人の少ない昼下がりの事務所。クリスは雨彦が暇つぶしにと折り紙を折る様子を眺めていた。
「お前さん、見ていて退屈じゃないのかい?」
「そんなことはありません!こうして眺めているだけでも楽しいですよ」
テーブルの上には、既に完成したものがいくつか並んでいる。クリスが見ているからか、作られるのは海の生き物ばかりだ。
クリスがいくつかリクエストをしてみると、雨彦は小さく笑ってそれに応えてくれる。折り紙が特技なのだという雨彦の表情は、穏やかで楽しそうだ。その表情をクリスが時折盗み見ていることに、雨彦は気づいているだろうか。
「古論のおかげで、随分と海の生き物のレパートリーが増えちまったな」
目線で手を出すように促され、テーブルの上で両手を広げる。ぽとりと手の中に落とされた小さな生き物の姿に、クリスは思わず雨彦を見上げた。
「これはもしやシュモクザメですか?」
「ああ、この間解説してくれただろう?」
「覚えていてくださったのですね……」
先日話の流れで説明したものを、雨彦は覚えていたらしい。クリスの話に耳を傾け覚えていてくれたことが、それをこうして形にしてくれたことが、嬉しいと感じる。
「それだけ喜んでもらえるなら、作った甲斐があるな」
「ありがとうございます。雨彦はやはり器用ですね」
雨彦の大きな手が小さな紙を繊細に操って、一つの形を生み出す様子は、まるで魔法のようにも思えた。
「次は何を作るのですか?」
「それはできてからのお楽しみだな」
新たな紙を用意した雨彦は、それを一度、二度と折りたたんでいく。ならば完成する前に言い当てたいと、クリスはその手元をじっと眺めた。
男らしく、それでいて白い指が流れるように紙をなぞっていく。その様子に自然と意識が吸い寄せられる。
その指先の感触を、クリスは知っている。
「古論?」
「あ、いえ、何でもありません」
雨彦が呼ぶ声にクリスははっとした。雨彦に触れられる感覚を思い出してしまった、などとは恥ずかしくて言えるわけもない。
雨彦は特に気にする様子もなく、再び紙を折り始める。気を取り直してそれに意識を向けても、少しだけ早まった鼓動は鎮まってくれない。
雨彦の指先の動きばかり、つい目で追ってしまう。一度思い出した光景は、なかなか頭から離れてくれなかった。
それどころか、また自分にも触れてほしい、なんて。自分のスイッチもどこにあるかわかったものではないなと、クリスは内心苦笑する。
「雨彦、この後の収録が終わったら、食事でもいかがですか?」
切り出したそれは、二人だけの誘い文句だ。その意味を正確に汲み取った雨彦は少し驚いたような顔をした。
「構わないが、急にどうしたんだい?」
「今日はそういう気分なんです」
クリスの返事では納得しなかったようで、雨彦は不思議そうな顔でクリスを見てくる。
それでも、その指を独り占めしたいと思ってしまったことは、雨彦には内緒にすることにした。