恋の味はまだ知らないバレンタインデー、というものは。
中学や高校時代には女子たちが妙にそわそわして、無関係であろう男子たちも浮かれたりする行事。
どちらかと言うと江澄も無関係に属する男子だった。
姉からの手作りチョコさえもらえればいい。義理チョコもお返しが面倒だし、本命なんて尚更だ、と素気無く断っているうちに女子から嫌われたらしい。
「嫌われてるのとは違うんだけどなあ」と笑うのは、毎年大量のチョコレートを貰う義兄だ。そのほとんどが義理や友チョコだと言うが果たしてそうだろうか。彼は江澄とは逆で愛想も付き合いもいいから女子人気が高いのも頷ける。羨ましい訳ではない。
そんな、何となく間延びした雰囲気の中。
ピリッと空気が引き締まる瞬間があった。
藍兄弟……、彼らの周囲だけ真冬の寒さが一層際立つ。チョコを手渡そうという強者も緊張で固まってしまったようだ。
(だけど、あの人の場合は冬の陽だまりみたいだな)
帰る頃にはあの二人も義兄のように両手いっぱいにチョコを渡されているだろう。義兄と違うのはきっと、全部が本命だということだ。
困りながらも笑って受け取るあの人が頭に浮かんで、江澄は追い出すように首を振る。
その中にOKを貰う女子はいるのかな、なんて。
無関係な江澄は勝手に一か月後を想像する。
帰宅後に義兄と一緒に食べた姉特製のチョコレートは、いつもより少し苦い味がした。