女装男子出久くん2「お母さん相澤先生がお弁当食べてくれたあああああ」
帰って来るなり泣きながら私に抱き着いてきた可愛い一人息子。
「まあまあ、良かったわね」
ひんひん泣く背中を撫でてやると、涙でぐちゃぐちゃの顔で笑う。
「明日はもっと美味しいの作るから!お母さん一緒にお弁当考えてくれる?」
「良いわよ、そうね。先生はどういうものが好みなのかしら」
「こ、好み……聞いてない……明日聞いてみる!!」
「じゃあどんな方なのかしら」
「!!あのね!あのね!相澤先生は渋くて格好良いんだよ!とっても厳しいけど生徒思いで、いつも眠そうで小テストの時とかうたた寝しててね、でも先生寝てても格好良くて、見惚れてたら緑谷ちゃんとテストやれって、何で寝てるのに気付くんだろう?すごいよね!それからそれから、」
あらあら。
これは長くなりそうね。
お茶とお菓子を用意して腰を据えて聞きましょうか。
さっきまで泣いていたのが嘘のようにキラキラした顔で笑う。
出久は素直で本当に可愛い。
『お母さん、僕高校デビューする!女の子の格好で毎日登校する!』
そう初めて告白されたときはだいぶ戸惑ったけれど、一度決めたことを息子が曲げることは無かったから見守ることにした。
そして研究熱心な出久の女装レベルはあっという間に上がっていって、高校の入学式の頃にはもう、悪いけどそのへんの女の子よりも可愛らしくなってしまっていた。親の欲目だったらごめんなさい。
気付けば一緒にショッピングするのが楽しみになっていて、財布の紐が緩みっぱなしになってしまったわ。高校になったらバイトして返すね、と言ってくれるけど一緒に買い物ができるだけで十分なのよ。
だって中学までの出久はいつも曇った顔をして、なにかにずっと悩んでいたの。ずっとずっと、女の子の格好がしたいっていう気持ちを隠して生きてきたのね。それが、高校生になって、毎日可愛い格好をして学校に行くようになって、とても明るくなった。これで良かったんだわって、胸を張って毎日息子を学校に送り出している。
一度担任の先生と電話で話した際に学校として息子の服装は許可して頂けるのでしょうかと聞いてみたことがあったんだけど、先生は「ご存じの通りうちの学校は私服校なので服装は生徒の自由です」とだけ仰ってくださったわ。
理解ある良い先生に恵まれたのね、とその時は思っただけだったけど、まさかそのすぐ後にまた息子から驚くような告白をされることになるとは思ってもみなかった──。
『お母さん、僕、担任の相澤先生のことを好きになっちゃったみたい……!』
やっぱりだいぶ戸惑ったわ。
だって担任の相澤先生って、男の人なのよ。
けど何て言うのかしら。
一度受け入れてしまったら、二度目はもう慣れちゃったっていうか……。それよりも期待と不安で目にいっぱいの涙を浮かべた出久を抱き締めてあげたくて。
「出久!ガンガンアピールするのよ!」
そんなふうに背中を押しちゃった。
ごめんなさい先生。
まさかあんなに出久が積極的にいくとは思ってもなかったの。
でもね先生。
毎日毎日出久から聞かせてもらう相澤先生の話に目を白黒させたり笑ったり一緒に泣いたり。
本当に本当に、毎日楽しいのよ。
「夏休みに入る前に三者面談がある。希望日調査用紙を配布するから各自期日を守って、」
「さささささささんしゃめんだんんんん?!?!?!」
思わずガタンと立ち上がった僕に相澤先生とクラスメイトたちの視線が集中する。
けどそんなことはどうだって良い。
三者面談。
問題は三者面談だ。
「せせせ先生三者面談ってパス可能ですか?!」
「……配慮すべき家庭の事情がある場合を除き全員実施する」
「配慮してください!!!」
「明らかにおまえ個人の事情に見えるが」
「んぐっっっ」
すとんと席に座った途端、何事も無かったかのように先生が次の連絡事項に話を進めた。
だって。
だって三者面談って。
相澤先生とお母さんと僕。
相澤先生とお母さんと僕。
相澤先生とお母さん、
「あああああああ」
「緑谷心の中でやれ」
(あああああああああああ)
毎日毎日。
毎日欠かさずお母さんに報告してる。
相澤先生の格好良かったとこ。
相澤先生のホームルームのこと。
相澤先生と話したこと。
僕が相澤先生にアピールしたこと。
お弁当の考察。
相澤先生の好きなところ。
もうぜんぶぜんぶ包み隠さず話してるのに。
(恥ずか死ぬッ!)
三者面談なんか一生来ないで!!!!!
「いつも息子が大変お世話になっております」
にこにこ。
僕の隣りに座ったお母さんが相澤先生に話しかける。
なんで。
もうあっという間にその日が来てしまった。
夏休み前。
三者面談。
相澤先生とお母さんと僕。
膝の上で握った拳が手汗でびちゃびちゃだ。
「時間も限られていますが忌憚なくご意見を頂戴できればと思います。まずは学校生活や勉学面についてこちらから説明しますので、その後出久くんのご家庭でのご様子など伺えればと、」
「ひゅっっ」
「どうした緑谷」
「出久?」
一瞬で真っ赤になった僕に、相澤先生とお母さんが首を傾げる。
「い、い、いじゅッ、いじゅくきゅん、て、なま、名前っ、」
ろれつがまわらない。
けど視界はぐるぐるまわる。
脳がパンクして倒れそうな僕をお母さんが支えてくれたことは覚えている。
けど後のことはもう緊張し過ぎてよく覚えていなかった。
「本日はお時間頂きありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。相澤先生、息子のこと、よろしくお願いいたします」
「本日の面談は出久くんが最後なので、昇降口までお送りします」
前方をふらふらと歩く緑谷は、また名前を呼ばれてびくりと肩を震わせていた。
よっぽどこたえるらしい。
いつもは俺にまとわりついてくる緑谷が振り向きもせずによろよろと歩いて行ってしまう。いつも大胆かつ積極的に迫ってくるくせに、名前を呼んだだけでこれだ。
俺はひっそりと溜め息をついた。
「あの、……毎日頂いているお弁当の件ですが。本人は頑なに対価を受け取らないので、今後毎月一定額をお母さんにお支払いしてもよろしいでしょうか」
ずっと気になっていたことを緑谷に聞こえないよう小声で伝えると、緑谷の母親は「まあ」と口元を手で覆った。
裏表の無さそうな、明るくて優しそうな母親だ。おっとりしているところも緑谷とよく似ている。
「一人分作るのも二人分作るのも、大して変わらないんですよ」
「しかしそれでは私の気が収まりません。タダで毎日お弁当を頂く訳には、」
「迷惑料だとでも思ってください」
それとも、
「迷惑だなんて、思ってないかしら」
にこ、と笑うその顔が緑谷と重なって見えて言葉を失った。沈黙が肯定になってしまった気がしてぼりぼりと頭を掻く。
「お見通し、ですか」
「ふふ、カマをかけました。ごめんなさい」
息子のこと。
本当によろしくお願いしますね先生。
そんなふうに言われたら、もう弁当代のことなど口に出せなくなってしまった。