無題「じゃあ僕、お風呂入ってくるね」
「ちゃんと温まらないとダメですよ。先輩、いつもカラスの行水みたいな速さで出てくるんだから」
「はいはい。今日は湯船に浸かるよ」
ゆっくりしてて、と言い置いて、百々人は風呂場に向かった。
残された秀は、ほとんどBGMと化していたテレビを消し、すっかりぬるくなったココアを一口飲んだ。晩夏のある夜、二人の暮らす部屋には穏やかな空気が漂っていた。
空になったマグカップを台所に持っていこうかと思ったところで、テーブルの上で何かが震えているのに気づいた。百々人が置いていったスマートフォンだった。断続的に震えているそれは、電話の着信を告げているようだ。
そう思った時には、電話をかけている相手の名前が目に入っていた。正確には、百々人が電話帳に登録した名前。
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