スキンケア大臣の気まぐれ◇◆──────────
透明なパッチが慎重に剥がされるのを、九門は目を瞑って待った。
「よし、治ってる」
「ほんと?」
「ほら」
手渡された鏡を覗くと、この数日間悩まされた吹き出物が消失していた。
「あ〜、よかった〜!」
「また出てくるようなら、一度皮膚科行ったほうがいいかも」
「うん! そうする」
鼻筋の真ん中に突如出現した赤い吹き出物。触ると痛くて、人に見られるのは少し恥ずかしくて、そしてとても邪魔だった。
莇の言う通りに薬用の洗顔料で顔を洗って、薬を塗って、日中は触らないようにパッチを貼った。ラーメンや辛い食べ物やお菓子は禁止。夜更かしも当然禁止。それを根気強く毎日続けて、九門はようやく忌々しいニキビとお別れすることができたのだった。
「今日からラーメン食べていい⁉︎」
「…仕方ねーな。ま、ここまで頑張ったし、いいんじゃね」
「やった〜!」
「毎日毎日食ってたら、また同じことの繰り返しだからな。夜更かしもしすぎんなよ。大体お前は食うものに油分と塩分がうんたらかんたら…」
「あーっ! わかった! わかってます! ビタミンCちゃんと摂る!」
顔にニキビができたのは劇団に入ってからは随分久しぶりだったが、九門が中学生のころは額一面にぽこぽこと存在していた。しかもニキビができても放置、よほど気になれば爪で潰していた。過去とはいえ、そのことを莇が知ったら烈火の如く怒り出しそうな有様である。
しかし九門の友人たちも皆同じで、肌荒れ、日焼けは当たり前、スキンケアのスの字も知らない者ばかりだった。当時から従兄弟の椋は肌が綺麗だったけれど、彼はあくまで例外で、自分や周りの男子たちとは肌の質か何かが根本的に違うのだろう、くらいに考えていた。
莇の顔を初めて近くで見たとき、九門は驚いた。中学生の男子の肌が、こんなにきめ細やかで、シミも荒れもないなんてことがあるのだろうか、と思った。白くて滑らかな肌に黒い眉毛と長いまつ毛がよく映えて、それらが気だるげながら意思の強い瞳をいっそう引き立てた。
莇と親しくなって、その綺麗な肌は決して元々の肌質によるものだけではなく、彼の日々の弛まぬ努力によって造られているのだと知った。そして彼の言うとおりに慣れないスキンケアを頑張った結果、莇ほどの「美肌」ではないにせよ、昔と比べれば見違えるように肌荒れが少なくなったのだった。
「この間実家帰ったら、母ちゃんに肌綺麗になったって言われたんだよ」
「そうか、よかったな」
九門がニッコリ笑ってみせると、莇も顔を綻ばせた。九門よりも表情の変化は少ないが、最近はよく笑うようになった。
微笑んだ顔のまま、莇は手を伸ばして、吹き出物が無くなって綺麗になったばかりの九門の鼻筋を、指先でつう、となぞった。
「なに? くすぐったい」
「言ったことあったっけ。俺、九門の鼻好きなんだよな」
「え⁉︎ 聞いたことないない」
初耳である。そもそも莇は照れ屋だから、人に対して「好き」という言葉をあまり使わないのだ。
「付け根からここまで真っ直ぐだし、シェーディングも映えるし、正面から見ても形がいい」
莇の指が、九門の鼻を滑っていく。九門は二重の意味でむず痒くなった。手首からほんのり漂う香りに心臓が鳴りっぱなしだ。
そんな九門の気も知らないで、莇は鼻筋の真ん中をつん、と押す。そしてこんなことを言い放った。
「ここにニキビできてたの、なんつーか、ちょっとかわいかった。写真撮っときゃよかったな」
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