ダズン・ローズの恋朝の待ち合わせは無しで、と言われた時から何かあるとは思っていたがこれは予想外だった。
「ハッピーバレンタイン」
昼休み。七海はバラの花束を携えて灰原の元に現れた。
「朝一緒に登校できなかった理由って」
「花屋に行っていたからだ」
戸惑う灰原に周囲が野次を飛ばす。
「家でやれ」
「七海バラ似合うな」
「さっすが王子様」
「キザっぽいのに決まってるのが腹立つな」
「…片膝でもつきましょうか?」
うろたえる灰原と違い七海の方はは頬は赤いものの野次に冗談を返せるくらいには余裕があるらしい。それが悔しくて思わず叫んでしまった。
「やめて!これ以上惚れさせないで!」
「…」
「無言で膝つくのやめて!!」
赤面カップルの攻防はしばらく続いたという。
***
「にしても、赤い薔薇かー」
「本物はじめて見た」
灰原が花束を受け取ると彼の周りをクラスメイトが囲む。各々が思い思いのことを話す中、一人があることに気が付いた。
「にしても何本あるんだ?」
「ひいふうみい…ああ、なるほど」
十二本かと呟くと花束に見惚れている灰原に小声で声をかけた。
『灰原、花束を貰ったらそこから一本取って襟元に返すのがマナーだぞ』
『そうなの?』
『七海がまだ片膝ついてるのがその証拠だ』
確かに、と七海へ視線を移すと花束を受け取ってからも動かずじっとこちらを見つめている。灰原は慣れない手つきで一本のバラを引き抜くと花束を片手に持ち替えていそいそと襟元へ刺した。途端七海は穏やかな笑みを浮かべて立ち上がる。
「ありがとう」
「よかったなー」
灰原に助言をしたクラスメイトは一人パチパチと軽く拍手を送る。七海は彼に向き直り頭を下げた。
「あなたが雄に教えてくれたおかげで良い返事がもらえました。ありがとうございます」
「本音は?」
「大歓喜ですありがとうございますお礼は後日させてください」
「メロンパンでよろしく」
「駅前の親カメロンパン買ってきます」
「な、何?」
七海にしては珍しい大盤振る舞いの約束に灰原が首をかしげる。七海の反応に何かを察し先んじて手元のスマホで情報収集を終えた別のクラスメイトが肩に手を置きそれを差し出した。
「こういうことらしいぞ」
数分後、悶絶する灰原が観測できたという。