同級生👀🥦と☁️🎤のお話行動範囲を飛び越えてやってきた巨大なショッピングモール。
土曜。
午前十時。
快晴。
モールにはたくさんの人が溢れてて、ガヤガヤと騒がしい。
そんな周囲にも負けないくらいとびきりうるさい悪友二人に俺は今、背中をバシバシ叩かれていた。
「来た!来た来た!見ろショータ!出久!私服!可愛い!可愛いじゃん!!」
「やっべえー、こっち気付いた!ちょっと相澤クン!緑谷キラキラ笑顔で手振ってるぜ!小走りかんわいい~!」
「おまえら、うるさい……」
騒ぐ白雲と山田を躱しながらも俺は、駆け寄ってくる緑谷から目が離せなかった。
かわいい。
まぶしい。
何だあれは。
黄色いリュックの肩紐をぎゅっと握ってキョロキョロ不安そうに辺りを見回していたと思ったら、俺たちに気付いた途端ぱあって顔を明るくした緑谷が、でっかい目をキラキラさせながら手振って小走りで近付いてくる。
かわいい。
私服、初めて見た。
かわいい。
大きめの白い半袖パーカーの下に長袖のシャツを合わせてある。綺麗めの緑色のチェックシャツが緑谷によく似合ってる。ベージュのハーフパンツに黒いタイツ、あといつもの赤いスニーカー。黄色いリュック。
かわいい。
ちょこんと覗いたシャツの、一番上のボタンまでしっかり閉められているところまでかわいい。
「相澤くん!白雲くん!山田くん!お、おはよう!ごめんね、ちょっと遅れちゃったかな」
開口一番手を合わせて謝ってくる緑谷。
かわいい。
そんなことないって口を開こうとしたら、両脇から白雲と山田がしゃしゃり出てきた。
「ぜーんぜん遅れてないし!」
「そ!今来たとこ!謝んないでいーぜ!」
「あ、ありがとうふたりとも」
へにゃりと笑う緑谷に二人が心臓を押さえる。
ぐ。
声をかけるタイミングを失った。
俺だってフォローしたかったのに。
「あ、あの、」
「な、何、」
う、お。
緑谷のほうから話しかけてきた。
あ。
おはようって挨拶してない。
どうしよ。
でも今言ったら遅すぎるか。
タイミング、分かんねーな……。
「あ、相澤くん、私服、ちょっと感じ違うね、ふしぎ、」
「え、変、」
ドキリとして思わず自分の服を見下ろした。
Vネックの水色ニットベストに白いシャツ、カーキ色のカーゴパンツにいつものスニーカー、斜めがけの黒いボディーバッグ。
「母さんが、これ着てけってうるさいから、」
やっぱり変だったか。
自分で選んでくりゃ良かった。
落ち着かないし。
けど母さんにセンスゼロとか散々言われたし。
緑谷が来るからと思って従ったんだけど。
「え!変じゃないよ!とっても似合ってる、そういうのも、良いな、なんて、あ!でも!センス無いって言われるから、僕なんかに言われても嬉しくないよね、ハハ」
「そっ、そんなことねェし。……嬉しいよ。それに、緑谷も、可愛い。似合ってる」
「え、か、可愛……っ」
ぽぽぽ、と緑谷が赤くなる。
あ。
やべ。
男に向かってかわいいって無いよな。
や、さっき白雲も山田も言ってたな。
いやいや待て本人に面と向かっては言ってねーだろ。
「あ、あ、ありがとう……ぼ、僕もお母さんが服、選んでくれて、その、ちょっと不安で、に、似合ってるなら良かったよ。相澤くんにそう言ってもらえて嬉しいな」
小首を傾げてにぱ、と緑谷は笑った。
う。
かわいい。
なんだこの生き物は。
今日一日この生き物と一緒に行動すんのか。
大丈夫か俺。
心臓が鍛えられそうだ。
「ちょっとちょっとお!勝手に二人の世界に入り込まないでくれる?!」
「そうだぜなァ緑谷!俺は俺は!俺のファッションはどーーよ!惚れ直しちゃう?!」
「惚れ直すも何も最初から惚れてねーよ」
「相澤シヴィーーー!!」
「あ、山田くんも、いいね、そのチェーン」
緑谷が指差したのは、ベルトからじゃらじゃらと垂らした何重ものシルバーチェーンだった。ごてごてしてて重たそうだ。
山田の格好は山田らしくて、黒い細身の長袖シャツには外国人の女性が叫んでいる顔がアーティスティックなカラーでプリントされている。……アーティスティックって意味よく分かってないけど。ジーンズはボロボロで、あれ、なんていうんだっけ、ダメージ加工?ところどころ安全ピンが刺さってたりする。スニーカーはド派手なオレンジでやたらと厚底だった。
クソ、身長抜かされてる。
「かっこいいだろこのチェーン!これとかさあ、十字架の模様入ってて先週買ったばっかのやつでさあ!」
緑谷に褒められてあからさまに山田が喜んでいる。
悔しい。
緑谷、ああいうの好きなのか。
センスあるヤツが羨ましいと初めて思った。
それも束の間。
「山田くんは鍵とかお財布とかよく落としちゃうの?それだと無くさないから便利だよね」
純粋無垢な緑谷の発言に、ピシリと山田が固まった。
隣りから、「んぐっ」って白雲が笑いをこらえる声がする。
すかさず白雲の鳩尾に拳を入れてやると、ぶはって息を吐き出して高い笑い声を上げた。
「ひっ、ひー!!!うは、うひゃ!!おいショータ!くく、おまえ俺の胸に顔うずめて隠れて笑ってんじゃねーよ!」
「笑って……ない、……ぐ、」
「笑ってんじゃん!笑ってる!」
「ぎゃ!やめろ!くすぐんなって!ハハ、おい!やめろおい山田も!!」
おもいきり脇腹をくすぐってくる白雲の手を振りほどこうとしたら、山田が後ろから羽交い締めにしてきた。
「俺を笑ったバツだ~!」
「おい、やめっ、ちょ。ハハハハ!」
緑谷が呆気に取られてる。
ちょ。見んな。
俺まで馬鹿だと思われんだろ。
雲まで駆使して俺を笑かそうとする白雲が、くすぐる手は止めずに緑谷に声をかける。
いーから手とめろ!!
「なあなあ俺は!」
「え、えっと、」
「服!どう?」
「あ、服、服、えっと、」
白雲は。
バスケ選手みたいな格好をしていた。
23番のナンバーがでかでかとプリントされたメッシュ素材の真っ赤なビブス風Tシャツ、グレーの半袖シャツ、白いラインが入った黒いハーフパンツ、ラメ入りの青いスニーカー。何が入ってんだ?っつー黒くてデカイリュック。手首にはサポーターもつけていて、白雲らしいファッションだった。
クソ、やっぱりセンスがあるヤツが羨ましい。
つーか今11月だぞ?寒くないのかよ。
「とっても白雲くんらしいよ。バスケ好きなの?」
「んー、やっぱりそうなるよねー。出久は素直でかわいーねー」
ファッションセンスが通じなくても白雲はニコニコしたままで緑谷の頭をわしゃわしゃ撫でている。
おい、そんな気安く触んな。
友達になったばっかりだろ俺たち。
……そんな距離感で良いのか。
俺も緑谷撫でて良いのか。
俺にも撫でさせろ。
***
「うっし!じゃーシンボクカイはじめますか!」
「よっ!よろしくお願いします!」
白雲くんの掛け声に僕が背筋を伸ばしてそう言ったら、「カタイなあ!」って山田くんにばんばん背中を叩かれた。
今日は、親睦会という名目で集まった。
四人の仲を深めようって、白雲くんが提案してくれた。
友達になってからお休みの日にでかけるのは初めてで僕はわくわくしていたし、ドキドキもしていた。
だってこの親睦会は、僕のために白雲くんと山田くんが企画してくれたニセモノの会で、
本当は、
相澤くんに誕生日プレゼントをあげたいけど何をあげたら良いか全然思い付かない僕のために開かれた会なのだ。
(捕縛布をあげようと思って!代えならいくらあっても良いよね!って言ったら何故か山田くんに全力で止められたし……)
その時のことを思い出して、はあ、って溜め息が出た。
あ、ひざしくんって呼んでって、言われてたんだった。
朧くんにも。
でも名前で呼ぶのってなんだか照れる。
中学校まではまともな友達がいなかったから、友達付き合いの距離感というものが僕には全然掴めていなかった。
白雲くんも山田くんも、とってもフレンドリーで、でもいやじゃなくて、そういうのってすごいと思う。
今日のことだってぱぱっと企画してくれたし、「俺たちがみんなとでかけたいだけだからな!」って笑ってくれて、ちょっぴり泣きそうになった。
んんん。
ひざしくんと朧くんって呼んだら、相澤くんのことも、下のお名前で呼べるかな。
って、そんな理由じゃだめだよね。
今日しっかり親睦を深めて、仲良くなってからにしよう!
「んで?みんな見たい場所考えてきた?出久はどっかある?」
「…………あっ、」
そうだった!
今日はそれぞれ行きたい場所を考えてくることになってたんだった!
色々なところを回ってさりげなく相澤くんの好きなものとか欲しいものをリサーチしようって話だったのに。
(どうしよ~。相澤くんへのプレゼントのことばっかり考えてて、全然自分の行きたい場所考えてなかった!)
「あ~えっと、えっと……」
「見たいとこいっぱいあって悩んでるかんじ?じゃ、俺が行きたいとこからでも良いかな?!」
「あ、うん!もちろんだよ!」
ばち!っとウインクをした白雲くんに僕はホッとした。
さすがだなあ白雲くん。
僕が慌てたこと、一瞬で見抜いたんだろうな。
「んじゃースポーツ用品店にレッツゴー!」
「おー!」
「白雲ォおまえ今度はバスケ用のシューズでも買う気かあ?」
「残念だなあひざしースポーツ専門店にキーチェーンは売ってないだろうなー」
「白雲っ!おまえっ!」
「わー!にっげろー!」
「おい、店ン中走るなおまえら!」
「わわ、行っちゃった…」
あっという間に白雲くんと山田くんがエスカレーターを駆け上がっていく。慌てて追いかけようとしたら相澤くんに「待って」と止められた。
「行き先は分かってるんだし、ゆっくり行こ」
「あ、そ、そうだね!」
僕たちは並んでエスカレーターに乗った。
僕が前で、相澤くんが後ろ。
「それにしても、人、すごいね、」
振り向いたら、ちょっぴり下に相澤くんの頭があった。
わ、いま僕のほうが身長高いや。
「はぐれないようにしないとな……って、もう遅いか」
「ハハ、そうだね、」
巨大なショッピングモールは真ん中が吹き抜けになっていて、両脇にお店がずらって並んでる。
吹き抜けには大きなクリスマスツリーが飾ってあって、クリスマスソングのピアノアレンジが流れていた。
そっか、もうクリスマス……。
「相澤くんはクリスマスとか、予定ある?」
「えっ、…………ない、けど」
「え、あ、家族でパーティーとか、しないんだ?」
「家族でパーティー……」
んんん。
なんか相澤くんが難しそうな顔してる。
どうしたんだろ。
僕なにか変なこと聞いたかな。
「小学生の頃はやってたけど、今は別に……チキン食べるくらい」
「あ、そ、そっか。うちはいつもお母さんが張り切ってて、クリスマスツリーとかリース飾ってね、ケーキを一緒に作って、奮発してデパートでオードブル買ってくるんだ。いまだにプレゼントくれるから、僕もお母さんにプレゼント用意して、」
「えらいな、緑谷は」
「あ!でも全然!おこづかいで買える程度のものだよ。そのお金だってお母さんからもらってるし。いつかちゃんと、自分で稼いだお金でお母さんにプレゼントあげられたらなって」
「……うん、そうだな。それは、そう思う」
相澤くんはゆっくり二度頷いた。
「喜んでくれるかな、」
「喜んでくれるよ!絶対!」
「うん、ありがとう」
眩しそうに笑った相澤くんに、僕はドキリとした。
僕も相澤くんを喜ばせてあげられたら良いな。
「おーい!おふたりさーん!こっちこっちはやくー!!」
白雲くんの声が上のほうから聞こえてきて、相澤くんといっしょに声のしたほうを見上げる。
ふたつ上の階から白雲くんと山田くんが大きく手を振っていた。
「……目立つからやめろっての……」
「相澤くんは大人だね、」
「…………別に、あいつらがうるさ過ぎるだけだ」
まえ、ちゃんと見な。
って背中をそっと押された。
慌てて前を見たらもうエスカレーターの降り口で。
焦ってぴょこんとジャンプしたら、後ろから「ぶっ」って声がした。
「あ、わ、笑った……!」
相澤くんが拳を口に当てながら俯いてる。
その肩が小刻みに震えていて、僕はぷくっと頬を膨らませた。
「も、もう!置いてきます!」
次のエスカレーターにぷりぷりしながら乗り込んだら相澤くんも追いかけるように一段下に乗ってきた。
笑ったこと、許さないんだから!
って背中を向けたままでいたら、相澤くんが「ごめん」って小さな声で言った。
「可愛くて、つい」
(可愛…………?!?!?!?!)
か、かわいいって言われた…………?!?!
相澤くんにまたかわいいって言われた!!
ひゃわ、
はわあ……!
そのまますっかり僕は振り向けなくなってしまったのだった。