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    fujimura_k

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    現パロ月鯉 社会人月島×大学生鯉登
    真ん中Birthday切欠に書いたのがこの話だったな…と思い出したので期間限定再掲。
    2021年12月初版2022年12月改定2版 お手に取って下さったみなさまありがとうございました。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito
    #やぶこい

    Every day that lasts.#1.


    「夏休みん間、月島んとこに居ってよか?」
    言った瞬間、後悔した。
    月島は、一三歳年上の恋人は、驚いた顔をして言葉に詰まった。初めて見る顔だ。驚きと、困惑が綯交ぜになったような。そんな表情は初めて見る。
    あぁ、やっぱり。言わなければよかった。
    恋人になれたからといって浮かれ過ぎた。そんな押し掛けるような事を言って、迷惑に思われたに違いない。嫌気がさしただろうか。
    子供の相手をするのは面倒だ。恋人になどするべきじゃなかった。そう思われていたらどうしよう。思われていてもしようが無い。事実そうなのだから。
    「…うちに、住む…ってことですか?」
    不安と後悔で押し潰されそうになりかかったところで、漸く聞こえてきたのはそんな声だった。
    あぁ、やっぱり―
    「…迷惑、じゃな…」
    迷惑に決まっている。月島のようなよかにせに、自分のような子供じゃ釣り合わないことは解っていた。解っていたから、焦り過ぎた。そう、思ったのに…
    「!いえ、そんなことは…っ」
    そんな声が聞こえてきたものだから、前のめりにならずに居られなかった。
    「!?まこち!?」
    思わず上擦った声をどうか許して欲しい。月島は、さっきとは違う驚きを顔に浮かべて、それからひとつ咳払いをした。落ち着け、と言われているみたいだ。
    「でも、うちは、不便でしょう?音さんの所よりうちは狭いし、セキュリティだって…」
    「狭くてんなんでん月島が居ったらよか!」
    喰い気味に声を上げたら、月島は益々困惑したような顔をしてみせた。困らせているのは解っている。月島がいう事も解っている。
    「しかし…」
    難しい顔をする月島の手を取ると、困惑の滲んだ月島と眼が合った。深い海のような色をした緑の瞳が揺れる真ん中に思い詰めた顔をした私の姿が写っている。
    「ちゃんと生活費も払う、月島が仕事しとる間、掃除も洗濯もおいがしとく!料理は、あんまい得意じゃなか…けど、勉強すっ!じゃっで…」
    必死になって訴えていたら、困惑していた筈の月島が、いつの間にか、くつくつと声を殺して笑っていた。
    「?なんを笑っちょ?」
    「…すいません。音さんがあんまり可愛くて。」
    「か…っ…っっ」
    「嬉しいです。勿体ないくらいですけど。」
    にこりと笑って事も無げに言う月島が憎らしい。憎らしくて、愛おしくて、どうしていいか解らなくなる。
    「勿体ない…なんて、ことは…」
    「勿体ないですよ。だって、それじゃあまるで、音さんが俺の…」
    其処から先を言われたら、死んでしまうんじゃないかと思った。思ってしまったから、考えるより先に身体が動いて月島に抱き着いて、勢いそのままにキスをした。
    情緒も何もない。
    勢いだけの不格好なキスに月島は当然驚いたようだったけれど、やんわりと私の身体を抱き締めて、ゆっくりと唇を重ね直してくれた。
    キスとはこうするものだと教えるように。重ねられた唇は、あまりにも優しく、どこまでも甘くて、やっぱり死んでしまうかも知れないと思った。幸せ過ぎて。




    #2.


    「真ん中…?…なんです?それ。」
    何の悪意でもなく、本当に何も知らなくて、解らなくて、純粋にそう聞き返したのだが、若い恋人にはそうは受け取られなかったようで。
    「なんでもない」と、酷く傷ついたような顔をさせてしまったのは去年の話だ。
    恋人は―音之進は『なんでもない』と言ったきり、普段通りに戻ってしまって、結局何も聞けなかった。

    「二人の誕生日のちょうど真ん中の日の事ですよ。」
    仕事の合間の休憩時間だったか。ふと思い出してアレはなんだったかと零したら、隣で珈琲を飲んでいた尾形がさらりとそう答えた。
    「二人?」
    「恋人とか夫婦とか、そういう。」
    なるほど。そういう―と、合点がいくのと同時に「知らなかったんです?」という尾形の声が耳に届いたが、昭和生まれのおっさんが現役大学生のはしゃぎたがるイベントなど知っておけと言われても土台無理な話だ。勘弁してほしい。
    「俺が知っていたと思うか?」と返したら尾形は愉快そうに肩を揺らして笑いやがった。話す相手を間違えた。とは思ったが、他にそんなことを話せる相手が居るわけでも無し。
    恋人に暗い顔をさせてしまった原因が知れたことには感謝すべきだろう。
    ご丁寧に「検索すれば日付もすぐわかる」とまで言われて調べない訳にもいかず、検索してみればなるほど直ぐにその日は示された。
    八月十二日―今日じゃないか。
    音之進は今朝何か言っていたろうか?思い返すに特別な事は記憶にない。
    いつも通りに起きて、一緒に朝食を食べ、今日は一日家に居るとは言っていたが、バースデーがどうだとかは言っていなかった筈だ。然しそうと解ったからには、去年は知らなかったのだと素直に詫びて、食事にでも誘おうか。今からでは気の利いた店を予約するには遅すぎるか。だったらせめて、何か音之進の好きなモノでも買って帰ってやればいいだろうか。
    彼是考えては居たが、そんな日に限ってトラブルで残業する羽目になるのだからうんざりだ。
    結局何を用意することも出来ず、それでもせめて、とコンビニで音之進の好きなアイスを幾つか買って家に帰り付いたのは日付が変わる頃だった。
    もう眠っているかも知れない音之進を起こさないようにそっと玄関を開けると、恋人は部屋着のままでソファの上に丸まっていた。ホッとするような、申し訳ないような気持ちでキッチンを覗けば、夕飯は冷蔵庫の中にあるとメモが残してある。
    そんなメモまで用意しておいて、健気に俺の帰りを待っていてくれたのかと思ったら堪らなかった。
    冷凍庫に買ってきたアイスをしまって、冷蔵庫を開けてみる。
    音之進が用意してくれていた夕飯は、俺の好きなものばかりだった。炊飯器には、いつも俺が帰って来る時刻に合わせて炊き上がるように飯も用意されている。何も特別なものではないけれど。だからこそ、去年の事が思い出されて胸が痛んだ。
    記念日やイベントごとの好きな恋人が、今日という日に何も思わなかった筈は無いのだ。言わなかったのは、去年の事があったからだろう。
    つまらない遠慮をさせてしまったのは、俺の配慮が足らなかったからだろう。情けない話だ。
    冷蔵庫のドアを閉めて、ゆっくりソファに近づくと、音之進はよく眠っているらしく、静かな寝息が聞こえてきた。
    強い光を放つ眼は、今は閉じている。そうすると、途端に印象が幼くなる。年相応か、それよりうんと幼いように感じるのは、俺がこの人を愛おしく思うが故かも知れないが。
    僅かに頬に掛かる髪を避けてやると、くすぐったそうに身動ぎはしたが、起きる様子は無い。
    ありがとう。も、ごめん。も、伝えたいのは山々だが、それはどうやら明日に持ち越しになりそうだ。本当に間が悪い。
    苦く笑って、その場を離れかけたが、どうにも離れがたくて、暫し恋人の寝顔を眺めてみる。
    美しい人だ。としみじみと思う。こんなキレイな子が、俺みたいな男の所に来てくれたのはやっぱり何かの間違いじゃないのかと思うくらいだが、きっとそう言ったら音之進は拗ねてしまうだろう。それくらいの事は解るようになった。だからこそ、大事にしなければ。と思う。誰より、何より、音之進を。
    一向に目覚めそうにない音之進をソファにそのままにはしておけなくて、眠っている音之進を起こさないようにそっと抱きあげた。せめてベッドに運んでやろう。そう思って寝室に向かい、抱き上げた時と同じようにそっと音之進をベッドに下ろす。
    穏やかに眠るその頬を撫でれば、不意に口付けをしたい衝動に駆られた。頬を撫でた手に、熱が籠ったやもしれない。
    慌てて手を離してその衝動をどうにか抑えながらリビングに戻ろうとしたその刹那、音之進がゆっくりと瞼を開いた。
    すいません。起こしてしまいましたか。寝ていてください。夕飯、ありがとうございます。の、どれも声にする前に夢現で零した恋人の「おかえり」の一言に止められてしまった。
    「ただいま」と答えるのが精一杯になってしまった俺に、音之進は意識があるのかないのか、にっこりと満足そうに微笑むと、また静かに寝息を立て始めた。

    ありがとう。ごめん。次の休みにでも何処か―何か―
    明日貴方が目覚めたら、何から話したらいいだろう。
    いっそ、改めて伝えてみたらいいだろうか。

    愛しています。と。
    それだけを。




    #3.




    夏休みの間だけ居てもいいか。という年若い恋人からの申出を受け容れて早ひと月が過ぎようとしている。
    了承の返事を返したら、恋人は―音之進は、若さの勢いそのままに抱き着いてきた。いっそそのまま押し倒してしまおうかと思ったが、俺がその決断をする前に音之進は「荷物まとめて来っで!明日から夕飯作って待っちょっでな!」とその日は元気に帰ってしまった。
    その晩の虚しさと言ったら無かったが、翌朝、音之進は言葉通り、スーツケースを引き摺ってアパートに押し掛けてきた。
    以来、俺の知る限り音之進は本当にずっと家に居る。俺のアパートに、音之進が待っている。
    仕事から帰ると、アパートの窓から漏れる灯りが見えて、ドアを開ければ「お帰り」と音之進が出迎えてくれる。
    食卓に並ぶのはコンビニの弁当やスーパーで値引きのシールを貼られた惣菜ではなくて、若い恋人が慣れないなりに思考錯誤して作ってくれた手料理だ。
    最初の内は見た目も味もバラつきがあったが、このひと月で音之進の料理の腕は随分と上達した。
    用意された風呂に入って(偶には一緒に入ることもある)寝室に行けば、そう広くは無いベッドの片側を開けて音之進が待っている。肌を合わせる時も、ただ、抱き合う時も、当たり前のように隣に音之進が居る。
    「お休み」と閉じた眼を再び開けば「おはよう」と共に愛しい者の姿と体温を確認できる。

    一緒に朝食を食べて「いってらっしゃい」の声に背中を押されて玄関を出れば、すぐにでも家に帰りたくなる。
    なんて幸せで、穏やかな日々だろう。
    時折、全て夢なんじゃないだろうかと思うことがある。
    こんな都合のいい、幸せな時間が、俺の人生にあるだなんて。いまだに信じられないのだ。
    自慢ではないが、世間並みの幸せなどというものからは縁遠い人生を送ってきた。
    過ぎた時間に想った人が居なかったわけではないが、己が身を振り返って、人並みの幸せなど―と身を引いたこともある。否、逃げたという方が正解か。俺などと居ても幸せにはなれまい。と、他人の人生を引受ける事に臆して逃げたのだ。
    浅はかだ。と、今なら思う。思いはするが、その選択をしなければ、音之進には出逢えなかったのだから、或は、その選択は正しかったのかも知れない。
    俺の人生に突如現れた音之進は、あまりに真っすぐで、あまりに眩しくて、どうにも、逃れようがなかった。逃してはいけない、と、思ってしまった。
    そうして、今に至っても、やはり俺には自信が無い。
    この幸せに、この日々に、慣れては、失うのが怖くなる。
    現に『夏休みの間だけ』というのが、もう半分近く過ぎようとしているのが既に怖いのだからどうしようもない。
    いっそ、ずっとここに居ませんか。
    居てくれませんか。俺の隣に。
    ずっととなると、少し手狭になるでしょうから、夏休みの間に一緒に物件を見に行きませんか。
    そうしてくれませんか。
    貴方が居ない日常に戻るのが、俺は怖くて堪らないんです。
    なんて。十三も年下の恋人に言えるわけも無く。
    「お盆くらい、実家に帰った方が良いんじゃないですか?」
    親御さんだって貴方の顔が見たいでしょうに。などと。思っても無い事を口にした。
    嘘です。実家になんか帰らないでほしい。
    一日だって離れていたくない。お盆は俺も休みになるから、貴方とずっと一緒に居たい。何処へだって連れて行くし、何処にも行かなくてもいい。
    貴方が俺の隣に居てくれるなら、なんだっていいんです。
    それが本心だのに。真逆の事を口にした俺に、音之進は少し驚いて、それから寂しそうな顔をしてみせた。
    「…月島は、そいでよかか?」
    ぽつりと零された言葉が震えていたようで、思わず恋人の顔を見た。
    「…オイは…月島と離れたくなか…」
    怒ってくれればよかったものを。俯いて、拗ねたその眼には涙さえ滲んでいるようで、自分で自分が情けなくなる。
    「…俺もです。」
    情けなくて、恥ずかしくて、それでも、だからこそ、今声にしなくてどうするんだと口を開いた。

    「音さん。…音之進。俺は―」


    ずっと貴方と居たいんです。
    貴方と離れていたくないんです。
    叶うなら。どうか、ずっと―



    #4.




    あと2週間もすれば、後期の授業が始まってしまう。

    キッチンに立つ若い恋人の背中を見詰めながらその事実に愕然としてしまった。
    前から解っていた事だ。今更だ。
    ほんの二週間前にだって、あとひと月しかないと気付いて焦りもした。その筈だ。
    目覚めれば隣に恋人が居て、一緒に朝食を食べて。いってらっしゃい。と送り出される。仕事を終えて帰ると、家には灯りがついていて、お帰りなさい。と出迎えられる。恋人の用意してくれた食事を一緒に食べて、同じベッドで眠る。

    そんな、穏やかで、幸せな生活がもう間もなく終わろうとしている。
    一人で目覚めて、ニュースを横目に珈琲を飲んで、黙って家を出る。
    仕事をして、真っ暗な部屋に帰って、一人でコンビニ弁当を食べて、一人でベッドに潜り込む。
    嘗ての当たり前の生活に戻るだけだ。週末には、恋人は訪ねてくれるのだし。元通りになるだけだ。
    頭でそうと解っていても、耐えられるだろうか。などと。考えてしまう。慣れというのは恐ろしい。

    もういっそ、このまま家から大学へ通いませんか。
    此処は少し手狭だから、引っ越してもいい。
    実は物件も目星はつけているんです。
    親御さんにも、一度ちゃんと話をさせてくれませんか。

    用意しているその台詞は、言えないままに二週間が過ぎてしまった。
    一緒に居たい。と、盆の帰省を止めまでした癖に、その先が言えなかったのだから己の不甲斐無さに嫌気がさしそうだ。情けないにも程がある。
    引っ越しを考えるのなら、提案するのは今日がギリギリだろう。来週でも間に合わなくは無いかも知れないが、往生際が悪すぎる。
    やはり今日、口にするべきか。
    そもそも、言ったところで、夏休みが終われば、自分のマンションに帰ると言うかも知れないし。そう言われたら、寂しく思ってしまうだろうけれど、それは仕方のないことだ。それが本来の在り方だし。今が特異な状態なだけなのだから、引留められるものではない。
    けれどもせめて週末は泊りに来てほしいと頼むくらいは許して欲しいが、若い恋人を縛り付けたくはないのだけれど。何せ十三も歳下だ。大学生だ。恋人には―音之進には、将来がある。俺のような、凡庸な男の傍に留めておくのは勿体ないくらい、若く、美しく、賢い子だ。いつか目が覚めて、なんでこんな男に入れあげていたのかと、俺の傍を離れていく日が来るかもしれない。
    その日が明日だって、なんなら今日だっておかしくは無い。そんな日がきたら、俺は当分―もしかしたら、一生、立ち直れないかも知れないが。それでも、今の、この幸せな日々の想い出さえあれば、生きてはいける気がしている。
    我ながら、俺はこんな男だったかと笑ってしまう。
    女と別れた時だって、こんなことを思ったことは無かったのに。それだけ、音之進に惚れているということなんだろう。
    そうだ。俺は、鯉登音之進に惚れている。
    十三も下の、大学生の、男の子と言ってもいいような幼さの残るその人に、心底、惚れこんでいる。
    きっとこれが、俺の、生涯最後の恋だろう。

    「…音さん。」
    キッチンに立つ背中に声を掛けると、音之進は「あ!」と小さく叫び声を上げて此方を振り返った。
    「月島ぁ、卵割れてしもうたで、今朝はスクランブルエッグでよかか?」
    眉尻を下げてそんな可愛らしいことを聞いてくる。
    「構いませんよ。珈琲、淹れましょうか?」
    「まこち!?あいがと!」
    パッと表情を変えて笑う恋人の声に、此方もつられて笑顔になってしまう。
    「サラダは冷蔵庫んなかじゃ。もうすぐ出来っで。」
    フライパンに向き直った恋人の脇で珈琲を用意しながら、気付かれないように小さく息を吐いて「音さん」ともう一度名前を呼んだ。
    「んー?」と気の無い返事が返ってくる。
    どんな反応が返ってくるか、ほんの少し怖い。
    けれど…

    「大学、うちから通いませんか?」
    なるべく、重くならないように。
    「ずっと、一緒に暮らすなら、此処は少し手狭かもしれませんが」
    明日の天気の話でもするように。
    「なんなら、引っ越してもいいんですけどね…」
    笑って、冗談だと言えるくらいの軽さで。
    そこまで言ったら、どん、と、横からぶつかって来られた。
    誰になんて確かめるまでも無い。恋人は―音之進は、黙ったままで抱きついてきた。
    「っ…音さん?」
    問い掛けたら、ぎゅう、と、しがみついてくる。
    俯いて、俺の首筋に顔埋めているその耳元をみれば、首まで真っ赤になっているのが見えた。
    あぁ、あぁ、どうやら、悪い結果ではなさそうだ。
    「…実は、もう、物件も目星はつけているんです。」
    跳ねる心臓を抑えて、ゆっくりそう口にして、諫めるように俺の身体に巻き付く音之進の腕を撫でた。
    「それで…もし…もし、良ければ…一度、ちゃんと、親御さんにも、挨拶をさせてくれませんか?」
    しがみついてくる腕をゆっくりと解かせて、俯いている顔を上げさせたら、音之進は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
    「…なんて顔してるんです…」
    思わずそう口にしたら「ワイのせいじゃ」とまた泣かれてしまった。
    泣き止まない恋人を抱き寄せて「すいません」と口にしながら、俺も泣いてしまいそうだ。と思った。



    #5.



    月島は覚えているだろうか。

    明日は鹿児島に向かう飛行機に乗ろうというその晩、粗方出来上がった荷物を確認する恋人の横顔を盗み見ながら、ふとそんなことを思った。
    一緒に暮らそう。両親にも挨拶をさせてほしい。
    つい先日、月島の口から漸く聞こえたその言葉は、今思い出しても涙が浮かびそうになる。そんな風になってしまう自身に驚くが、月島の事になるとずっとそうなのだから仕方ない。心底惚れ込んでいる。というのは、こういう状態を言うのだろう。と、しみじみ思う。

    月島に出逢うまで、誰かにそれ程までに執着した事などなかった。幼少期を過ごした鹿児島でも、親の都合で移り住んだ北海道でも、高校進学に合わせて兄の家に移り住んだ東京でも。振り返るに、何処へ行っても世間並みか、それ以上にモテていたのだとは思う。思いはするが、そうしたことには全く関心を持てなかった。
    誰に好意を寄せられても、そうか。と、思うばかりで、その気持ちに応えようだとか、向けられたモノと同じ熱量で相手に応えることはしなかった。
    出来なかった。という方が正しいかも知れない。
    時には嫌悪すら抱くことがあった。そんな自分は、どこかおかしいのかも知れない。そんな風にさえ思った。
    自分には、そうした…恋愛だとかいう感情が欠落しているのだろう。受験を終えて、大学入学を待つばかりになった頃には、そんな風に考えるようになっていた。
    近頃では、自分と同じように恋愛というものに興味関心を持たない人も少なくないとも聞いた。それなら、何も自分だけが特別なわけではないのだとほんの少し安心した。不安だったわけでは無いが、何処かホッとしたのを覚えている。ホッとして、それなら、自分はそれでい。そう思うようになった。
    幾らかの友人と、仲の良い兄と、気の合う従兄と、それだけで自分には十分だと、そう思っていた。

    その日は、大学に程近い駅の駅前にある不動産屋でぼんやりと物件情報を見ていた。
    大学進学を機に、兄の部屋を出て独り立ちを。とは、父の言だ。兄は渋い顔をしたが、父に認められたような気さえして嬉しく思った。
    兄のマンションからも、大学からも然程離れずに済むならばと、目星をつけて初めて一人で降りたその駅には駅前のロータリーの向こうに小さな商店街があった。
    不動産屋が貼りだしている物件情報を見るに、兄に言われた条件に照らしても、予想より幾らか部屋代は安く済みそうだ。この町に決めてもいいだろうか。最終的には兄にも相談して、になるが(何せ部屋を借りるにも保証人の兄のサインが絶対だ)その前に、と、商店街を歩いてみた。
    小奇麗ではあるが、少しばかり古めかしい商店街を何の目的を持つでもなく歩く。ドラッグストアに雑貨屋、衣料品店、コンビニや外食のチェーン店もあれば、総菜屋も飲食店もある。メインの通りから辻に入れば、個性豊かな個人経営の小さな店があちこちに見られた。生活に必要なものは凡そ其処で揃えられそうだ。
    其れなりに賑やかな商店街は見て歩くだけでも楽しく、春からの生活に浮足立っていたのだろう。と、後で振り返ればそう思う。
    知らない街を興味津々で歩き回った結果、見事に迷子になった。スマホは持っているし、地図を検索することは勿論出来る。然し方向音痴としたものは、得てして皆、地図というものが正しく読めないのである。
    自分がまさにそうだ。そうだった。
    商店街から少し離れた、住宅街の一区画。辺りにはこれといった目印も無い。駅がどちらの方角であったか見当もつかず、これでは、やはり一人暮らしなど無理だと兄に止められてしまうのではないかと焦れば余計に解らなくなってしまう。
    落ち着いて、元来た道を戻るなり、諦めて兄に助けを求めるなりすれば良かったものを、闇雲に歩いて、気付けば自分が何処にいるのか完全に解らなくなってしまっていた。スマホの充電も残り僅かで、陽も傾き始めている。コンビニでもあれば道を尋ねられたモノを、迷い込んだ先は住宅街で、それらしい店も見当たらない。兄を呼ぼうにも、何処にいるかもわからないでは呼びようも無い。それに兄は未だ仕事中の筈である。こうなってはお手上げだ。
    恥を忍んで通りかかった誰かに道を尋ねるか。いきなり見知らぬ誰かに声を掛けられて、答えてくれる人が居るだろうか。不安と焦燥に駆られながらひとりぽつねんと立ち尽くしていると不意に「どうかされましたか?」の声が耳に届いた。
    声に振り返ると、其処には一人の男が立っていた。
    スーツ姿の、体躯の確りとした坊主頭の男は愛想よく微笑むでもなく、ただ、其処に、立っていた。
    凡そ初対面で親しみを持てるような風体では無い筈の男だのに、状況も相まってか、何の警戒を抱くどころか藁にも縋るような気持ちで男の声に答えた。
    「…道に、迷ってしまって…」
    其れだけを声にすると、男は「あぁ」と零して「この辺りは、入り組んだ路地が多いから…。」と独り言のように呟いた。
    「どちらへ行こうとなさってます?」
    「…駅に、戻りたくて…」
    「駅?JRですか?」
    「…はい」
    男は暫し考えるような仕草をして、それから徐に顔を上げると「それなら、案内しますよ。」と言った。
    「え!?…でも…」
    「ご迷惑でなければ。」
    薄く笑ってそう言った男に、何故だかドキリとして息を呑んだ。
    「っ…迷惑なんて、そんな…」
    内心の動揺を悟られないよう、どうにかそう答えると、男はほんの少し笑みを深くして「じゃぁ、ついてきて下さい。」と背を向けて歩き始めた。
    「…ありがとう、ございます。」
    前を行く背中を追って歩いたのは、どのくらいだったろうか。十数分の道程に、交わした会話は僅かだった。
    けれども、その僅かの時間と、会話が、自分の全てを変えてしまった。
    駅まで送ってくれたその男が、月島だった。
    名前も告げずに別れたその日から、再び会って、名前を知って、恋人と呼べる関係になって二年半あまり。
    短いようで長いその期間、それまで知らなかったことをたくさん知った。嬉しいことも、哀しいことも。たくさん。
    人を、好きになるということを知った。
    きっと、月島に出逢わなければ、知ることは無かった感情だろう。そう思っている。
    あの日、あの町を選ばなければ。
    あの日、道に迷わなければ。
    あの日、月島が声を掛けてくれなければ。
    自分は、如何していただろうか。きっと、今の自分とはまったく違う自分で、もっとつまらない人間になっていたんじゃないだろうか。今となっては、想像もつかないが。
    月島は、如何だろう。あの日、私に出逢わなければ。あの日、私に声を掛けなければ。違う月島になっていたろうか。
    あの日、あの時、私に出逢えて良かったと。そう、思ってくれているだろうか。

    ぼんやりと思う内、荷造りの手が止まっていたのだろう。
    「如何しました?」と、不意に月島の声が聞こえた。
    「え?」
    「未だ荷物増えます?これ以上になるとちょっと…」
    「あぁ…荷物は、こいで充分じゃ。なんでんなか。」
    「音さん?」
    慌てて誤魔化そうとしても、月島は見逃してはくれなかった。
    咎めるでなく、覗ってくるその眼に観念するしかない。
    「ほんなこて…なんでんなか…」
    「しかし…」
    「ちょっと、昔の事を思いだしちょっただけじゃ。」
    「昔の…」
    「月島と、初めて会うた日のことを、思いだしちょった…」
    無意識に小さくなる声は、恥ずかしさの為だろうか。
    「月島は…覚えちょらんかも知れんけど…」
    気恥ずかしいような、情けないような気になって、思わず視線を落としたが、その視線を上げる前に、ぐい、と身体ごと引き寄せられた。
    「っ…月島!?」
    「覚えて無いわけないでしょう…」
    抱きすくめられた耳元で囁かれた声には熱が籠っていた。
    「忘れられやしませんよ…」
    ぎゅう、と、抱き締めて来る月島の腕は力強くて、これでは、また泣いてしまそうだ。と思った。




     #6.




     覚えていない訳がないことを、覚えていないだろうと思われていたのは心外だ。
     すぐ隣で眠る音之進の寝顔を見詰めながら、ふと昼間の事を思い出して、そんなことを考える。
    けれども、そう思われても仕方がないのかも知れない。普段そんな話をすることも無ければ、そもそも、今こうしているのだって音之進が俺を追い掛けてくれたからなのだ。
    あの時、音之進が俺を捜して、見つけて、追い掛けてくれなければ、きっと今のこの関係は無かった筈だ。
     それが音之進にとっていいことなのかは解らないが、少なくとも、俺には幸いだった。

     音之進と出逢ったのは、三年半程前だ。
     今でもよく覚えている。
    その日は偶々仕事が早く終わって出先から直帰になった。早すぎる位の時間に気が咎めたが、有休も碌に消化していないのだからと結局開き直った。
     駅からの道を少し遠回りして、散歩がてら、ぶらぶらとマンションまでの道を歩いていた。
    普段はあまり歩かない通りに足を踏み入れたのは単なる偶然だ。
     道の先にぽつねんと佇む音之進を見付けたのも、本当に、唯の偶然でしかなかった。
     如何して声を掛けたのかは、正直思い出せない。
    見知らぬ赤の他人。唯すれ違うだけの人。普段なら声を掛けたりなどしなかっただろう。
    気付きもせずに通り過ぎて、そのままだったかもしれない。けれどもその日、仕事が早く終わって、時間にも気持ちにも余裕のあった俺は、何かの気が向いて音之進に声を掛けた。
    ちらりと見えた横顔が、明らかに『迷子』のそれで、如何してだか放っておけないような気がしたのだ。
     駅までの道を案内して、道すがら、他愛のない話をした。
     進学が決まって、住む街を捜していた。初めて降りた駅で、あちこち歩き回っている内に道に迷ってしまった。そう話す音之進に相槌を打ちながら、この辺りは道が入り組んでいるとか、住むにはなんら不便はないけれど、迷子になるならどの辺りに部屋を捜せばいいだとか、そんな話をしたと思う。
     駅まで送り届けて、改札をくぐる音之進を見送った。何度もお礼を言って頭を下げる姿をよく覚えている。

     良いことをした気になって、少し気分の良くなった俺は、駅前まで戻ったついでに馴染の居酒屋で飲んで帰った。
    互いに名乗ることもしなかった。其れきりだと思っていた。それが自然だろう。
    音之進の姿を駅で見かけるようになったのは四月だったろうか。
    たった一度、ほんのわずかの時間。駅までの道を案内した。それだけの事だのに、俺は音之進を覚えていた。
    駅のホームに佇む姿に『あの子だ』と気付いた。この町に住むことにしたのか。と、道案内をしたあの日の事を思い返し、何故だか嬉しくなっている自分に驚いた。
    向こうが覚えているわけがないだろうにと苦笑するしかなかった。
    その日以来、音之進の姿を度々見掛けるようになった。駅のホームで、ロータリーで、その姿を目にする度に、音之進は何かを捜しているようだった。
    だからと言って声を掛けるようなことはせず、俺は黙って遠くから音之進を見ていた。ただ、見ていた。
    元気そうな様子に何故だかホッとして、この町の暮らしになれたろうかと思ってみたりして。今にして思えばまるでストーカー紛いだ。
    まさか音之進が俺を捜しているだなんて思いもしなかった。
    何度か姿を見掛けるうち、ある時ふと、眼が合った。
    瞬間、音之進の顔がパッと輝いて、此方へ駆け出してきた。とはいえ、自分に向かってきたとは思っていなかった俺は、ぼんやりと音之進が駆け寄って来るのを眺めていた。
    俺のすぐ後ろか、近くに音之進の知り合いでも見付けたのだろうと思っていたのだ。だから音之進が目の前で足を止めて声を掛けてきた時は心底驚いた。
    自分の事を覚えているか。ずっと貴方を捜していた。あの時のお礼がしたい。方言交じりの早口でそう言い募ってきた音之進は、その時、相当緊張していたのだと今なら解る。
    普段は標準語を使う音之進が方言を口にするのは、相手に気を許している時か、緊張しきっている時の何れかだ。早口になるのは、後者の特徴でもある。
    今では、俺の前ではそんな姿を見せることは殆ど無いが。
    顔を真っ赤にして、随分と必死な様子で、どうしてもと言う音之進に圧されて、休みの前の日に会う約束をした。
    『ありがとうございます』
    そう言って、はにかんだ笑顔を見せた音之進は深々と頭を下げて『約束、忘れないで下さいね。』と念を押して去っていった。
    そんな可愛らしい事を言われて忘れるものか。
    約束のその日、待ち合わせた駅前に行くと音之進は約束の時間より随分早い時間に其処に居た。斯く言う俺も、約束の三十分前には其処に居たのだから一言を言えた義理では無かったのだが。
    お互い顔を見合わせて笑うしかなかった。
    その後、俺の知っている店で一緒に食事をした。どんな話をしたのか、細かい事は覚えていない。けれど、ただ、ただ、楽しかった事だけは覚えている。
    それきりの筈が、帰る頃には連絡先を渡していた。
    『…また、誘ってもいいですか?』
    帰り際、そう言って真直ぐ見詰めて来た音之進にドキリとした。勿論だと答えながら、内心これは不味い。と思っていた。
    音之進は俺と同じ男で、大学生で、その時まだ十八だった。
    何を不味いと思ったかと言えば、全てだろう。
    音之進は、男の俺から見てもキレイな子だった。
    いや、今もキレイには違いないが。その頃の音之進は未だ十八で、整った面差しに僅かに幼さが残っていた。男としては未完成な身体つきはしなやかで、遠目にも目を惹いた。モデルや芸能人だと言われても納得しかしなかったろう。
    そんな音之進を女たちが放っておくわけはないし、男でも、気が迷ってもおかしくは無い。そう思えた。
    何せ自分が何かを間違う気がしてならなかった。
    『間違う』と思っていた。
    『間違い』だと思っていた。
    男の俺が、まだ十八の子供に、それも、男に。気が迷うなんてどうかしている。そう思っていた。
    今なら、その下らない考えこそ大間違いだと言えるのだが、その時はそう思っていたのだ。
    間違ってはいけない。うっかり間違いを起こして、このキレイな子供を傷つけたりしてはいけない。汚したりしてはいけない。そんな風にさえ思っていた。
    そう思いながら、懐いてくる音之進を拒むこともせず、取り繕った大人らしい顔をして音之進に接していたのだから滑稽な話だ。
    音之進は、最初から俺によく懐いてくれた。
    音之進のお兄さんと俺が同い年というのもあったのかもしれない。
    あまり友達が多くないという音之進は、よく俺を誘った。食事や、買い物。ちょっとした相談ごと。誘い文句は様々だったが、十八の大学生と三一のおっさんではあまりに不釣り合いで、俺は誘われる度に一度は断る口実を考えた。
    考えはしたが、結局なにも思いつかずに毎度音之進に会いに行った。
    その内、断ることを考えるのを止めて、自分からも音之進を誘うようになった。
    会う度に、話す度に、音之進が俺に好意を寄せてくれているのを感じるようになった。それを拒まなければいけないと思いながら、拒みきれずに酷く曖昧な関係を続けていたと思う。
    若く、美しいモノからの好意は心地良かった。俺はその関係に酔っていたのだと思う。友人というには年が離れ過ぎている。けれども、知人というには近しくなり過ぎた。
    そんな関係が続いたのは一年くらいだろうか。自分の往生際の悪さにうんざりする。一年の間に、すっかり入れ込んでしまって、相手が未だ子供だろうと、男だろうと、どうにも手元から放したく無くて。それでも、何かを口にすれば二度と音之進に会えなくなるかも知れないと踏ん切りも付けられずに居た俺は、傍から見れば随分と不細工だったろうと思う。
    『好きだ』と、はっきり口にしたのは音之進が先だった。
    煮え切らない大人に、素直な子供は、真直ぐな眼をして自分の想いを伝えて来た。
    今考えても情けない話だ。十九の音之進が、三十二の男にそれを伝えるのは、どれだけ怖かったろうと思う。
    嬉しくて、情けなくて、申し訳なくて。あまりに直ぐな瞳に射抜かれて、俺は大人を取り繕うことを止めた。男だろうと、未だ子供だろうと、目の前に居る音之進が、最早自分にとって何者にも代え難いモノになっていることは明白だった。
    音之進の真直ぐな眼から逃れる術など最早無かった。
    寧ろ、逃がしてはいけない。と、思った。
    音之進を、捕まえておかなければ。と。

     それから、二年半だ。
     もう二年半。なのか、未だ二年半。なのか。
     音之進は無事に成人を迎え、この暮れには二十一になる。未だ二十一だ。
    成人したとはいえ、まだまだ子供だ。
     それに恐らく、音之進は俺しか知らない。他の誰も、何も知らない。何も知らない内に俺なんかに捕まって。本当にそれでいいのだろうか。今更、ダメだと言われても諦められそうにはないのだけれど。

     あの日、仕事が早く終わっていなければ。
     音之進が、この町を選ばなければ。
     迷子の音之進に、声を掛けなければ。

     俺は今頃如何していたろうか。
    きっと以前と変わりなく、会社とマンションを往復するだけの、何の面白みも無い日々を独り淡々と過ごしていただろう。ただ生きている。其れだけの日々に、意味を持たせてくれたのは音之進だ。
     生きていてよかったと、一日でも長く生きていたいと、思わせてくれたのは音之進だ。
    大袈裟でもなく、そう思っている。
    そんなことを口にしたら、流石にひかれてしまいそうだが、本心なのだから仕方ない。
     俺の生き甲斐など、音之進の他にない。
     そんな人との出会いを、その瞬間を、忘れる事など生涯無いだろう。
     
     もうじき、夜が明ける。
     音之進が目を覚ましたら、支度をして羽田から鹿児島だ。昼には向こうに着いてしまう。
     ご両親はどんな顔をするだろう。ご両親より、お兄さんの方が難しいかも知れない。俺はまともに話せるだろうか。なるようにしかならないのだろうけれど。
     せめて、と思う。
     せめて音之進には、俺と鹿児島へ帰ったことを後悔させないように。と。其れが一番、難しいのかも知れないけれど。





    「音さん。」
    「うん?」
    「俺多分、今日の事一生忘れないと思います。」
     「…うん。…おいも忘れんと思う。」
     「来世でも、覚えてるかもしれません。」
     「来世…」
     「…重すぎますか…」
     「…ううん。よかよ。」
     「音さん…」
     「来世も、その先も、ずっと一緒におろごた。」
     「…ずっと」
     「重すぎるか?」
     「いいえ…いいえ。嬉しいです。とても。」
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    fujimura_k

    PAST2023年12月発行『喫茶ツキシマ・総集編』(番外編部分)
    月鯉転生現パロ。喫茶店マスターの月島と作家の鯉登の物語。総集編より番外編部分のみ。
    喫茶ツキシマ 総集編(番外編)例えば
    こんな穏やかな日々が
    この先ずっと

    ずっと
    続いていくなんて

    そんな事があるのでしょうか。

    それを
    願っても、いいのでしょうか。


    ***


    図らずも『公衆の面前で』という派手なプロポーズをして以来、鯉登さんは殆ど俺の家で過ごすようになった。
    前々から昼間は大抵店で過ごしてくれていたし、週の半分近くはうちに泊っては居たのだけれど、其れが週四日になり、五日になり、気付けば毎日毎晩鯉登さんがうちに居るのが当たり前のようになっている。
    資料を取りに行くと言ってマンションに戻ることはあっても、鯉登さんは大抵夜にはうちに帰って来て、当然のように俺の隣で眠るようになった。
    ごく稀に、鯉登さんのマンションで過ごすこともあるが、そういう時は店を閉めた後に俺が鯉登さんのマンションを訪ねて、そのまま泊っていくのが決まりごとのようになってしまった。一度、店を閉めるのが遅くなった時には、俺が訪ねて来なくて不安になったらしい鯉登さんから『未だ店を開けているのか』と連絡が来た事もある。
    19591

    fujimura_k

    MOURNING2022年5月発行 明治月鯉R18 『鬼灯』
    身体だけの関係を続けている月鯉。ある日、職務の最中に月が行方を晦ませる。月らしき男を見付けた鯉は男の後を追い、古い社に足を踏み入れ、暗闇の中で鬼に襲われる。然し鬼の姿をしたそれは月に違いなく…
    ゴ本編開始前設定。師団面子ほぼほぼ出てきます。
    鬼灯鬼灯:花言葉
    偽り・誤魔化し・浮気
    私を誘って

    私を殺して


     明け方、物音に目を覚ました鯉登が未だ朧な視界に映したのは、薄暗がりの中ひとり佇む己の補佐である男―月島の姿であった。
    起き出したばかりであったものか、浴衣姿の乱れた襟元を正すことも無く、布団の上に胡坐をかいていた月島はぼんやりと空を見ているようであったが、暫くすると徐に立ち上がり気怠げに浴衣の帯に手を掛けた。
    帯を解く衣擦れの音に続いてばさりと浴衣の落ちる音が響くと、忽ち月島の背中が顕わになった。障子の向こうから射してくる幽かな灯りに筋肉の浮き立つ男の背中が白く浮かぶ。上背こそないが、筋骨隆々の逞しい身体には無数の傷跡が残されている。その何れもが向こう傷で、戦地を生き抜いてきた男の生き様そのものを映しているようだと、鯉登は月島に触れる度思う。向こう傷だらけの身体で傷の無いのが自慢である筈のその背には、紅く走る爪痕が幾筋も見て取れた。それらは全て、鯉登の手に因るものだ。無残なその有様に鯉登は眉を顰めたが、眼前の月島はと言えば何に気付いた風も無い。ごく淡々と畳の上に脱ぎ放していた軍袴を拾い上げて足を通すと、続けてシャツを拾い、皺を気にすることもせずに袖を通した。
    54006

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    fujimura_k

    MOURNING現パロ月鯉 珈琲専門店・店主・月島×画家・鯉登
    脱サラしてひとりで珈琲専門店を営んでいた月島が、画家である鯉登と出逢ってひかれあっていく話。
    作中に軽度の門キラ、いごかえ、菊杉(未満)、杉→鯉な描写が御座います。ご注意ください。
    珈琲 月#1 『珈琲 月』


     そのちいさな店は、海の見える静かな街の寂れた商店街の外れに在る。
     商店街は駅を中心に東西に延びており、駅のロータリーから続く入り口付近には古めかしいアーケードが施さていた。年季のいったアーケードは所々綻びて、修繕もされないまま商店街の途中で途切れているものだから一際寂れた雰囲気を醸している。
     丁度、アーケードの途切れた先には海へと続く緩やかな坂があり、下って行くと海沿いの幹線道路へと繋がっている。坂の途中からは防波堤の向うに穏やかな海が見え、風が吹くと潮の香りが街まで届いた。
     海から運ばれた潮の香りは微かに街に漂い、やがて或る一点で別の香りにかき消される。
     潮の香りの途切れる場所で足を止めると、商店街の端にある『カドクラ額縁画材店』の看板が目に入るが、漂って来るのは油絵の具の匂いではない。潮の香にとって代わる香ばしく甘い香りは、その店の二階から漂って来るモノだ。
    32292

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