここにいますよね?」
いつの間にか灰原の背後に出勤中のはずの七海が立っていた。
「旦那様!」
「伏黒君を我が家まで護送したら速やかに戻るように言いましたよね?」
「そういえば、どうして家なの?五条さんの家じゃなくて?」
嫁の虎杖がいるから、というのはわかる。が、今は緊急事態。警護という面からしたら五条家のほうが安全なのではないか?
「家で保護したいのは山々なんだけど、御三家のしがらみでダメなんだよね」
「すみません、新婚のご家庭に俺までお邪魔するのは申し訳ないとは思ったんですが…」
「ああ!それなら気にしないで!」
かしこまる伏黒に灰原は元気づけようと笑顔で話す。
「僕たち。まだ結婚してないから!」
「「え?」」
伏黒だけでなく虎杖も聞き返した。
「ナナミンたち、新婚夫婦じゃないの?」
「違うよ。一緒に住んでるけど入籍も式もまだ」
「…なんで?」
「そういう約束だから」
かくかくしかじか、と事情を説明する。
「じゃあ俺、未婚の夫婦の所にお邪魔してたってこと!?五条先生なんで教えてくれなかったの!?」
「別に言わなくてもいいかと思って」
「本当にすみませんでした」
事の次第にとうとう伏黒が頭を下げ始めた。
「これ以上迷惑はかけられません。あとは自分でなんとかしますので」
「俺も!伏黒が誰かの家で隠れなくちゃいけないなら、二人で爺ちゃんの所へ行くよ」
「禪院家の件が収まるまで伏黒君は政府の監視対象でもあります。無暗に市井へ出られては困ります」
「でも…」
「若人の未来は私たちが守ります」
「そうだよ!僕らは君たちの後見人でもあるんだから、こういう時くらい頼ってよ!」
「はい」
君たちも十分若いけどね、という言葉を五条は菓子と共に飲み込んだ。
***
「それで、お二人の結婚式はいつの御予定ですか?」
「しばらくは無いだろうねえ」
「え?」
灰原の回答に疑問を呈したのは意外にも七海だった。
「何故?」
「なぜって、今回の件で妹の結婚式も延期だし」
「どうして?」
よくわからない、という顔をしている七海に灰原は諭すように告げた。
「流石に御三家がごたついてる中で祝言はあげられないよ。没落してても一応華族だからね」
悲しいかなそこは縦社会、上の顔色を伺わないと生きていけないのである。それは灰原にとっては当たり前のことだった。
だが、それに納得できない人間もいるわけで。
「…五条さん、今回の禪院家の件は政府が関わっても良い案件でしたよね?」
「上層部に所属していた奴が何人もいるはずだから急に穴が空いて人事もごたついてるし、早く収束させたいってのが本音だろうな」
「ではとっとと終わらせましょう」
「おい首元を掴むな」
七海は五条を引き摺りながら玄関へと急ぐ。
「だ、旦那様…!?」
「虎杖くん、伏黒くん、大したおもてなしはできませんがゆっくりしていってください」
「お気遣いなく」
「いってらっしゃい、がんばれー!」
慌てる灰原と対照的に客人二人は冷静だった。挨拶もそこそこに出ていく二人を見送った後、その理由を尋ねるとため息をつきながらの答えが返ってきた。
「早くこの件を終わらせて…というより早く結婚できるようにしないといけませんから」
「結婚?君らの」
「七海さんと灰原さんのです」
「僕らの?」
「早く結婚させてあげないとナナミンが可哀そうだよ」
「ええ?」
よくわからない、という反応をする灰原に、七海も大変だなと同情の念を送る二人であった。