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    uncimorimori12

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    みずいこ
    ジェラピケ着てホットミルクをコクコク飲むイコさん(笑う所)だけもう読んで。絶対完成しないこれ

    #みずいこ
    waterLake

    ベツレヘムの星「あれ? 水上やせた?」
     その心根を体現するかのような、おろしたての鉛筆のごとくピンと伸びた背筋は記憶のものとなんら遜色なかった。
     こちらの考えを全て見透かすような深緑の虹彩も、凛々しくよった眉根も、撫で付けられた前髪も、よく鍛え上げられた身体も。何もかも、過ぎ去った月日を感じさせぬほどに水上の記憶の中に保存されていた姿と変わらず、まるでコピーアンドペーストでもされたかのような光景だ。そのあまりの再現度に思わず水上は持っていたビニール袋を落としてしまう。水上の腹に収められる予定だった麻婆豆腐は地面に叩きつけられおそらく袋の中で哀れな姿を晒していることだろう。目の前の生駒はすっかり動きを停止させてしまった水上に歩み寄ると、ひしゃげた袋を拾い上げる。温められた惣菜特有の籠った香りが静まり返った夜道に広がった。
    「あー、残念やなあ。中身出てもうてる。これきっと夕飯やったんやろ? どこのコンビニ?」
    「セブイレ、っす」
    「セブイレか、ええなあ。俺もセブイレの麻婆丼好きやで。でもほんま水上に会えて良かったわ。いやな、俺今からひとまず本部向かおうとしてたとこやねんけどなんか街並みちょっと見ない間に結構変わってもうてるし、入ろうとしても認証で弾かれて途方に暮れてたんや。まさか入れんとは思ってなくて想定外やってん。もしかして俺知らん間にボーダーをクビになってた?」
    「クビ、っつうか。まあ、その、死んだことになってたんで」
    「あー、そっちかあ。まあそれもそやなあ、そう勘違いされても仕方ない状況ではあったもんな」
     水上の言葉に生駒は納得したように頷くと腕を組む。そこで水上は今朝迅と廊下ですれ違った時に授けられたアドバイスを思い出した。曰く、「今晩水上くんには驚くような出会いが待ってるよ。もし会ったらなるべくその子の願いを叶えてあげてね」とのことだ。今朝聞いた時はなんだその安っぽい占いの恋愛運みたいなセリフはと思ったものだが、まさかこのことだったのだろうか。確かに迅の言う通り状況を理解するのに必死で夕飯を落としてしまう程にはうんと驚く出会いではあった。というか、これで驚かない方がおかしい。七年前遠征任務先で死んだとされる元隊長が、その七年前と全く変わらない姿で目の前に現れたのだから。
    「……ひとまず、じゃあ、本部行きますか」
     水上は痛む頭を抑えると生駒かっこかりをボーダーの入り口に案内する。普段であれば生駒に擬態した近界民である可能性も考慮しこんな不用意にボーダー本部に招き入れることはないのだが、迅から直々にアドバイスがあったということは本部に案内してやるのが恐らく正しい選択なのであろう。ボーダー職員は迅の忠告には逆らわず耳を傾けるよう身を以て躾けられているのだ。
    「いやあ、悪いなわざわざ。ところでなんで水上はそんなくたびれたサラリーマンみたいな格好してるん?」
    「実際くたびれたサラリーマンなんで……」
    「街並みだけやなくて水上もちょっと見ない間にえらい変わってもうてるやん。なに、悩みでもあるん? それともイコさんおらんくて寂しかった?」
     生駒の言葉に思わず水上は歩みを止め振り返る。呑気に水上の後をついてきていた生駒は突然歩みを止めた水上を不思議そうに、暴風雨が吹き荒れる水上の心情なんててんで興味がありませんとでも言うように、その意外と大きな瞳で水上を見上げた。そういえばいざという時は勘がいいくせして、普段は鈍く素直で単純な人であったことを水上は思い出した。
    「アホですねえ、イコさんは」
     その日初めて、水上は生駒の名を呼んだ。今確信した。この目の前にいる人物は生駒達人で間違いない。変化が見られない姿形も、まるで七年が経過していることを把握していなさそうな口ぶりも、近界に一人取り残されたはずなのに平然と帰還した無傷の身体も。不審な点を挙げればキリがないが、それでも目の前の男が生駒達人であるという現実を水上は嫌というほどに理解させられた。皮肉げに持ち上げられた水上の口角に、生駒は尚も目を丸くする。きっと生駒は突然アホなんて言葉を投げかけられた理由に心当たりがまるでないのだろう。そんなアホで、鈍くて、変わらぬ男に。水上はどっさりと溜まり込んだ文句の中から一つだけピックアップして口にする。
    「あんたがおらんくて寂しかったですよ、ずっと」
     笑ってしまうほどに上擦ってしまった水上の言葉を、生駒はただ変わらぬ表情で聞き入れた。

    「そういえば俺今度の遠征任務行くから臨時隊長決めなあかんねん」
     普段と変わらぬ昼下がりの隊室に落ちた言葉は、ぬるま湯のように緩み切った空気を一変させるのに十分な効力を持っていた。それまで持ち込んだゲームで対戦していた海と隠岐も、勉強をしていた真織も、携帯をいじっていた水上も。一斉に顔をあげ生駒を見る。突如として集まった隊員たちの視線に驚いたのだろう、生駒は困惑したようにパチパチと瞬きをすると先ほどから睨めっこを繰り広げていた用紙を掲げた。
    「ほら、俺って隊長やん? せやから一応遠征行くにあたって俺がおらん間の隊長の業務を代わりにこなしてくれる人を決めとかなあかんねん。まあ言うてもこうやって報告書かいたり、たまにある会議に顔出したり、ほぼ雑務って感じやねんけど。んで、スケジュールが結構シビアでこれに書いて来週までに提出せなあかんねんな」
     生駒が掲げた用紙には確かに隊長代理の名前と、選考理由を記載する欄が設けられていた。それ以外にも持病やら食の好み、生活習慣までA4サイズの薄っぺらい用紙の両面に様々な記入欄が設けられている。どうやら先ほどからうんうんと唸りながら生駒が書いていたのは月次の報告書ではなく、遠征任務選抜者向けのアンケートであるようだった。それは、理解した。けれども肝心なことは何一つ判明していない。
    「いや、なんでイコさんが遠征任務に行くん?」
     心底戸惑っている真織の言葉に、水上も心中で頷く。確かに生駒の実力は客観的に見ても、選抜されるのに申し分ないと言えるだろう。なので試験を通過したことについては水上は驚いていない。むしろ当然であるとさえ思っている。けれども、だからと言って生駒が遠征任務に興味があるとは全く考えていなかったのだ。事前に行きたい素振りを見せたことも無かったし、遠征任務の試験結果はとっくの前に出ていたにも関わらず今の今までなんの相談も無かった。だから、この隊にいる誰もが『イコさんは遠征に行かない』と無邪気に信じ込んでいたのだ。生駒は「なんで」と繰り返すと、考え込むように顎に手を当てた。
    「そこ深く考えてなかったかもなあ。選ばれたから、そら行かななあって」
     単純明快な答えに強張った体から力が抜けていく。選ばれたから。それはボーダーに所属する隊員としてはあまりに真っ当で、高潔で、正論で。ハナから行く気すら無かった水上はその生駒の在り方に罪悪感が照らされ二の句がつげなくなってしまった。生駒は口をつぐむ隊員達を特に気にした素振りもなく用紙を置くと、水上にぴたりと視線を合わせる。表情は変わらないくせして、その視線で口よりも雄弁に語りかけてくる生駒の瞳はこの日も当てられただけで燃えるようであった。
    「で、俺結構考えたんやけど水上がやっぱ適任やなって思うねん。みんなのこと俯瞰して見ることできるし、こういう事務処理系? も得意やし。せやから出来れば水上にお願いできれば思ってんねんけど、どう?」
     錆びた隊室にゲームオーバーを謳う声だけが虚しく響く。水上は生駒の視線から逃げることを許されぬまま、ただ頷くことしか出来なかった。

    「ね、驚くような出会いが待ってるって言ったでしょ」
     相変わらず何を考えているか掴めない薄ら笑いを浮かべながら迅は水上を見下ろした。差し出されたぼんち揚を一枚ありがたくつまみながら、水上は隠すことなくため息を溢す。年長者への敬意は長年振り回されていくうちに随分と薄れてしまっていた。
    「そんなら誰と出会うかまで言うてくれたら良かったのに。とうとう働きすぎで頭イカれたんかと思いましたよ」
    「それなら大丈夫。イかれるとしたらまずおれからだから、おれが正常ってことは水上くんもまだまだ稼働できるさ」
    「労基に訴えたろかなほんま」
     自身の労働状況を大いに嘆きながら水上はズルズルとベンチに沈み込んだ。
     結局あの後生駒はメディカルチェックなどを行われたのち、開発室へと連れ込まれていった。生駒と離れて丸一日、聞いた話では今のところ身体的には生駒達人で間違いないという診断結果が出ているらしい。しかも生駒は失踪していた期間を七年ではなく、一ヶ月ほどだと主張しているとのことだ。
     生駒は七年前、遠征先で仲間を庇い亡くなったとこれまで水上は聞かされてきた。滞在先の国で攻撃にあった遠征隊は脱出を試みたものの、激しい戦闘の末殿を務めていた生駒が犠牲になってしまったのだと。けれども、生駒が言うにはその後色々あって乱星国家に拾われ一ヶ月ほど世話を焼かれた後、無事このように地球に還してもらったとそう主張するのだ。生駒の主張を信じるならば時空が歪んでいることになるのだが、事実生駒の姿は確かに七年前と何ら変わりがない。いくら格好を同じにしても七年が経過すればイヤでも人は老け込んでしまうものだが、確かに生駒の顔には成人前のあどけなさが残されていた。けれども、乱星国家に関しては未だ研究が進まず未知のテクノロジーがわんさかと眠っている可能性が大いにあるとはいえ、時空まで歪めてしまうほどの技術があるのは些か荒唐無稽すぎるだろう。わざわざ生駒をこっちに還してくれた理由もよく分からない。分からないのだが、しかしあの生駒達人ならばもしかしたら、それも可能にしてしまうかもしれない。なんか知らない内に生き延びて乱星国家に飛ばされ、一ヶ月世話になった後に無事帰還したと思ったら実際は七年の月日が経過し浦島太郎になってしまった、程度のミラクルくらい生駒ならあるのかも。そういう謎の説得力が生駒には何故かあった。
    「そういやイコさんと話してきたんすよね。どうでした、あの人?」
     呑気にぼんち揚をつまみながら隣に座った迅に尋ねる。迅はまるで思い出し笑いを堪えるように口元を手で抑えながら口を開いた。
    「いくら見えてたとはいえ驚いたよ。姿も話す内容も昔と何一つ変わんないんだもん」
    「やっぱ最初は驚きますよね」
    「ぼんち揚あげたら感動して泣いてたけどね。ほら、実際の遠征期間も含めるとしばらくこっちには帰ってきてなかったから『懐かしい味』って言ってたよ」
    「くそっ、ちょっとオモロいやん。見たかったっすわ」
    「そんな悔しがる?」
    「悔しがる俺もどうせ見えてましたよね」
     そのあんたの優秀なサイドエフェクトで。そう暗に言えば、迅は「でもやっぱ生で見ると全然違うよ」と言って笑った。
     帰還した遠征隊のメンバーの中に生駒が含まれないことを報告された翌日、迅は隊室に訪れ自分を含む隊員達に頭を下げた。生駒が帰還しないことは事前にサイドエフェクトで知っていたこと、それでも敢えて遠征メンバー全体の生存率を上げるために生駒が遠征に行くのを止めなかったこと、見えていた未来を自分たちに今まで黙っていたこと。それら全てを自分の責任であるとして水上達に謝罪しに来たのだ。当時は水上達も若く、隊長を失った直後だったこともあり迅の謝罪を上手く受け取れず拒絶してしまったのだが、今ではこうして仕事の合間に雑談をする程度には関係は修復している。今思えば友人を犠牲にすることを理解した上で断腸の思いで送り出さなければならなかった迅も辛かったに違いない、と考えられる余裕が生まれるくらいには七年という年月は長かった。
    「そうだ、お願いがあるんだよね」
    「無理です」
    「水上くん年々辛辣になっていってない?」
     迅はそう言って身体を横に向けると笑顔を引っ込める。それは水上も一度しか見たことのない、あの日隊室に謝罪にやって来た迅の顔と重なるもので水上も自然と背筋が伸びた。
    「あのね、なるべくでいいんだけど。これから生駒っちの言うこと、お願いは出来るだけ叶えてあげて欲しいんだ」
    「……それは、迅さんのサイドエフェクトが言うてるんですか?」
    「ううん、生駒っちの友達としてのお願い。だから本当に水上くんのできる範囲で良いんだけど」
     真剣な顔をして随分と抽象的なことを迅が言う。生駒の願いとはいったい何だと言うのだ。それは本当に自分が叶えてやれることなのか。そう疑問を投げかけようとしたところで水上のスマホが鳴る。見ればそれは開発室からの呼び出しであった。
    「時間だね。おれはそろそろお暇するよ」
    「あ、ちょっと」
    「それじゃあ生駒っちのことよろしくね」
     迅はそれだけ言い残すと立ち上がりあっという間に去っていった。全く、逃げ足が異様に速い。水上も呼ばれている手前追いかけている暇は無いので仕方なく諦めると、さっさと開発室へと向かう。可能性は色々考えられるが、このタイミングで呼ばれたということはほぼ確実に生駒に関連することだろう。一日ぶりの、七年間頭の片隅を占領し続けていた生駒が待っているのだ。水上は逸る気持ちのまま足早に廊下を突き進む。一刻でも早くまたあの燃えるような深緑に焼かれたかった。



    「アレクサ、流行りの音楽をかけて」
     生駒の命令に応えアレクサが近頃ドラマの主題歌に起用されヒットチャートのトップを独占中のバラードをかける。人間の命令に健気に忠実に応えた文明の利器に生駒は感極まった様子で拍手を送った。
    「え、ヤバない? ほんまに音楽流れた。どこまでええ子やねん」
    「雑談の相手とかもやってくれますよ。上手い返しさせるようになるまでに結構話しかけて教えんといけませんけど」
    「ほんま? せやったら俺がこのあーちゃんの面倒は責任持って見るな」
    「あーちゃんて」
    「そらそやろ。お前この子女の子やろ。それをこんな初対面の男が呼び捨てで呼んだら失礼過ぎるて」
     生駒がいたく真剣な面持ちでアレクサとの接し方を語る。水上としては買ってから今までアレクサに対し便利なガジェット以上の価値を見出してはいなかったし、これからも積極的に交友を深める予定は無いので生駒の好きに育ててもらって構わないのだが、女心をまるで理解していない鈍感な男のレッテルを一方的に貼られたこの状況はなんとも納得がいかなかった。
     水上の私物のアレクサと生駒が交友を深めるというオモシロ状況になぜ陥っているのかと問われれば、話は三時間ほど巻き戻る。開発室に呼ばれた水上は本部預かりになった生駒のお目付兼監視役に就くよう命じられた。
     今の所生駒の証言は時系列以外整合性が取れているようだが、それにしたって不審な点が多すぎる。一ヶ月生駒の世話を焼き、帰還を手伝ってくれたという謎の乱星国家についてももっと情報が欲しいところだ。よって、生駒の存在は事情聴取が終わるまでボーダーの機密事項として秘匿されることとなった。ボーダー内部を自由に歩き回ってもらう分には構わないが、基本外部との接触は家族であっても禁止されている。外出も三門から出るのは許可が降りた場合のみ、三門市内でも水上と同行が必須という条件付きだ。これでも捕虜よりはだいぶ良い待遇ではあるが、その一歩手前の扱いを受けているのを見るに上は生駒が『近界から送られてきた刺客』である線を疑っているのだろう。迅が危険性は無いと判断したので今の待遇に落ち着いたが、水上無しではコンビニの新作を買いに行くこともできない程度には生駒は上層部に警戒されているのだ。命懸けで遠征任務にあたった隊員に対して随分粗末な扱いだと思わなくもないが、まあ正直上層部の不信感に関しては水上にも理解できるものなので、生駒の待遇に関してはむしろ「よくここまで高待遇にまで持ってこれたな」という感想だ。きっとまた迅がお得意の口八丁で上を黙らせたに違いない。
     それよりも、水上にはもっと気にかかることがあった。自分の職場内での待遇だ。水上は生駒の監視役については特に文句もなく受け入れた。どのみち誰かが引き受けなければならないし、それならば自分が『生駒の口を割らせるのに』適任であるのは明白であったからだ。しかし、大人しく了承した水上に上司は続けてとんでもないことを言ってのけた。
    「それじゃあ今日から生駒くんと本部で同じ部屋で寝泊まりしてもらうから。あ、といってもちゃんとプライベートは確保されるからそこは安心してくれ」
     そこまで言うと後はもう用はないとばかりに「よろしく」とだけ言って水上を部屋から放り出した。いや、待ってくれ。それじゃあって、全然理解できないが。用意された部屋は確かに小さな談話室とそれぞれのベッドルームにトイレと浴室までが併設されているもので『プライベートは確保』されていそうだが、問題はそこではない。俺、しばらく家に帰れないのか? 小さな、けれども深い絶望が水上を襲う。元々忙しい時期は家に帰れず半分ボーダーに住み着いている状態になっていたこともあったが、とうとう名実共にボーダー住まいになってしまった。学生時代はボーダーと私生活の区別がつかなくなるのが嫌であえてボーダーが有する寮では無くアパートを借りていたというのに、今になってボーダーに住むことを強要されその上他人と共同生活まで強いられるとは。いくら相手が生駒とはいえ、水上は胃の重たくなるような状況についスマホで『転職 ホワイト』と検索してしまう。しかし、嘆いたところで目の前の仕事は無くならない。水上は文句を呑み込むと二時間で大型のキャリーに必要な物を詰め込み、自宅からボーダーへと舞い戻ってきたのである。ちなみにアレクサは軟禁生活を強いられる生駒への水上なりの慈悲だ。お気に召していただけたようで何よりである。
    「みずかみー、お風呂空いたでー」
     風呂上がりの生駒が談話室に顔を出す。水上は作成途中の報告書を保存するとパソコンを閉じた。
    「見て、めっちゃふわもこのパジャマ選べたから思わず着てもうた。手触りもむっちゃええねん。前はもっと味気ない謎のシャツしか選べんかったよな?」
    「トリオン技術も発展しましたからね。今は洗濯機からふわもこパジャマが出てくる時代なんすわ」
     水上の向かいに座った生駒は確かに毛足の長い、まるで女の子が部屋着にしているようなパジャマを着ていた。水上の記憶をたぐるに生駒は基本的に動きやすいラフなハーフパンツやシャツを部屋着にしていたはずだが、乱星国家にいる間に趣味が変わったのだろうか。可愛らしいパジャマと捲った袖から覗くムキムキの腕とのあまりのミスマッチさに思わず不躾な視線を送る水上に気がついたのだろう、生駒は可愛らしい真白のパジャマの袖を引っ張ると少し居心地が悪そうな顔をして居住まいを正した。
    「分かっとるよ、俺こんなん着たらあかん顔やろってな。でも言うてこの部屋でしか着いひんし、どうせ水上しか見んやろ思ったら、こう、好奇心に負けてもうてな……」
    「はあ」
    「お前も着てみ、むっちゃ着心地ええから。あ、もちろん皆には黙っといておくで」
    「着ないんで大丈夫っす」
    「遠慮すな。俺とお前の仲やろ」
    「俺ふわもこパジャマ着ると気管支に毛が詰まって死ぬんで」
    「相変わらずなんつう顔でなんつう雑な嘘つくねんお前は」
     生駒を適当にいなしながら水上もシャワーを浴びようと浴室に向かう。さすがに二日前から風呂に入れていなかったので、そろそろ全身がなんとなく汗っぽくて気持ち悪かった。
    「あ、イコさん。俺んことわざわざ待たんでもいいっすよ。そんじゃあお疲れ様です、おやすみなさい」
     水上はそれだけ言い残すと談話室を後にする。水上の記憶が正しければ、生駒は日付が変わる前にはいつも寝落ちてしまうくらいには体内時計が品行方正に機能しているはずだった。生駒の家に皆で泊まりがけでゲームをしに行った時なんかも、「今日は寝かせんからなお前ら」なんて言うくせして生駒は毎度必ず真っ先に寝落ちてしまっていたのだ。生駒の健やかな寝顔を前に、何度隠岐と「さっきのセリフなんやったん?」と言い合ったか分からない。そんな健康優良児の生駒にとって、夜の十一時を過ぎた今は丁度眠くて仕方がない時間と言えるだろう。ましてや一日中開発室の実験に付き合っていたのだ、疲労も溜まっているに違いない。生駒を預かる大人としても、一刻も早く休ませてやりたかった。
     久しぶりに顔を合わせた生駒は見れば見るほどに幼かった。そう感じるのは水上が大人になったからだろうが、それにしたって当時はあんなに逞しく頼もしく映った背中がひどく心許なく見えて、水上はつい目を背けてしまった。人々を、国を、世界を。その背中に背負いこむにはいくらなんでも幼すぎる。当時の自分達はこの背中に命を預け、遠征に行っても無事帰ってきてくれると無邪気に信じ込んでいたのかと思うとあまりに愚かで笑えてきた。
     自分も同じ経験をし、現在はそれを職業にしているからこそ子供を戦地に送り込んでいること自体には特別な感慨は無い。そりゃ子供が戦争を知らず豊かに、楽しく過ごせるに越したことはないが、綺麗事だけでは世界は救えないのだ。子供という資源に頼らずに済むならばとっくにそうしているし、それではどうにもならないからわざわざ全国にスカウトにまで行って三門で戦ってくれる子供を掻き集めている。実際、ボーダー隊員の子供たちの力が無ければほとんどの人間は明日を見ることも叶わなくなるだろう。その実情を思春期の頃から嫌というほどに実感しているからこそ、子供たちがせめてボーダーで過ごす日々が実りあるものになるよう願いこそすれ、ボーダーの体制を批判する気は水上には一切ない。
     けれども、それでも。少年の出口に立っている、ほんの少しだけ幼さを残す生駒の横顔を見た時に。記憶の中の大きな背中と比べてしまった時に。水上はどうしても胸に去来したやるせなさを誤魔化すことが出来ずにいたのだ。
    「あれ? 水上ふわもこパジャマやないやん」
     シャワーを浴びサッパリした身体で談話室に戻れば、そこには先ほどと変わらぬ位置に座った生駒がタブレットを覗き込んでいた。どうやらネットで動画を見ていたらしく、タブレットにはYouTubeの画面が映し出されている。時計を確認すれば夜の十二時過ぎ、生駒ならばとっくに寝落ちている時間であろう。水上は思わずドアの前で立ち尽くした。
    「イコさんなんで起きてるんです? 寝ていい言うたやないすか」
    「んー、なんかいまいち寝れんのよな。それに俺お前におやすみって言うてへんやん?」
    「律儀やな」
     ツッコミながら水上は己の行動を振り返り反省する。恐らく生駒は落ち着かない日々の中で身体は疲れていても神経が昂ってしまい眠れない状況にあるのだろう。昔のままその内すぐ寝るだろうと放置するのではなく、もっと生駒の様子に注意を払うべきであった。水上は室内の備品を思い浮かべると、生駒に一声かけてから談話室を後にする。生駒を待たせること数分、戻ってきた水上の手にはマグカップが二つ握られていた。
    「なにこれ?」
    「ホットミルクです」
    「おぉー……」
     生駒がなんとも物珍しげに、なんの変哲もないマグカップを覗き込む。砂糖をほんの少しだけ加えたホットミルクは、水上も眠れない時にたまにお世話になっている一品だ。軽い運動や羊を数えるなどこれまで色々試してみたが、眠れない夜は水上にはこのホットミルクが一番効果てきめんであった。生駒は礼を述べるとマグカップに口をつける。
    「うま」
    「良かったっす」
    「なんやろ、甘さが絶妙やな。俺これ好きやわ」
    「こんなん誰が作っても一緒でしょ」
    「そう? でも俺が作るのとなんか味違う気がすんねんなあ。やさしい味するわ」
     生駒は水上の作ったホットミルクを褒めちぎると最後まで飲み干す。心なしかさっきよりもどこかほっとしたような雰囲気を見せていた。
    「ありがとう、ごちそうさま。むっちゃ美味しかったわ」
    「そら良かったです。んじゃあそろそろ寝ましょうか」
     水上はそう言って空になったカップを受け取ると生駒をベッドルームに放り込む。扉が閉まる直前、生駒は振り返ると「なあ」と水上に声をかけた。
    「俺が眠れんくなったらまたホットミルク作ってくれんか?」
    「まあ、そらええですけど。そんな気に入りましたか?」
    「うん、美味しかった。ありがとうな。おやすみ」
    「はい、おやすみなさい」
     挨拶を交わすと今度こそ水上は扉を閉じる。生駒の気配が消えた廊下は、シンと静まり返り寒々しかった。
     水上は明日の用意するものリストに遊び道具の他にスーパーのちょっと良い牛乳を付け加える。これが今の自分の仕事だから、役目だから。そんな理由を並び立てながらも、水上はどこか浮き足立っている自分がいることを認めざるを得なかった。
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    Replies from the creator

    uncimorimori12

    PASTみずいこ
    Webオンリーで唯一ちょとだけ理性があったとこです(なんかまともの書かなくちゃと思って)
    アルコール・ドリブン「あ、いこさんや」
     開口一番放たれた言葉は、普段の聞き慣れたどこか抑揚のない落ち着いたものと違い、ひどくおぼつかない口ぶりであった。語尾の丸い呼ばれ方に、顔色には一切出ていないとはいえ水上が大変酔っていることを悟る。生駒は座敷に上がると、壁にもたれる水上の肩を叩いた。
    「そう、イコさんがお迎え来たでー。敏志くん帰りましょー」
    「なんで?」
    「ベロベロなってるから、水上」
    「帰ったらいこさんも帰るから、いや」
    「お前回収しに来たのに見捨てんって〜」
    「すみません生駒さん」
     水上の隣に座っていた荒船が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。この居酒屋へは荒船に誘われてやって来た。夕飯を食べ終え、風呂にでも入ろうとしたところで荒船から連絡が来たのだ。LINEを開いてみれば、「夜分遅くに失礼します」という畏まった挨拶に始まり、ボーダーの同期メンツ数名と居酒屋で飲んでいたこと。そこで珍しく水上が酔っ払ってしまったこと。出来れば生駒に迎えに来て欲しいこと。そんなことが実に丁寧な文章で居酒屋の位置情報と共に送られて来た。そんなわけで生駒は片道三十分、自分の家から歩いてこの繁華街にある居酒屋へと足を運んだのである。
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    uncimorimori12

    DONEみずいこ
    書きながら敏志の理不尽さに自分でも爆笑してたんで敏志の理不尽さに耐えられる方向けです。
    犬も食わない「イコさん」
     自分を呼び止める声に振り返る。そこには案の定、いや声の主から考えても他の人間がいたら困るのだが、やっぱり街頭に照らされた水上ひとりが憮然とした顔でこちらに向かって左手を差し出していた。はて、たった今「また明日な」と生駒のアパートの目の前で挨拶を交わしたばかりだと言うのにまだ何か用があるのだろうか。生駒は自身のアパートに向かいかけていた足を止めると名前の後に続くはずの水上の言葉を待つ。すっかり冷え込んだ夜道にはどこからか食欲をそそられる香りが漂ってきて、生駒の腹がクルクルと鳴った。今晩は丁度冷蔵庫に人参や玉ねぎが余っていたのでポークシチューにする予定だ。一通り具材を切ってお鍋にぶち込み、煮えるのを待ちながらお風呂に入るという完璧な計画まで企てている。せっかくだしこのまま水上を夕飯にお誘いするのも手かもしれない。うん、ひとまず水上の話を聞いたら誘ってみようかな。そこまで考えて辛抱強く水上の言葉を待ち構えていたのだが、待てども暮らせども水上は口を開くどころか微動だにすらしない。生駒は訳が分からず水上の白い掌と顔を交互に見比べた。
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