2022.8.12.8:12PM机の上に置かれた手のひらサイズの白い紙に、ペンを近づけては離すこと五回。奥村英二はついに書くことを諦めて、ぐっと伸びをした。開け放たれた窓から吹き込む風は微かな夏を運び、癖のある黒髪を掻き乱した。
向かいに座って本を読んでいたアッシュ・リンクスが、堪らずといった様子で吹き出す。
「なに?」
「別に」
一等綺麗な翡翠の瞳に、きらきらと光るブロンドヘアー。端正な顔立ちが肩を竦めてみせる姿は、まるで映画のワンシーンのようである。
英二はちらりと壁の時計に視線を投げた。時刻は午後四時三十分。もうすぐ日が沈む。作業を始めてから一時間が経っていた。
「・・・・・・先に帰っててもいいよ」
その言葉にアッシュは机に本を置いて、英二の方に体を向けた。表紙の文字を目で追っている間に、ゆっくりと伸ばされたアッシュの手が、乱れた黒髪を優しく撫でて整えてくれる。
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