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    ju__mati

    呪の七五置き場。書きかけの長編とか短編とか。
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    ju__mati

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    支部にあげてる『泥闇〜』の夜明けのベランダシーンの七海目線が出てきたのであげてみますね。ここまで書いて、五条目線の方がいいな、と思ったので書き直したんですが、これはこれで気に入ってます。

    #七五
    seventy-five

    ある晩、七海はふと目を覚ました。カーテンの向こうはまだ暗い。その日は早めにベッドに入ったはずだったが、もう一度目を閉じても眠れない類の目覚めだった。ため息をついてベッドを降りる。
    スマホで時間を確認すると、まだ深夜と言っていい時刻だった。暗い部屋にスマホの画面だけが光る。ホーム画面に戻っても、SNSの通知も着信も来ていない。またひとつ、ため息をつく。
    フロアランプをつけてリビングへの扉を開ける。特に何をしようと思ったわけでもなかったが、あとから考えれば何かしらの予感があったのかも知れない。台所で水を飲み、顔を上げると、ちょうど掃き出し窓が目に入った。明確な胸騒ぎを覚え、そっと窓際へと歩を進める。
    七海には目の前の呪力しか見えないが、それでも気配で分かった。窓の向こうに誰かがいる。勘違いでなければ。

    「五条さん……」

    カーテンを開けた先のベランダに、五条がいた。手すりに肘をつき、もう片方の手をひらひらと振って、こちらを見ている。慌てて解錠し、窓を開ける。

    「よっ、元気?」

    サングラス越しの五条の表情はよく分からなかった。唇はいつも通りの笑みを浮かべているように見える。七海は、とっさに言葉を返せなかった。五条の手を引いて中にいれるか、自分が出るかを迷ったあげく、裸足のままでベランダに出た。同じように手すりに肘をつく。顔だけ、五条のほうへ向ける。
    夏が終わりかけていた。昼はまだ蒸し暑いが、朝夕は少し涼しい風が吹くようになった。五条はティーシャツの上に半袖のシャツを羽織っていて、その裾が風に煽られてバタバタと音を立てた。雲はないが、風の強い夜だった。
    一ヶ月ぶりに会う五条は、何も変わらないように見えた。それに腹が立った。じっと見ていると、「なんだよ、無視すんなよ」と拗ねた子供のようなことを言い出した。

    「無視していたのはアナタでしょう」

    と七海が言うと、やっと、困ったように笑顔を歪めた。「怒ってる?」と言われて、「別に」と返す。視線を前へと向ける。
    東京都下の高層マンションから見えるのは、ビルと道路の連なりだけだった。眼下には深夜でも人口の灯が溢れ、目線の高さではビルの衝突防止灯が光っている。中天で星がいくつか瞬いている。

    「じゃあなんかしゃべれよ」
    「何かとは」
    「なんか……最近あったこととか」
    「そうですね、恋人と思っていたひとに避けられています」
    「……いきなりそれ?」
    「それ以外に関心ごとがないので」
    「ハハ、つまんねーやつ……」

    五条はそれきり黙ってしまって、七海は、視線だけ動かして左隣を見た。五条は、伸ばした両手を手すりにかけて、どこか遠くを見ているようだった。景色を見ているのか、その異眼で人に見えないものを見ているのかは、分からなかった。
    五条の考えは、七海には分からない。
    普段の距離感を考えれば、五条はずいぶん遠くにいた。ひとひとりと半分の空間が空いている。無意識なのか、そうだとしたら質(タチ)が悪い、と思った。
    七海は手を伸ばし、手すりに置かれた五条の手に触れようとして、躊躇った。五条もそれに気づいて、ぎこちなさに拍車がかかる前に、訪ねた。

    「触れても?」

    おかしな聞き方をした、と思った。五条の反応も同様だろう、と思ったが、五条は、七海がしたよりもずっとおかしな、何かを堪えているようにもまるっきり空虚にも思える顔をして、差し出された手を見下ろした。

    「オマエ、硝子からなんか聞いてる?」
    「いえ。……家入さんには相談していたということですか」

    今度は少し責めるような口調になった。なんだか今日は色々なことが思うようにならない、と七海は思った。五条は、「ちがうよ」と言って、七海の手をそっと握った。下からすくうように触れて、初めてさわるものの感触に怯えるように、そっと力が込められた。手のひらの、指先の、力の入れ方がおかしい気がした。
    五条の指が、七海の手指の硬くなっている場所に触れた。鉈を握るようになって皮膚は硬く変質している。指先がそれを確かめるように撫でて、もう片方の手が、その上にそっと重ねられた。五条の視線はずっと手の上に注がれていて、下を向いているせいでサングラスの上端から青い目が見えた。握られた手と、立ち姿と、わずかに見える目の表情を見ているうちに、五条が泣く、と思った。なぜそう思ったのは説明しようもない。

    「五条さん、」

    と名を呼びかけた時、五条が、握った手にぎゅっと力を込めた。七海が眉をしかめるほどの強さで握られ、そのまま、手の甲が額に押しつけられる。告解を乞うひとのようだ、と思った。
    「ななみ、」と呼ばれた。ヒュウウ、と遠くで風が鳴って、よく聞こえなかった。手が解放されて、握られた感触だけが肌の上でじんじんと疼いた。

    「なぁ、心配した?」と聞かれて、その声がさっきまでよりしっかりしていて、安堵した。

    「……そりゃあもう。この間、高専でたまたまアナタを見かけましたが、生徒と一緒で、いつも通りふざけてて、腹が立ちましたよ。また、誰にも何も言わないつもりなのかとね」
    「それいつ? 気づかなかった」
    「何があったのか聞いても?」
    「……オマエに言うようなことじゃないよ」

    五条はまた、前を向いてしまった。けれど、先ほどよりは七海の近くにいる。手すりの上の互いの肘は、あと少しで触れる。五条のシャツの裾と、七海の髪が風に揺れている。

    「五条さん、私は、アナタを信用しているし信頼しています。アナタが、……何も言わないと決めたならそれでいい」
    「……うん、」
    「私はただの術師です。十五歳で高専に入るまで、御三家も呪術界も関係のないところで生きてきました。アナタの悩みを分かるなんてうぬぼれていませんし、背負っているものを肩代わりできるとも思っていません」

    二人とも前を見ていたが、五条は少し下を見て、七海は意識をして、少しだけ上を見ていた。空が少しずつ明るくなってきている気がした。夏の夜明けは早い。

    「それでも、アナタの側にいたいと、そう思ってます」

    心からの本音のはずが、言葉にしたあとで違和感を覚えた。五条が、「うん」と言って頷いたのが視界の端に映った。視線を動かすと、背後の空が見る間に明るくなってきていた。濃い青だった空が薄い水色に変わり、地上との境が暖色に染まっていく。五条の姿だけが逆光で陰っている。七海は、しばらく夜明けの光と目の前の影を見ていた。五条の表情が見えないことにやたらと不安を掻き立てられた。手を伸ばして抱き締めたい、と思い、まだできない、と思った。七海は、風に靡く前髪を片手で抑えて、手すりに肘をついた。クソ、と心の中で呟く。

    「……すみません、少しカッコつけました」
    「え?」

    五条の声が、この日初めてくっきり聞こえた。これが正解なのだと後押しされた気がした。七海は、思ったままを口にした。五条の背負っているものも、その強大な力のことも、今は忘れることにして、ただ正直に。

    「何があったとしても、突然何もかも断ち切るようなことはやめてください。私の側で悩んでください。……私が、寂しいので」
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