夜景とお好み焼き 荒船の学校も夏休みが終わり、残暑というには強すぎる日差しの中を登校する日々が始まった。
久しぶりに会う友人達とは話が弾む。休み中も本部基地でちょくちょく会っていた犬飼とは、そんなに話すこともないだろうと思っていたが。
「でさあ、辻ちゃんからおれと遊園地行きたいって言ってくれて、おれもリサーチしまくって行ったわけ」
犬飼からはもっぱらお盆明けに辻と行った遊園地旅行の話を聞かされている。
「誕生日に遊園地デートしたいってだけでも可愛いすぎるのに『ここなら、人目を気にせず先輩といられるのかなって思ってました』だって。外でイチャイチャするの嫌いかと思ってたのにさあ」
いつものニヤけ顔よりさらに目尻が下がってる気がする。人の惚気なんて聞いても面白くもない。別れ話よりはマシだが
「荒船のところは、夏休みどっか行った? 」
自分の惚気話をしたいだけなら聞かなきゃいいのに、わざわざ聞いてくる。荒船はイスの背もたれにどかっと体重をかけ、腕組みして答えた。
「どっかってほど遠出はしてねえよ。その辺ブラついてメシ食って、どっちかの家に行く。以上」
「うわあシンプル」
荒船にしてみれば細かい予定を立てて分刻みのデートをするより、お互いの気分に合わせて自由に動ける方が気楽だ。
わざわざ言わないが、映画を見たり甘い物を食べに行ったりもしているし、荒船は奈良坂となら場所はどこでもいい。
「荒船って釣った魚にはエサをやらないタイプ? たまにはデートっぽいことしないと逃げられるよ」
「うるせえよ」
奈良坂がそんな浮気な奴だとは断じて思わないが、周囲がざわつくほどの美形であることは間違いない。引く手あまたであろうことは容易に想像できる。
「9月、誕生日なんでしょ? 記念日くらい気合入れてみたら? 」
目の前で笑顔を浮かべる犬飼が心底憎くなってくる。コイツの狙いは最初っからこれだったのだ。
「おい犬飼。なんか案出せ」
得意分野で勝負するのは分が悪い。要は成果が上げられればいいのだ。犬飼は満足そうに口端を上げた。
「しょーがないなあ」
○○○
犬飼が勧めてきたのは海を望む港町の散策だった。
「荒船さん、海は苦手だと思ってました」
「泳がなきゃいいんだよ」
レンガ造りの倉庫街はオシャレなカフェやショップに改装され、人気の観光地だ。
街並みを見ながら歩くだけでも楽しめるが、通りすがりの人々がチラチラとこちらを伺い、小声で『見た? 』
『え? モデル? 』と会話する。
奈良坂のことを噂しているらしい。普段も他人の視線や浮ついた声を聞くことはあるが、今日は景色も相まっていつもの倍くらい見られている気がする。
「あのー、よかったら一緒に写真撮ってもらえませんか? 」
自分達よりも歳下の、中学生くらいの女子グループがきゃあきゃあ言いながら声をかけてきた。
「悪りぃが、ただの一般人だから、そういうのはしないんだ」
荒船が代わりに断ってやると、女子達は目を丸くして、
「ええー? 読モとかでもなく?」
「どこか配信とかやってますか?」
と口々に聞いてくる。
「すまないが」
奈良坂が手を上げて断るとようやく、
「急に声かけてごめんなさい」
と会釈して去ってくれた。
その後もやたら記念撮影のシャッターを頼まれたり、写真をせがまれたり、ロケーションが良すぎるのか奈良坂に対する視線を様々な場所で感じた。
なんだが歩くよりも気疲れの方が先にきてしまい、二人で通りがかったカフェに入った。
「悪りぃな、疲れただろ」
「いえ、俺こそ上手くかわせなくて」
「気にすんな」
ここでも多少の噂話は聞こえるが、直接話しかけられるわけではないので、気にせず昼食を取ることにした。
「お待たせしました、アボカドシュリンプサンドとローストビーフサンドでーす」
料理はそれなりに美味しかったが、おしゃれなカフェにありがちなグリーンリーフ主体の控えめの盛り付けで正直荒船は食べた気がしなかった。
奈良坂がデザートも食べるというので荒船も同じようなものを頼んで腹を満たしたが、欲を言えばもっと肉が食べたい。
「この先から水上バスが出てるってよ。乗るか? 」
「いいですね。荒船さんは、大丈夫ですか? 」
荒船から提案してきたのだから、問題はなさそうだが、奈良坂は一応確認してみた。
夏に『泳げないから海は行きたくない』と言って奈良坂を驚かせたのは記憶に新しい。
「海上に放り出されたら浮くしかねえんだ、泳げる泳げないは関係ねーだろ」
聞くなバカ、と言われてこの日初めて二人で笑った。
水上バスは乗り物自体が船という非日常のもので、十分楽しむことができた。後方デッキに出れば景色と海風がさらに気分を盛り上げる。
荒船はこっそり奈良坂の肩に回し、そのままデッキの手すりに手を添わせるようにして自分の腕の中に奈良坂を閉じ込める。
奈良坂はいつか見た映画を思い出してクス、と笑うと荒船の手に自分の手を重ねた。
水上バスで着いた先では、見上げるほどの大きなビルと併設された観覧車が出迎えてくれた。傾いた日に照らされ、ビルの壁面が眩しいほどに輝いてくださいる。
繋いだ手を離さずにいたら奈良坂は感心したように呟いた。
「すごい。こんなの、デートみたいだ」
「デート以外のなんなんだよ」
ぶっきらぼうに言ってしまって、荒船が帽子のつばを下げる。犬飼の言葉を真に受けるわけじゃないが、普段の出かけ方はあまりにそっけなかったのかもしれない。
あらかじめ用意しておいたのか、水上バス乗り場のコインロッカーに鍵を差し込んで、ガチャリと回した。
ガサガサと音を立てて取り出したのはプレゼントの包みと、紫色のラッピングペーパーに包まれた花束だった。
「お前は花なんかもらっても嬉しくねえだろうけど」
ラッピングペーパーと同じく青紫色が鮮やかな竜胆の花束だった。
奈良坂は、
「荒船さんからもらうなら、なんだって嬉しいです」
と受け取ってその香りを胸いっぱいに吸い込む。芯の通った美しさは奈良坂の端正な横顔によく似合った。
「俺はこういうの得意じゃねえが、お前が喜ぶんだったら、年に一度くらいはやってやるよ」
パッと明かりが点き、観覧車がライトアップされる。周辺の街灯も同じように点灯し、水面にキラキラと光が揺れる。
「そうですね。年に一度くらいなら……俺も嬉しいです。でも、次の休みは、また部屋でゆっくりしましょう」
たまにはデートらしいデートも悪くないが、自分たちにはいつものデートが性に合っていると思う。奈良坂は観覧車を指さした。
「せっかくですし、乗りましょうか」
みぞおちの下がギュウと鳴ったので、この後お好み焼きでも食べに行こうと提案するつもりだ。
END