俺の可愛い娘は、怒らせるともっと可愛い「うっわ、びっくりした」
俺、メフィストが帰宅してリビングの灯りをつけたら、ソファに女悪魔が突っ伏していた。
「……なんだ、君か。あ、魔イン来てたのか。ごめん、飛んでて気付かなかった」
「ん……」
ソファの横に座って覗き込んでも彼女――俺のかわいいかわいい女の子は顔を上げない。
改めて魔インを見ると、
『悪周期に入りそうなくらい疲れたから会いに行く。癒やしてね、ハニー』
と書かれていた。
「じゃあ疲れたダーリンに特別なお酒でも出そうか?」
「いらない。甘やかして」
やっと顔を上げた彼女は地獄の底みたいな声を出した。
「お酒より?」
「もちろん」
「ゴム無しでいい?」
「引っ叩くよ。そもそもメフィストに生殖機能ないんだからゴムとか使ったことないじゃん」
「悪かったって」
機嫌の悪い彼女の目尻に口付ける。
「じゃあ、俺のお姫様を甘やかす準備をしてこよう。もうちょっと寝てて」
「うん」
今度はかわいい声が返ってきたので、頭を撫でて立ち上がる。冷蔵庫からもらいもののケーキやオヤツを引っ張りだしてソファ横のテーブルに並べていく。
最後にコーヒーを用意して彼女の耳元で囁く。
「準備ができたよ、ダーリン」
「起こして、ハニー」
「はいはい、甘えん坊さんだな」
「だってムカつくんだもん。あのハゲジジイ」
起きるなり怒涛の愚痴だった。
職場で濡れ衣を着せられたとか、ランクを下に間違われたとか、先輩のミスを押し付けられたとか。些細だけど腹の立つ事案が重なって、ヤケになって悪周期休暇を二週間ぶんどってきたらしい。
……なんやかんやたくましい、俺の彼女。そういうとこが好き。いや、違うな。そういうとこ『も』好き。
ソファに並んで座り、適当に相槌を打つ。
「それにしても、このケーキ美味しいね」
「そうでしょ。貰い物だけど、好きだろうなと思って取っておいたんだ」
「…………そっか、ありがと」
彼女はそっと目を逸らし、別のお菓子に手を伸ばす。
俺にはわかる。その沈黙の間に何を考えていたか。
「俺、君のそういうとこ、かわいくて大好きだよ」
「なにが?」
彼女の口の横についたクリームを指ですくって、その指を彼女の口に向ける。当たり前のように指ごと舐められる。
「今、誰にもらったか想像して嫉妬したけど、大人げないから黙ったでしょ? って、いった!」
指を思いっきり噛まれた。
「私も、あなたのそういう迂闊なとこ、大好きよ? わざわざ噛まれる覚悟で口に手を突っ込むところね」
「そんなに怒らなくても」
「メフィストのお皿のケーキ、全部食べさせてくれたら許してあげる」
「はいはい、どーぞ、お姫様」
彼女はそのまま、ケーキも他のお菓子も全てペロリと平らげた。
「ごちそうさまでした。ねえ、このあと仕事は?」
「今日はもうないよ」
「あらそう、よかったわ」
「ん?」
こちらを向いてニコリと微笑む。……と、思った次の瞬間、ソファに押し倒された。
「あのね、それ、良くないと思うの」
「なにが?」
彼女の目が、獲物を狙うように輝く。
「わざわざ、他の女にもらったみたいに匂わせるの」
「え、ごめん、そんなつもりじゃ。くれたのベルゼビュート様だし」
「ほんとに?」
「え、ほんとです」
彼女の笑みが、じわじわと深くなる。……あ、ダメだ。これ、本当に怒ってるやつだ。
「ベルゼビュート様の、お嬢さんではなく?」
「な、ちがっ、違う。ベルゼビュート様ご本人です!! 海は、来ちゃったからで、あれ以降会ってないし!」
「まあ、体に聞けばすぐわかるわね。はい、バンザイして?」
勢い良く脱がされながら、ふと、彼女が二週間休みを取ったと言っていたことを思い出す。
そうか……二週間。
期待に下腹がざわつく。