プレゼントは赤いリボンと共に 麻里が思い出したように「あ、そうだ」と言ったのは、兄妹二人での和やかな夕食の時だった。
「お兄ちゃん、今度絵梨佳ちゃんと429に行くから付き合ってほしいんだけど」
箸で放り込んだばかりの白米をよくかみ、ごくりと飲み込んで暁人は口を開く。
「なんだよ、荷物持ちがいるのか?」
「もー、ちがうよ」
「じゃあ買ってほしいものでもあるとか」
「意地悪! まぁ、スイーツぐらいはおごってほしいかもだけど」
「やっぱりな。そんな事だろうと思ったよ」
とは言ったものの別に女子高生たちに付き合わないというわけではない。ただ、そんな風にお互い軽口をたたけるのが嬉しくてついからかってしまう。それはもちろん麻里も同じで、二人の表情は柔らかなままだ。
「まぁ、女の子二人で行かせるのも心配だしかまわないけど」
「やった! さっすがお兄ちゃん」
現金な奴、と返しそこで暁人もふと思いつく。
「そうだ。ついでにオレの用事にも付き合ってもらおうかな」
「お兄ちゃんの?」
「もうすぐKKの誕生日だからさ、プレゼント買おうと思って」
11月16日は、師匠兼相棒兼――恋人であるKKの誕生日だ。日頃公私共に世話になってる身としては、何かしら贈って労をねぎらいたいところだ。
「まぁ、ちょっと良いお酒あたりにしようと思ってるんだけど。あの辺なら買えそうだから」
そう続けた暁人を、麻里は首を傾げて見つめていた。なんだか嫌な予感がする。
「……なんだよ」
「そういうときって『僕がプレゼント』みたいなのが定番じゃないの?」
「――はぁ?!」
妹のまさかの発言に危うく持っていた茶碗を落とすところだった。先ほどのからかいに対するお返しかと思いきや、麻里の顔はわりと真剣だ。
「ば、馬鹿っ。女の子がいきなり何言ってるんだよ!」
「えー。彼氏持ちの子と話すとけっこうそういう話聞くんだもん」
ぷぅと頬を膨らませる妹に、どうなってるんだよ女子高生……と心中でつぶやく。それを知ってか知らずか、麻里は確かめるように言った。
「しないの?」
「しない」
断固否定のポーズをとる暁人に「えーーー?!」という非難の声が挙がる。
「なーんだ」
つまんないのー、と続ける妹にため息がでるというものだ。
花の女子高生、いわゆる潔癖なところもあるだろう年頃の娘だ。自分とKKの関係に嫌悪感を抱いたりしてもおかしくないだろうに、『KKさんならいいよ』『お兄ちゃんが幸せなら、問題なしでしょ』とむしろ背中を押してくれるような態度なのはありがたい。ありがたいが、時々突拍子もないことを言うのはいかがなものなのか。
「はぁ……もう、さっさと食べちゃえよ」
「はーい。ん、このカボチャのサラダおいしい! お兄ちゃん天才!」
「調子いいんだから。まぁ口にあったなら良かった、たくさん食べろよ」
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そんな風に過ごしてから数週間後。11月16日KKの誕生日当日は、アジトにて弟子である絵梨佳と暁人主催のパーティーが開かれることになっていた。
祝われる当人は「オマエらオレにかこつけて騒ぎたいだけだろうが」と素直じゃない言いぐさではあったが、それでもそんなものはいらないと拒否しないだけまるくなったものだ相棒の影響かなと凛子がしみじみとつぶやいていて、暁人はちょっとだけ照れくさかった。
元々KKは口は悪いが根は優しい男であるから、絵梨佳が言えば暁人に関係なく受け入れたのではと思う。だが本当にそうであるなら嬉しいのもまた事実だ。
ケーキは絵梨佳がオススメの店のものを用意して、オードブルは暁人が作る数品以外はエドとデイルが購入を担当してくれることになった。本当なら年上の恋人の口に入るもの全てを作りたい気持ちもあったが、さすがにアジトの人数分のご馳走は骨が折れるので妥協することにした。
せめてもと以前作って気に入ってくれたローストビーフとカルパッチョは作ることにする。見栄えがいいが手間はそれほどでもないのでぴったりだろう。
そうして準備万端で始まったパーティーは、なかなかの盛り上がりを見せた。どんちゃん騒ぎとは言わないが、あの焦燥感にかられ走り回った静かな夏の夜が嘘のように和やかで賑やかな夕食会。
用意されたごちそうの数々にKKがひきつった顔で「暁人オマエなぁ、オッサンの胃にあんま負担かけさせんなよ」と苦言を呈したものの、それは率先して準備をしていた暁人に無理をさせたんじゃないかという心配の裏返しなのはわかっている。実際あれこれと料理に手をつけてくれたKKの表情は常に柔らかく、特にお気に入り二つは箸が進んだようで暁人はほっと胸をなで下ろした。
やがて皆の箸の動きもゆったりになり、夜も更けてきたのでそろそろお開きかなという空気になった頃、暁人は用意していたプレゼントをソファで気だるげに座るKKにさしだした。
「ん?」
「誕生日おめでとうKK。これ僕からプレゼント」
「オマエ、飯の用意だけじゃなくこんなもんまで」
気ィつかわせて悪ぃなと眉をひそめた男に、暁人は首をふる。
「やりたくてやったんだからいいんだよ。それよりほら、あけてよ。気に入ってくれればいいんだけど」
プレゼントを受け取ったKKの横に腰を下ろし、横顔を見つめる。喜んでくれるだろうか。
上等な包装紙をガサガサと音をたてて剥がすと、中から出てきたのはきっちりした箱に収められた日本酒の瓶が二種。へえ! という驚きと歓心に満ちた声がKKからあがる。
「こりゃ、けっこういい酒じゃねえか」
「あ、わかるんだ。僕詳しくないからお店の人に選んでもらったんだよ。とりあえず和食にあうのと洋食にあうのってお願いしたんだ」
いざとなればツマミは自分が作ってもいい、そう思って選んだ酒瓶を手にしたKKは鼻歌が出そうなご機嫌具合で、どうやら自分の選択は正解だったらしい。
「一杯やるのが楽しみだ――オマエも飲むだろ?」
「え、KKにあげたのに?」
「こんな良い酒一人で飲むのもったいねえ」
なんだ、付き合ってくれねえのか? と台詞とは真逆のこちらが断るなんて欠片も思っていない顔で言われれば暁人としては頷くしかない。これはもう惚れた弱みだ。
「……しょうがないな。さびしがりのおじさんに付き合ってやるよ」
せめてもの抵抗にそう言えば、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱される。
「ちょ、KK! ぐちゃぐちゃになるからやめろって!」
少しかさつく大きい手の平にそうされるのは、かつて父にやられたそれを思い出すから嫌いじゃないのは秘密だ。
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「あー! またKKが暁人さんにじゃれついてるぅ」
ずるいんだぁと言いながらソファの横に立ったのは絵梨佳だ、隣には麻里もいる。
歳が近いせいか買い物に一緒に行くぐらい仲良くなった二人はアジトでもよくこうやって一緒にいて、暁人からすると妹が増えたような気分だった。絵梨佳もまた、KKとは違う風に暁人に懐いてくれてるように思う。
「じゃれつくってオマエ、オレは犬猫じゃねえぞ」
「似たようなもんじゃないの?」
苦虫を噛み潰したような顔のKKもなんのその、きゃらきゃらと笑う女子高生、しかも二人。これは無敵だ勝てやしない。
「お兄ちゃん、あのね、今日は絵梨佳ちゃんとこにお泊まりしようと思って」
いいでしょ? と問うてはくるもののすでに確定事項らしいのはいつものことだ。今までにもお世話になったことのある凛子と絵梨佳の家だと言うならば問題もない。
凛子を見やれば「まかせて」とでも言うように微笑まれたので会釈を返した。
「わかった。迷惑かけないようにな」
「はーい」
「やった、お泊まり会だ。――ってなわけでKK、私たちからもプレゼントあるよ。ね、麻里ちゃん」
「ね、絵梨佳ちゃん」
顔を見合わせて含み笑いをする二人に、暁人はいつそんなものを用意したのだろうかと疑問に思う。それと「お兄ちゃんちょっと頭貸して、じっとして!」と麻里に頭を鷲掴みにされるのはほぼ同時だった。
「麻里?! ちょっ、何?!」
「じっとするの!」
「暁人さん動かないでー!」
助けを求めてKKを見たがそっと目をそらされた。この裏切り者め。
髪を引っ張られたり整えられたり、妹分二人はあーでもないこーでもないと言いながら暁人の頭を蹂躙する。何をされてるのかわからないのがまた恐ろしい。
「んー、やっぱスリーピンタイプでやるしかない?」
「暁人さん髪の毛ツルツルだもんねえ。ひも系は落ちちゃいそう」
「あの、二人とも……」
『動かない!』
「――はい」
それから少し。髪の毛の一部を引っ張られ、まとめられ、パチンパチンと何かをとめるような音がしたかと思うと二人は満足げにむふーと息を吐き、「せーの!」と声を揃えると――暁人をKKの方へとつき倒した。
「わっ?!」
「おっと!」
バランスを崩した暁人を、さすがの反応速度でKKが受け止める。何がなにやらわからなくて目を白黒させる暁人を後目に、麻里と絵梨佳はこう宣言した。
『私たちからのプレゼントはぁ、伊月暁人さんです!』
「はぁ?!」
「……そうきたか」
「は、え、ちょ、は?!」
「KK何が喜ぶかって考えたら結局暁人さんかなって」
「お兄ちゃんにきいたら『プレゼントは僕』作戦はしないって言うし」
「ちょうど良いかなって」
ねー! と無邪気に笑う二人に「オレの人権は?!」と叫べば「今日はないね」「プレゼントだからね」と軽やかに言われてしまう。思わず頭を抱えると、手に触る髪の毛につけられた何か。
「……なにこれ」
「とっちゃだめだよ、お兄ちゃん」
「赤いラッピングリボン、似合ってるよ暁人さん」
「~~~~~~っ!」
何考えてるんだよと叫びたいけれど、女子高生二人に大人げない気もするし、いったいどうすればと脳内は混乱の局地だ。
恥ずかしいやら何やらではくはくと口を開くだけの暁人の後ろ、未だその体を抱き止めたままの男が「ははっ!」と声を上げた。そこには楽しくてしょうがないといった雰囲気だけでなく、恋人だからこそ感じ取れる熱がこもってて思わず背筋がぞくりとあわたった。
「け、けーけー……?」
「――もらって、いいんだな?」
耳元で言われたセリフに、妹分たちの前で何をという気持ちと、その妹分たちが原因だったという諦観の気持ちが混ざり合う。
「ここの片付けは私たちがやるから、もう帰っていいよ」
「そりゃまた至れり尽くせりだな」
「はい、お兄ちゃんのことお願いしますね」
「麻里ィ?!」
腰に回されたKKの手に力が入る。
「だってよ、プレゼントの暁人くん」
担がれてくのと自分で歩くの、どっちがいい?
選択肢があるようで、結果は一つしかないそれに逃げられないことを悟る。
子供たちの手前まだ本気じゃないにしろ、火がついてしまったKKを止める事なんて出来ないのは重々わかっていた。
「――自分で歩くよ」
せめて外にでる前に赤いリボンは外させてくれないかな、と。現実逃避気味に思う暁人であった。
「いい誕生日だ」
「……そりゃ良かった」
HAPPY BIRTHDAY KK