ポッキーの日2ポッキーの日2
昼休みの屋上で、一人黙々と昼食を食べる。否、隣でゼリー飲料を早々に食べきった類はこちらに構わず機械を弄っていた。多分、次のショーに使う演出装置かなにかであろう。誰も居ない屋上は静かで、何処かから消防車のサイレンが聞こえた。何かあったのだろうか。最後の一口を口に放って、そんな事を考える。弁当箱の蓋を閉めて、箸を置く。
「ご馳走様でした」
手を合わせていつものように挨拶を口にする。カチャカチャと音を立てて包の中へ弁当箱を綺麗に片付けた。まだ昼休みが終わるまでには時間がある。隣に座る類は黙々と作業を続けていた。こういうのはよく分からんが、真剣な顔をしている。
「なぁ、類」
「なんだい?」
こちらを向かずに類が返してきた。それに少しムッとしてしまう。類が作業を始めればこうなることくらい分かってはいるが、やはり素っ気ない態度は少し傷付く。けれど、それを感じさせないように、平静を装った。
「類は、ポッキーとプリッツならどっちが好きだ?」
「…んー、ポッキーかな?」
「おぉ!そうか!やはりな!」
思わず声が高くなる。機械に集中はしているが、オレの言葉もしっかりと聞いてくれているようだ。適当な相槌では無く、返答が返ってきたことが嬉しかった。普段は持ち歩かないコンビニの袋をガサガサと漁る。
今朝咲希が出先で声をかけてきた。今日はポッキーの日だと楽しげに言う咲希に、そうなのか、と軽く返したのは記憶に新しい。けれど、たまたま近くのコンビニの前を通りかかった時に気になってしまったので、中へ入った。それなりに有名な日なのだろう、ポップも可愛くされ、種類も多く並んでいる。何となくそのコーナーを見ながら、類の顔が浮かんだ。一緒に食べながらショーの話とかをするのも、悪くは無いのでは無いか、と。こういう行事にお互い疎い。類が知っているとは思えんから教えてやるのも良いかもしれんな。
『だが、どれがいいか…』
じっとコーナーを見て、種類の多さに困ってしまう。とりあえず、とプリッツとポッキーの二つを手に取って、たまに咲希と食べる期間限定のやつも美味しかったな。なんて手に持つ量が増えていく。ふと目に付いたパッケージを見て、思わずそれも手に取った。イチゴ味のポッキーが、ハートの形をしている。パッと類の顔が浮かんで、思わず顔が熱くなる。いやいやいや、そんなあからさまな事出来るわけがないだろう!ぶんぶんと頭を振って顔の熱をやり過ごす。だが、もし気付いたら、何か言ってくるだろうか…。数秒悩んでから、オレはまとめてレジに向かった。
そうして今に至る。
顔はこちらに向かんが、話しかけるうちにこちらを向くやもしれん。
「実はな、オレもポッキーの方が好きなんだ!
どれも好きだが、冬限定のこれとかも美味しかったな!」
「へー…」
「あとな、これはイチゴだが、デザインがとても…」
コンビニで見つけたピンクのパッケージの箱を取り出す。パって見てわかりやすいデザインに少し頬が熱くなるのは仕方がないだろう。別に何がしたいとかではないが、脳裏に浮かぶ少し意地悪そうな顔の類を思い出してしまう。からかわれるのはあまり好かんが、類相手だと嫌な気もしない、が…。
「ふふ、司くんもお菓子が好きなんだね」
多分、期待してしまっていたのかもしれん。こちらをちらりとも見ない類が、少し被せるようにオレに「お菓子が好きなんだね」と言ったから、スっと熱が冷めたような感覚に落ちた。笑っていたつもりが、だんだんと口角が下がっていく。
「…そうだな、お菓子は好き、だが…」
「…」
「今朝、咲希が教えてくれてな」
「何をだい?」
声が震えそうなのを必死に堪える。じんわりと視界が滲みそうなのをぱちぱちと瞬きを繰り返してやり過ごす。類の機械を弄る音だけがやけにうるさく聞こえた。オレが言い淀んでも、類は気にならないのか、全くこちらを見ようとしない。声だけが、返ってくる。ちくちくと胸が痛むのは気付かないフリをした。開けた箱から、細長い袋を取り出して、切り口からピッと破く。数本並んだピンク色のお菓子を一本摘んだ。
「今日は、ポッキーの日らしいぞ」
「そうなんだね」
「だから、その…途中のコンビニでつい目についてしまってな…」
「ふふ、司くんにしては珍しいね」
咲希が楽しそうにオレに話した時の顔が浮かぶ。女子が好きそうなイベントだ。男の類は興味もないだろう。機械の修理に集中する類をもう一度ちらりと目だけで見やる。こちらを伺う様子もなかった。口元は笑っているが、オレに向けられていないから、誰と話しをしているのかわからん。お前はその機械と話をしているのか?なんて自分で言っていて虚しくなる。もやもやしたものが胸いっぱいに広がって苦しい。ボロっと溢れた涙はすぐに袖で拭った。
「…オレは…」
個包装の袋から、ポッキーの柄の部分が覗いている。可愛らしいハートの形が、ぼやけてよく分からん。ぱちぱちと瞬きしながら、もう一度拭った。どうせ聞いてはいないのだから、この際言ってしまえ。
「………類と一緒に、食べたかったんだがな…」
イベントだから、咲希に言われたから、とかそんな理由ではなく、類と話がしたかっただけだ。それなのに、こちらを見てくれんのなら、もう関係ないだろう。手に摘んだポッキーの先を口に入れて噛む。甘いチョコの味が広がって、そのままサクサクと食べ進めていく。
「……ぇ…」
小さな声が隣から溢れた。カラン、と何かが落ちた音も聞こえた。けれど、類の態度に拗ねた心は意地でもそちらは見てやらんぞとへそを曲げている。最後の一口を指で押し込んで咀嚼する。口の中は甘さでいっぱいだ。泣いていたのを悟られたくなくて気を逸らすようにじっと手元を見続けた。少しだけ、涙が滲まないように眉間に力が入ってしまうが、こちらは怒っているので仕方がないだろう。
(何も、言ってこないんだな…)
こちらを見ているのは明らかなのに、類は何も言ってこない。こんな事で拗ねてバカみたいだと思われているだろうか。それとも、何で怒ってるか分からないとでも思っているのか。後者ならオレはもう別れ話を切り出すぞ。…別れたくはないが…。もう一本取り出したポッキーを口に放る。
(流石に、構ってくれないから別れてくれ、は、嫌だな…)
何だか格好悪い…。かと言って、二人きりの時に恋人を蔑ろにする奴と今後も付き合うのはごめんだ。謝るまで許してやるつもりもない。もやもやした気持ちがイライラとしてきて、泣きたいのか怒りたいのか分からん。そんなオレの側へぺたりと音を立てて類が手をついた。オレは最後の一口を指で口へ押し込んだ。
「ねぇ、司くん」
名前が呼ばれた。ちらりと目だけで見やれば、類は少し目をきらきらさせている。オレが拗ねて居ると気付いたのだろう。嬉しそうな顔の類が気に食わなくて、オレは口の中のものを無言で咀嚼して、ゴクリと飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「……なんだ」
自分の口から低い声が出た。さっきまで見向きもしなかったくせに。ムッとした顔のまま、袋からもう一本取り出そうと指を伸ばす。パッとその指が少し大きい手に掴まれた。グッと引かれた指先を、類がペロッと舐める。思わず「ひぁ、…」と変な声が出た。恥ずかしさで顔に熱が集まる。
「な、ななッ、なにしてッ…!?」
「…構ってあげなくて、ごめんね?」
類が身体を寄せてくるので、オレは代わりに後ろへ身体を引いた。けれど、すぐに腰に類の手が回ってきて引き寄せられる。お腹がくっつくくらい一気に縮まった距離に思わず手からポッキーの袋が落ちた。これは絶対に割れていると思う。少しでも離れようと藻掻くオレの頬を類の手が撫で、反対側には口付けられた。
「んッ…、る、類ッ…?!」
「ねぇ、僕にも頂戴」
「わ、分かった!分かったから離せッ…!!」
グググッ、と類の胸元を必死に押して抵抗するも、全く意味はなさそうだ。ニマニマと笑う類の顔がどう見ても捕食者のそれである。一気に腰を引かれ、類の膝の上に乗せられてしまった。ドキッと大きく心臓が跳ねて、顔に熱が集まる。下から見上げてくる類の顔から顔を背けて必死に逃げ出せないかと抵抗した。この体勢はまずい。恥ずかしさと別の意味で心臓が鼓動を早くして苦しい。必死に腕を突っ張るオレの後頭部に類の手がまわり、一気に引き寄せられた。口を塞がれ、開いていた隙間から類の舌がぬる、と入り込んで上顎を舐める。
「んぅ…ふっ…」
「…ん、甘ぃね」
「ッ…ふぁ、…ぅい…ん…」
舌が絡まって、じゅっと吸われればぞくぞくと背が震えた。何度も執拗に口内を舐められ、酸素の足りなくなった頭がくらくらとしてくる。涙が視界を歪めて、チカチカ光る気がした。息苦しさに類の胸元を叩いて訴えれば、ゆっくりと解放される。肩で息をしながら類を睨めば、にまりと笑みを向けられる。ぺろりと口隅に垂れた唾液を舐めとる姿に、胸がきゅぅ、と音を立てた。こいつのこういう格好いいのがムカつく。グッとカーディガンの袖でオレも飲みきれなくて零れていた唾液を拭った。怒っていたんだ、ここで絆されてたまるかッ!
「お、お前は、毎度好き勝手にオレを弄びおってッ…!」
「おや、司くんは僕とキスはしたくなかったかい?」
「いきなりするなと言っているんだッ!!」
大声でそう言ってやれば、類は首を傾ぐ。さっきまでオレのことなど興味無さそうだったくせに、なんだこの態度の違いは。するなら最初から構え馬鹿。構われて嬉しいなどと思ってしまうのは仕方ないだろう。その気持ちを奥に押し込んで、すぐ構わなかったくせにと拗ねた気持ちを全面に出す。これが照れ隠しだとバレていたのだろう、類が嬉しそうに破顔した。また、きゅぅ、と胸が鳴る。ひょい、と床に落ちた袋を拾い上げて、類の指が一本摘む。
「一本貰うね」
「…欲しいなら最初からそう言え、バカ」
「ふふ、はい、司くん」
あーん、とオレに向けて、類が差し出してくる。あーん、とはつまり、口を開けろということで、オレに向けているということは、類の手から食べさせようとしている、んだよな??にこにこ顔の類に、漸く意味を理解した。「はぁ?!」とまた変な声が出る。熱かった顔は更に熱を熱め、煙が出そうだ。そんな恥ずかしい事が出来るはずもなく、きゅ、と唇を真一文字に引き結ぶ。無理だと軽く首を振るが、類はポッキーの先をオレの唇に押し付けてくる。未だに類の膝の上で、類と胸までぴったりくっついていて仕舞いにはお菓子を食べさせられようとしていて、視界がぐるぐると回った。恥ずかしいのか、嬉しいのか、悔しいのか怒りたいのか全くわからん。とにかく、この状況を早く終わらせたくて、渋々口を開く。ゆっくりと口に類が入れてくるので、ひと口ひと口咀嚼しながら食べ進めた。むに、と最後の一口を入れる時に、類の指が唇に当たる。それだけで触れたその部分に感触が残って熱くなった。ドキドキと胸が痛いくらいに鼓動していて、お菓子の味なんか分からない。ごくん、と飲み込んだオレの両頬を、類が優しく包み込む。もう勘弁してくれ。
「何がしたいんだ、お前はッ…」
「ふふ、いただきます」
「へ…?…ッ、ぁ、んぅ…」
ちゅ、と類にキスをされて目を見開く。入ってきた類の熱い舌がまた口内をゆっくりと舐めてきて、ぞくぞくと快感が背筋を駆け抜けていく。類の袖をギュッと握って必死に深いキスに耐えるが、だんだんと力が抜けていくのがわかった。とろとろと思考が溶けて、気持ちいい感覚に酔う。絡まる舌がちゅぅと吸われれば、ビクッと体が震えて目を固く閉じる。漸く解放された時には、体に力が入らなくてくったりと類にもたれかかることになってしまった。乱れた呼吸を整えながら類を睨んでやれば、その口元が弧を描く。
「司くん、確か食べ物は残しちゃダメなんだよね?」
「…お、お菓子は別だッ…」
「だぁめ」
その後、力の入らなくなった体では抵抗も出来ず、袋の中身が無くなるまで類に一本一本食べさせられ、その度にキスをされた。正直こんな事になるとも思っていなくて、朝買ってしまった自分も、さっき拗ねてしまった自分も恨む。予鈴のチャイムがタイミングよく鳴ったので、オレは弁当箱とまだ沢山入ったコンビニ袋を引っ掴んで類から距離を取った。
「残った分は他の奴と食べるからなッ!!」
と大声で叫んで逃げるように屋上を飛び出した。途中何度も足がもつれたが、必死に階段をかけ下りる。心臓はまだバクバクと音を立てているし、口の中は類の味がいっぱいに広がっていた。腹の奥に熱が溜まっていた気もするが、気付かないフリで必死に首を振る。あのままでは確実に授業など出れなくなるところだった。教室に着いた後は机に突っ伏して、赤くなった顔を何とか冷まそうと必死に別の事を考えることに専念する。きゅーっと胸が鳴り続けているのは、きっと気のせいだ。
「嬉しくなど、断じてないからなッ…」
なんて、誰に言い訳するでもなく呟いた。
ーーーーー
「司くん、今日は一緒に帰ろう」
「…嫌だ」
「そう言わずに、ね?」
練習終わりに更衣室で類がオレに近寄ってくる。じとりと睨みつつ急いで着替えながら、オレは顔を背けた。屋上であんな事があったが、まだ正直オレは怒っているのだ。何せ機会弄りに没頭して放っておかれた挙句、ご機嫌取りの様にキスをされたのだからな。弄ばれるこっちの身になれ、というものだ。ふい、と顔を背け続けるオレの隣で着替える類が嬉しそうに声をかけてくる。
「そういえば、練習後はお腹が空かないかい?」
「…すかん」
「甘いものが欲しくなるよね」
「欲しくならんし、持ってもないからな」
どうせ、オレが朝買った残りを出せとでも言うつもりだろう。持っているが、あれは咲希と食べるからな。もう類にはやらんぞ。怒ってますと顔に貼り付けてオレは着替えを続ける。ジャケットの袖に腕を通した所で、類が先に着替えを終えて鞄から箱を取りだした。
「さっき買ったから、一緒に食べよう」
「……はぁ?」
「ね?司くん」
にこり、と類が笑う。その手に持っているのはポッキーの箱で、しかも数の多い細いやつ。思わず類を指差してわなわなと震えてしまう。なんでお前が持っているんだ。というか、つまり、これはそういうことだろうか。
「ね、寧々たちが、待っているだろう…」
「二人には先に帰ってもらったから大丈夫だよ」
「へ、閉園時間が…」
「安心して、まだ時間はあるからね」
じりじりと、類が近寄ってくる。ガタッとベンチにぶつかって思わずそこへ腰が落ちた。すかさず類がオレの肩を掴む。逃げられないと悟ったオレは顔を引き攣らせた。愉しそうな類が器用に片手で箱を開けて小袋を取り出す。ピッと口に端を咥えて袋を破いた類が中身を一本、オレの方へ向けてきた。
「さぁ、司くん。
寂しい想いをさせた分、存分に甘やかされて溶けておくれ」
「い、いや、…もう十分だッ…!!」
ぶんぶんと頭を振るオレに構わず、類はポッキーの先をオレの口に押し当てる。きゅ、と唇を引き結ぶオレに、類はにまりと笑った。
「そうかい?今さっきまで怒っているようだったけれど?」
口が開けられないため、反論ができない。小さく首を振るも、類は引く様子もない。肩を抑えていた手が、ゆっくりとオレの首を指先で撫でる。擽ったいその動きに思わず「ひぁ、」と声がこぼれた。それを見逃さず、類がずいっとポッキーを口に押し込んでくる。
「ふふ、さぁ、大事に大事に、食べようね?」
「んんぅ…?!」
結局、鞄の中身も見つかってしまい、解放されたのは閉園の音楽が鳴り終わる頃だった。
オレはもう二度と、構ってもらえないからと拗ねたりはしない。
そう心に誓った。