がんばれ女装男子🥦くんあいざわせんせい。
僕の担任の先生。
僕の大切なひと。
僕の大好きなひと。
「失礼します!一年A組緑谷出久です!相澤先生!来ましたっ!」
昼休み。
職員室の入口でそう僕が声を上げると、先生方の視線が一斉に相澤先生に注がれた。呆れや羨望の入り交じったその視線を面倒そうな顔で受け止めながら、相澤先生が立ち上がる。
「良いなあ愛妻弁当」
「山田そういうこと言うとコイツが調子に乗る」
「ふふ、相澤先生の愛妻でーす」
そう言って先生の腕に絡み付くと、こらって軽く頭を叩かれる。優しいからちっとも痛くない。むしろ撫でられてるみたいで嬉しい。
「良いわねえ相澤くん、かわい~い幼妻がいて」
「やめてくださいよ香山先生」
心底辟易した様子で相澤先生が睨みを効かせても、香山先生にはちっとも通用しない。「アオハルいいわ~頑張りなさい」って僕の背中をぐいぐい押してくれる。相澤先生とぴったりくっつく形になって、ぎゅうってその腰に抱き着こうとしたらさすがに相澤先生に本気で押し返された。
「ほら準備室行くぞ」
「あ、待ってください!」
準備室の鍵を片手に大股で歩いて行ってしまう後ろ姿を慌てて追う。
ボロボロの黒ジャージにお世辞にも綺麗とは言えない白衣。
明らかに百均のぺなぺなのスリッパ。
ポケットに突っ込んだ両手。
ちょっと丸まった背中。
テキトーに束ねた黒い髪。
いつでも眠たそうな三白眼。
無精髭。
ゴツゴツした大きい手。
教科書も見ずに淡々と授業を進めていく低い声。
ぜんぶぜんぶ好き。
僕の大好きな相澤先生。
お昼ごはん、ゼリーばっかり飲んでた先生に毎日毎日勝手にお弁当を作り続けて、十日目にして見かねた山田先生と香山先生に押し切られて初めて先生が僕のお弁当を食べてくれた。
僕は職員室のド真ん中でボロボロ泣いちゃって、それからと言うもの準備室でお弁当を食べるのが日課になった。
ワイワイ騒がしい廊下も、相澤先生が通ると少しだけ静かになる。どんなにふざけてたってみんなちゃんと道を開ける。
先生は怖い。
めちゃくちゃに怖い。
そして厳しい。
でも誰にでも平等で、
そして誰よりも生徒のことを考えている。
「先生、今日は茄子とピーマンと豚肉の味噌炒めを入れました」
「うん?」
「先生好きでしょ?」
「……よく観察してるな、」
「先生のことはいつでも見てますからね」
にこにこする僕に、先生はあからさまに顔を顰めた。
先生がそういう顔をする時は、あんまり嫌がってないって証拠ですからね。
にこにこ。
俺が弁当を食ってる間、ずっと嬉しそうに俺のことを観察している変わり者。
俺のクラスの生徒、緑谷出久だ。
大抵怖がられ恐れられ距離を置かれることの多い俺に唯一懐いている。
……懐いているというか……熱烈な猛アタックを受けているというか……。人のことを観察しては日記をつけて日々分析しているという変わり者だ。
そしてもうひとつ変わっていることと言えば。
「緑谷……ちょっとスカートが短いんじゃないか」
「えっ、そうですか?先生、ドキドキしちゃいます?」
オーバーサイズのベージュ色のカーディガンから、ちらっと覗く黒地に緑色のチェック柄のプリーツスカート。膝上10センチどころか股下10センチといった短さで、紺のハイソックスまでだいぶ素足の領域が長い。白いブラウスの第一ボタンは外されていて、赤いスクールリボンがゆるりと垂れ下がっていた。
一応言っておくと、この高校に制服は無い。
それからもうひとつ言っておくと、
こいつはれっきとした男だ。
俺が指摘した途端に準備室の丸椅子からぴょこんと立ち上がって、すすす、と緑谷がスカートを上げる。白い太腿が露わになる。
やめろ、マジで。
似合ってるからこそ本当にタチが悪い。
「しちゃわない」
「しちゃってくださいよもおぉ!」
「次から肉多めで」
「話逸らさないでください!!リクエスト嬉しいですけど!!」
ぷりぷりしながら早速ノートに「肉多めが好き」と書く緑谷。
なあおまえは知らないんだろうな。
俺が毎日おまえの弁当を楽しみにしてることなんか。
思わず口元が緩みそうになって、弁当を掻き込んで誤魔化す。がっつくほど美味しいですかあ、って呑気に緑谷が笑った。