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    riuriuchan1

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    #たいみつ

    記憶喪失たいみつ 俺の一日はベッドの中で眠る獅子を起こすところから始まる。簡単なミッションのように思えて、これがなかなか難しい。というのもこんもりとした布団の下に潜んだ獅子──柴大寿は、寝起きが悪い。それもひどく。声をかけても体を揺さぶってもなかなか目を開けないし、一歩間違えたら布団の中に引きずり込まれてそのまま喰われる。大きな危険の伴う任務なのである。
    「大寿くん〜朝だよ〜」
     でかい塊を揺さぶる。……無言。唸り声さえ返ってこない。まだ深い眠りの底にいるらしい。眉間の皺の取れた穏やかな寝顔から察するに、随分と幸せな夢を見ているのだろう。その夢から引き離すのは気の毒だが、現実世界にいる三ツ谷隆を放っておかれても困る。この静かな家には、遊び相手は大寿くんしかいないのだから。それに今日は映画鑑賞会するって約束した。
    「起きろー!大寿ー!」
    「…………あと5分……」
     いや、あと5分て。ぐるんと俺に背を向けた大寿くんがこぼした言葉に吹き出しそうになる。俺は母親か、そしてアンタは朝寝坊な息子かよ。オーダーメイドのスーツを着こなす敏腕社長の姿からは程遠い姿に、おもしろく、そして同時に愛おしくなる。なにせ、彼のこんな姿を見られるのは世界で俺だけなので。
     しかし5分も待ってやるわけにはいかない。布団をどうにかこうにか引き剥がして、大寿くんを無理矢理ベッドから下ろす。まだ半分夢の中にいる、ゆらゆら揺れる体躯を支えながらリビングまで導いた。なんとかソファに座らせて、入れたてのコーヒーを飲ませる。これで少しは目が覚めるだろう。
     朝のニュースさえ流れないリビングには、俺が用意する食器の音だけが響く。大きな天窓から差し込む朝日が室内をやわらかく照らし上げ、舞う埃がキラキラと輝いている。水垢ひとつなく磨かれたシンクには、見慣れない黒髪の男が映っていた。


     ようやく完全に目を覚ました大寿くんと並んでソファにもたれかかり、DVDを再生する。学生の頃二人してハマった洋画だ。超能力を持ったヒーローたちが正義を成し悪を滅するストーリー。豪快に使われたCGと息を呑むアクションがおもしろくて、公開終了するまで何度も映画館に通ったし、DVDが出た後は大寿くんの家でポップコーンとコーラ片手に鑑賞会をした。(俺の家にはあいにくとDVDデッキなんてものはなかったので)全世界で大人気のこの映画は、第一作目公開の後もシリーズが続き、今年の春にも第七作目が放映されたらしい。俺たちも見に行った?と聞けば大寿くんは頷いていた。すごくおもしろかった、と。その記憶を失っている自分の頭が恨めしい。ネタバレはしないでよ、と念を押しておいた。
     「おっ、こいつ本当好き」豪快に敵をふっ飛ばしながら現れたのは筋骨隆々のヒーロー。筋力を増強する超能力の持ち主で、バスを吹き飛ばしたり電車を片手で止めたりとそのデタラメさと快活な性格がお気に入りのキャラクターだった。
    「そういえばさ、大寿くんこいつみたいになりたいって言ってたよな」
     コーラの代わりに酒を煽りながら、大寿くんが「ああ?」と片眉を上げる。昔の話──俺にとってはついこの間の話だけど──だ、映画を見ながら超能力者になるならどんな力がいい?と話した。大寿くんは『筋力を上げる力』がいいと言っていて、それ以上力強くなってどうすんだよ、と俺はひとしきり笑ったのだった。
    「あー、ンなこと言ってたな」
    「今も変わらない?」
    「いや…………過去に戻れる力がいい」
     12年前に戻れる力が欲しい――と、大寿くんは呟くように言った。よく耳を傾けていなければ聞き取れないような、消え入りそうな声だった。
     予想外の返答に俺は思わず目をしばたたく。過去に戻りたいなんて、そんな言葉が柴大寿の口から出てくることが信じられなかった。大寿くんは過去を振り返らず、常に前を見据えている人だと思っていたから。実際、すでに終わったことを嘆いても仕方ないだろとよく語っていた。黒龍が終わったことに関しても、俺のプリンを勝手に食べたことについても。時間は一方通行で、人はその流れに逆らえない。どれだけ悔やんでも、どれだけ願っても。過去を振り返るより未来の話をした方が余程建設的だ、と。
     テレビを眺めている彼の横顔は、俺が見慣れているものとは少し違う。元々その体躯も相まってとても高校生には見えなかったけれど、本当の大人になった。10年分の時間の重さを感じる横顔からは、しかし彼の心の内を窺い知ることはできない。12年前といえば、ちょうど俺たちが出会った頃だ。その頃に戻って、一体何をしたいのだろう。
     真相は当然彼の一番やわらかい場所にある。散々大寿くんに図々しいだの強引だの言われた俺も、さすがにその場所に素手を突っ込むわけにもいかず、何も聞けないまま口を閉ざす他なかった。


     テレビは映らない、インターネットは繋がらない、海に囲まれた南の島にあるデカい家に、俺は大寿くんと一緒に暮らしている。
     曰く、俺の病気──記憶喪失を治す治療の一環、らしい。
     記憶喪失。頭部の打撲や薬物中毒などが原因である期間の記憶をなくしてしまうこと。俺の場合は精神的なショックが原因。脳みその許容量を超えた到底受け入れられない出来事に遭遇し、壊れる前の防御本能としてその出来事ごと記憶を消した。……そう、大寿くんには説明された。果たして記憶をなくすほどの事件がなんだったのかまでは、言ってくれなかったが。最もストレスのかかることとして思いつくのは身内の死だが、お袋や妹たちは無事らしい。そのことに関してはとりあえずほっと胸を撫で下ろした。
     ストレスから遠ざかれば自然に記憶は戻る、かもしれない。そういうわけで、都会の喧騒から離れたこの場所で療養している。
     失ったのは10年分の記憶。つまり、外見は27歳のそれだが、中身は17歳というわけだ。”俺”としては学校へ提出する課題制作のため、針と布と共に徹夜していたところ気がついたら目の前に大寿くんがいた状況だった。しかもスーツなんか着て、頭もオールバックに整えられていて、見るからに慣れ親しんだ友人の姿じゃなくって。寝落ちして夢でも見ているのかと思った。残念ながら夢ではなかったが。
     彼は今、飲食店の経営者をしているらしい。しかし仕事をしている気配はなく、日がな一日映画を見たり、編み物をする俺の手元を眺めたりしている。対する俺も特段することはないので、貯蓄されている材料で飯を作ったり布をいじったり、やっぱり映画を見たりしていた。たまには外に出て泳ごうぜと誘ったこともあるが『駄目だ。絶対に外に出るな』と怖い顔で言われたため、せっかくのエメラルドグリーンの海も窓から眺めるだけで終わっていた。ドアノブを握ろうとする俺を捕まえた時の目と声があまりにも切実な色を纏っていて、まるで一歩外に出たらたちまち俺が消えてしまうみたいな勢いだったから、黙って言いつけを聞き続けている。食料や娯楽が揃った広いこの家に二人して引きこもって、ただ24時間を消費していく日々を送っていた。
     制作に勉強、ルナマナの世話に家の用事。一日何時間あっても足りないと目まぐるしく動いていた時とは全く違う。ただ、退屈はしていなかった。なにせ大寿くんが一緒なので、退屈するわけがないのだ。
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