あの人となら、 今日も太宰はデスクで仕事もせずに愛読書を開いている。それが何かと云えば『完全自殺読本』。数年前に手に入れたその稀覯本はびっしり付箋が貼り付けられている。
「ねえねえ、国木田君。入水と練炭だったらどっちが楽に死ねるかな」
「知らん。というか仕事をしろこの自殺嗜癖が。死ぬなら過労死でもしろ」
「厭だよぉ。私は苦しいの嫌いなのに」
向かいのデスクでPC作業をしながら、国木田がファイルの角で太宰の頭を小突く。そこへ隣のデスクから敦がおずおずと割り込んできた。
「あの、練炭自殺はすごく怖いって聞いたことありますよ」
「えっ、なになに? 敦君も自殺に興味あるの?」
太宰が仲間を見つけたとばかりに目を輝かせる。その様子を見ても国木田は何も云わない。敦は書類の束を整理しながら続けた。
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