夕方のスーパーの日用品コーナー。洗剤を手に取った雨彦は、クリスを探して店内を歩いていた。
同居人であるクリスと二人揃ってスーパーに来ることはあまり多くない。スケジュールが合わないこともあれば、外食続きになることも、家を空けることもある生活だ。どちらか片方が買い出しを引き受ける、ということも少なくなかった。
二人で買い出しに来た時には、まずは雨彦が日用品コーナーに向かい、それから食料品を探すクリスに合流することが多い。
こういう時、クリスを見つけるのは簡単だ。すっかり慣れ親しんだ店内を、雨彦は迷いなく歩く。そうしてたどり着いた鮮魚コーナーで、やはりクリスは並べられた魚とにらめっこをしていた。
「いい魚は見つかったかい?」
「いえ、もう少しです」
声をかけると、クリスはぱっと顔を上げる。手にした洗剤をカゴの中に放り込んで、雨彦も魚に目を向けた。
元々和食が食卓に並ぶことが多かった雨彦と、とにかく魚を好むクリスだ。二人で暮らすようになってからの食生活でも、どちらともなく魚料理を選ぶことが多い。
そんな二人の生活を知る想楽には、肉は食べているのか、などと聞かれたこともあった。しっかり者のユニットメンバーの姿がちらりと脳裏を過る。
「雨彦」
少しして、パックを一つ手にしたクリスが雨彦の方を見た。どうやら今夜は鯖に決めたらしい。雨彦には魚の良し悪しはさほどわからないが、クリスの見立てであれば間違いないだろう。
そしてクリスが頼み事をするように雨彦を見上げているということは、つまり。
「今夜のリクエストは?」
「竜田揚げ……いえ、ここは王道の味噌煮でしょうか……?」
悩ましげな表情を浮かべるクリスに、雨彦は小さく笑みを浮かべた。やはり今日のクリスは、和食の気分のようだ。
料理の得手不得手でいうなら、雨彦は和食が得意で、クリスは洋食が得意だ。どちらもそこそこ料理ができるので、時間ができた方や得意な方が作るという分担になっている。
魚に関してはクリスに任せるのが一番だろうと思っていた時期もあったのだが、一度雨彦が魚料理を作ったところ、クリスは大層喜んだ。そうしてまた作ってほしいとせがまれてからは、食材が魚であっても和食は基本的に雨彦が作っている。
今やすっかりそれに慣れてしまったクリスの、料理を作ってほしいという頼みを叶えるのは、雨彦の楽しみの一つだ。恋人の好物を自分の手で作って振る舞うことができるのも、それを喜んでもらえるのも気分が良い。
「それじゃあお前さんには、代わりに俺のお願いを聞いてもらうとするか」
「はい、何でもどうぞ!」
冗談めかしてそう言うと、クリスはニコニコとご機嫌な様子で答えた。なんとも無防備な様子に、雨彦は苦笑する。おそらくは、料理の要望が返ってくると思っているのだろう。
「雨彦のリクエストは何ですか?」
「それは晩飯の後のお楽しみだな」
雨彦の返事にクリスはぱちぱちと何度か目を瞬かせた。それから少しの間があって、照れたように頬が染まっていく。どうやら雨彦の言葉が意味するところは通じたらしい。
「……ではまずは、早く家に帰らないといけませんね」
そう一言返したクリスは、頬の熱が引かないまま、残りの買い物を済ませるべく歩きだした。