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    zeppei27

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    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    なんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro

    #小説
    novel
    #RONIN
    #隠し刀
    #主福

    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
    「毎日ご苦労様です。今年は塀が崩れずに済みそうですわ」
    「お気遣いいただき、ありがとうございます。塀が?そんなに降ったんですか」
    「雪が積もった松の枝が折れたのですよ」
    どこかの武家出身なのだろう、凛とした老女は中途半端な枝ぶりの松を示した。確かに、近くの塀が一部だけ新しく漆喰が塗られている。ただ松に積もる雪を美しいと眺めてなどいられないらしい。茶を啜ると、馥郁たる香りと甘さに疲れが癒やされた。おやつに、と揚げ餅も添えられて言うことなしの高待遇である。正月の餅を割って作った揚げ餅は、ただ塩を振っただけの簡単なものだが、疲れた体によく沁みた。
     いつぞや情人である隠し刀と、様々な味を食べ比べたな、と思い出しかけて無理やり消し去る。彼とは当面会えそうにもない。思い出すだけ寂しくなって、置いていくのは自分の都合だというのに拗ねたくなってしまう。大人気ない気持ちを持て余してポリポリ齧っていると、揚げ餅が雪のように口の中で溶けていった。
    「福沢さん、先ほど飛脚が貴方宛にこちらの品を届けてくださいました。郷里の方からだそうですよ」
    ぼんやりしているうちに一度引っ込んでいたのか、老女中が今度は一抱えほどある行李を運んできた。礼を言いながら受け取れば、郷里の名物である竹製の行李である。しかし誰がこの場所に宛てて送るだろうか。心当たりはないものの、諭吉は平静を装って声を弾ませた。
    「郷里から?嬉しいですね」
    「今日はもうゆっくりなさいませ。旦那様はしばらくお城から帰ってこないでしょう」
    昼食には顔を出すように、と告げる老女中は最早田舎の祖母の若き優しさを滲ませていた。一ヶ月にも満たない奉孝だが、自分は随分と気に入られたらしい。あるいは、この家に仕える中間たちがろくでなしだったのだろう。密かな満足感を得ると、諭吉は言葉に甘えて自室に下がった。




    「ああ」
    行李に詰められた紺色に、諭吉は思わず感嘆の声を漏らした。添えられた文を脇に置き、ふわふわとした布を引っ張り出す。この感触は間違いない、フランネルだ。長さからして、襟巻きにするとちょうど良いだろう。試しに首にさらりと回せば、その温かさと柔らかさにうっとりする。こんなものを自分に贈ってくれる人間の心当たりは、一人しかいない。添えられた文を広げると、微かに火薬の匂いが鼻をくすぐった。
    『異国では、一人一人の誕生日を祝う習慣があるとジュールから聞いた』
    その一文から始まる文章には、忘れ去ろうとした日常が詰まっていた。隠し刀は――敢えて差出人の名前は書かれずにいたが、他の誰でもない――ジュール・ブリュネに異国の習慣を聞き、すぐさま諭吉の誕生日が近いことを思い出したらしい。個人の誕生日を祝うことは諭吉も初耳で、如何にも個人の存在に重きをおく異国らしいと目を細めた。
     つい先日、諭吉は誕生日を迎えた。と言っても、日本では正月を越えたことで一つ歳を重ねる方式が採用されているため、個人の誕生日はさして重要な情報ではない。幼い子供と老人だけが、生きながらえたことを周囲に寿がれるが、それ以外はただ生きているだけ、とも言える。故に諭吉も自分の誕生日を覚えていても、なんということもない日常を過ごすのみだった。
     それを隠し刀は、祝えなかったことを悔やみ、マーカス・サミュエルに頼み込んで祝いの品を選んだのだった。江戸の冬は横浜よりも寒いだろう、と案じる言葉が優しい。
    『誕生日おめでとう、諭吉。お前が生まれてくれて、巡り会ってくれたことは私の人生の宝だ』
    普段は朴訥とした語り口である男が、こと文章となると饒舌に切々と胸の内を語ってくれることは嬉しい発見だった。ただ落ち合う連絡をする文でなし、会えない想いが詰まった諭吉のためだけの物語である。
    「貴方は祝わせてくれないでしょうにね」
    いつぞや生まれ月の話をした際に、隠し刀は故郷も過去も無くしたのだと淡々と語っていた。本当に自分が何年に生まれたかさえも覚えていないのだという。幕府に潰された集落の記録が残っているはずもなく、手がかりは最早この世にない。だからいつでも好きな歳でいられるのだ、と男は嬉しそうに笑ったものだ。
    「温かい」
    ぎゅう、と男が触れたであろうフランネルに縋る。差出人も出さず、故郷からの品を装ったのが、隠し刀が諭吉の身の上に配慮してのことだと痛いほどに理解できていた。渡米し、帰国するまで自由に会うことは許されぬ身の上だ。想いを繋ぐ約束をしても、将来どれほどのものが待ち受けているのかは一切想像がつかない。ありがとう、と呟く。
     どういたしまして、という返事はいつまで経っても聞こえなかった。




    「Happy birthday、諭吉」
    そろそろ届いたろうか。雪雲を見上げ、隠し刀は遠い江戸に向かって声を吐いた。今の自分に何かしてやれることはなく、どこかで偶然を装って会えないかと少々未練がましい試みを繰り返した果てに見つけた希望である。流石はブリュネ、小粋な習慣を知っているものだ。できうることならば直に祝いたかったが、叶わぬ身の上である。せめて自分の襟巻きに似た色合いのそれを身に纏い、少しでも暖かさを感じてくれればそれで十分だった。
    「おーい!そろそろ凧揚げを始めるぜよ!」
    「わかった」
    それぞれ凧を手にした坂本龍馬と岡田以蔵に従って歩き始める。海のおかげで温かい横浜は、今日も凧揚げ日和だ。坂を登る。走って走って、えいやと放たれた凧は勢いよく風に乗って飛んでゆく。ひらり、ひらり、ひゅんと飛ぶ凧は、ひょっとすると江戸からでも見えやしまいか。
    「飛べ」
    そんな可能性が万に一つもなくても。ぎゅっと腹に力を込め、隠し刀は声を上げた。


    〆.
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。諭吉が隠し刀の爪を切る話。意味があるようでないような、尤もなようで馬鹿馬鹿しいささやかな読み合いです。相手の爪を切る動作って、ちょっと良いですね……

    >前作:黄金時間
    https://poipiku.com/271957/11170821.html
    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    鹿爪 冬は、朝だという。かの清少納言の言は、数百年経った今でも尚十分通じる感覚だろう。福沢諭吉は湯屋の二階で窓の隙間から、そっと町が活気付いてゆく様を眺めていた。きりりと引き締まった冷たい空気に起こされ、その清涼さに浸った後、少しでも暖を取ろうとする一連の朝課に趣を感じられる。霜柱は先日踏んだ――情人である隠し刀とぱり、さく、ざく、と子供のように音の違いを楽しんで辺り一面を蹂躙した。雪は恐らく、そう遠くないうちにお目にかかるだろう。
     諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
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    zeppei27

    DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!
     リクエストありがとうございました!
    太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
    「西瓜……だと?」
    「その通りだ、黒田」
    朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
    「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
    「承知しもした!」
    すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
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    zeppei27

    DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。
     リクエストありがとうございました!
    聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
     が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
     佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
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