Love begets love. ハロウィンねぇ、けったいなイベントだよまったく。
はぁと溜息をつくKKの視線の先、特に見るものはないがつけているテレビに当日来ないで、集まらないでと繰り返し発言する市長がうつっている。
「現役時代もやっぱり大変だった?」
「俺が交番でお巡りサンしてた頃はハロウィンはこんな大層なもんじゃなかったよ。だがまあクリスマスだのイベントの時は大変だったな」
尋ねると、その頃を思い出したのかKKは眉を顰めて、全員が楽しみたくて集まるだけじゃねぇ。盛り上がるそいつら狙って悪いやつも集まってくる。と言って缶ビールを煽った。
「今は犯罪も複雑化してるしよ、所轄全員駆り出されてそうだ。それに当日夜は俺たちも忙しいぞ。人が集まるって事はそれだけマレビトも湧くって事だからな」
気張れよと肩を叩かれる。
「…そう言えばハロウィンの前日か次の日に麻里と絵梨佳ちゃんがアジトでパーティしようって言ってたよ」
当日は僕たちと一緒に仕事だから日にちをずらしてさ。
「パーティ?俺はパス」
はしゃぐ女子高生2人を思い浮かべたのか、げんなりした顔で即答した。こうは言ったけどKKの事だ、きっと顔くらいは出すだろうな。でもやっぱりこういう騒がしいのは嫌いだよね。…しょうがないか。
だよねとどこか上の空になってしまった返事をした僕の顔をちらりとみたKKに、僕が気づく事はなかった。
またやっちまった、どう挽回したものか。知恵を振り絞っても出るのはため息ばかり、あの時の落胆した暁人の顔を思い出し苦い気持ちになる。
驕りと思われるかも知れないが暁人は俺の事が好きなのだ。あの時のあれは間違いなく俺とハロウィンを祝いたかった顔で、俺はそれに気づかず何と言った?表情や仕草から感情を読み取るのは前職のお陰か得意だが、それ以前の、それを言われると相手がどう思うかの段階で躓くのは昔からの悪癖だ。
それから結局どうにも挽回できないままハロウィン当日を迎え、何事もないかのように振舞う暁人らと共にいつも以上に人間とそこからうまれる稀人で溢れかえる渋谷を明け方近くまで飛び回ったのは昨日のことだ。
あれだけの激戦を経てもなお明日パーティーだからねとヘトヘトの体で釘をさしてくる絵梨佳に適当に相槌を打ち、同じく疲れ果てたというのが全身から見て取れる麻里と暁人が帰路に着くのを各々が見送ってから自分も帰宅してから半日も経っていない。
あの時の自分をぶん殴ってやりたいと、マトモな生活をするために借りたアパートのベランダで、吸い込んだタバコの煙を再びため息と共に吐き出した。
さてじっとしていてもしょうがない。絵梨佳たちのパーティとやらはアジトでやるらしく、俺が逃げないようにと暁人を迎えに寄越すらしいのだ。ベランダと部屋の境界を跨ぐ。ふと目についたのはテーブルの上の小さなラッピング、昨日たまたま目に入った洋菓子屋で買った焼き菓子だ。季節限定の形と味…ジャックオランタンのアイシングが施されたカボチャ味の小さなクッキー。そう、ハロウィンの菓子。
帰宅途中見かけた盛況ぶりを見せていた店、覗き込んだそこは菓子屋で。物で釣るのか、こんなもので機嫌を取ろうなんてと自分の中で考えがまとまらないがそれでも普段なら寄り付きもしないだろう賑わいに向かって歩き出した。
馬鹿だと笑われるかも知れないが俺だって暁人の事が好きなのだ。
そうして何とか残っていたこの一袋を昨日用意したのだ。年甲斐もなくとかそんな事はもう考えられないほどアイツとは話し合ってぶつかり合ってきた。だからこれは俺の気持ちの問題。恥ずかしいなんて考えるな、逃げるな、何も言わなくても伝わるなんて甘えは捨てろ。カンカンと階段を上がってくる音が聞こえる。もう足音すら覚えてしまうほど一緒にいる、暁人が来たのだ。
何と言って渡すべきかなどと考えていると申し訳程度にチャイムが鳴らされ、暁人がKKいないの?と言いながら鍵を差し込み解錠する。思わずラッピングをポケットにしまうのと同じタイミングでノブが回りドアが開かれた。
「なんだ、いるじゃん」
「…おー」
何そのリアクション、困ったような笑顔を浮かべる暁人はいつもと全く変わらない。手に持っている紙袋は、アジトに持っていくのだろうか。視線に気づいたのかみんなで食べるご飯の一部とかお菓子だよ。しょっぱいのもあるからと紙袋を持ち上げてみせる。
「準備できてるならとりあえず行こ?顔見せたら絵梨佳ちゃんたちも満足するだろうし」
疲れてるのにわざわざ頼まれた迎えを二つ返事で了承し、俺でも食えそうな菓子を用意して。顔見せだけでいいなんて思ってもない暁人の顔が目に入った瞬間、俺は暁人に近づいてポケットの中身を暁人が着ているジャケットのポケットにねじ込んだ。
「うわっ何?」
反対の手に紙袋を持ち替えて、俺が入れた物がクッキーだと気づくと目を見開いて俺とそれを交互に見る。
「やる。それからあー…なんだ…向こう行って暫くしたら2人で抜けねえか。ここ帰ってきてもいいし、どっか店でもいいけどよ」
謝るのは違う気がした。じゃあ何が正解かなんて分かりもしない。だから暁人の望みを叶える事にする。騒がしいのは苦手だ。でもお前と2人なら、慣れないハロウィンとやらでも楽しめるだろうから。
「集まって騒げればあいつらは満足だろうが、せっかくならお前と過ごしてぇよ。俺は」
特別な日でも何でもない日でも、1番そばにいるのはお前であってほしい。暁人とは近すぎるくらいで丁度いいんだ。2人が重なり合って一つになるくらいに。
それに来年も再来年も祝うなら、今のうちに慣れておくのもいいだろ?
「KK…」
ありがとう、そうだね。喜びを隠しきれず花が咲いたように笑顔をこぼした暁人をたまらず抱き寄せる。今からやる事がたくさん出来ちまった。アイツらんとこ行ってお許しが出るまではガキどもに付き合って、それから暁人を連れてどう脱出しようか。目眩しの札と気配を消す数珠は引き出しの中にある。そこまでするかなんて思われるかもしれないが、俺たちはお互いが好きなのだ。好きなやつと2人で過ごすためならどんな手段でもとってやるさ。
さてハロウィンだ、流石の俺だってこのフレーズくらいは知ってる。
「暁人、トリックオアトリート」
「え?ぼ、っ…ん…」
野暮な答えは欲しくない。美味そうな唇が何か言う前に自分の唇で塞いだ。暁人から渡されるなら菓子も悪戯も貰うつもりだが、悪戯はこの後の楽しみに取っておくとして。でもこんなに美味そうなもんが目の前にあるんだ、少しのつまみ食いくらいは許してくれよ。
短いリップ音を何度も立てながら擦り合わせるようなキスを交わしながら、ガサガサ音を立てる紙袋に少しだけ意識を向ける。暁人は俺にどんな菓子を用意したんだろうな。
でも今は、お前の唇より甘いものはいらねえ。
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