生温い熱は気持ちが悪い(雷コウ) こういうのは困ると伏し目がちに小さく発せられたその声は、手酷く抱いたどの夜の後よりも弱弱しかった。
風呂上がりの濡れ髪と温まって血色のよくなった真っ白な肌、羽織られたバスローブの胸元の襟を両手で掴んで胸元を開いて見せるそこには多数の鬱血痕が散らばる。
散々鳴かせて焦らしてわけがわからなくなっているのをいいことに、胸元に普段は男から拒絶されているキスマークを付けた。一つ付けたらどうにも止まらなくて、二つ、三つ、片手じゃ足らない回数男の薄い肌を吸い上げて、見下ろして胸に広がったのは確かに満足感。それが何を意味するかなんてとっくに自分でもわかっていた。
責めるように見せつけてくる白く湿った平たい胸に広がる赤い花弁がいやに扇情的で困る。体温が僅かに上がるような感覚に蓋をする、もうこの目の前の細っこい男の体力はゼロに近い。
「こういうのって何?」
わかっているくせに尋ねた。案の定そんなことは男にもお見通しで、言わなくてもわかるだろうという恨みがましい視線を送られたけれど全部無視をする。そもそも怒られるようなことをしたとも思っていないのだ。
「この、キスマーク、のことだが」
キスマーク、という部分だけやけに小さかった。本当に今日はわけがわからなくなっていたらしい。ふらふらとシャワーを浴びに行き、鏡を見たところで自分の胸元の異変に気が付いたのだろう。それで今、この男は青くなっているわけだ。
「で、そのキスマークとやらの何が困んだよ」
「困るだろう」
「だから何が」
「人に見られたら」
「服着てりゃあ見えねぇとこばっかだわ。それともなんか?カミサマはどこか人前でお脱ぎになられる予定でも?」
「そんなのはない!」
「じゃあいいじゃねぇか」
「よくない」
押し問答に水掛け論。割れ鍋に綴じ蓋、は違うな。そんなことを思いながらどこか冷めた目で目の前で喚いている男を見る。そんなちゃちな所有欲の証なんかよりももっと気にすることがあるだろう。
ひねれば簡単に折れてしまいそうな手首の少し下。ネクタイで縛った拘束の跡が生々しくそこに赤い蛇のように絡みつく。
「アンタは、」
自分で思っていたよりも低い声が出た。ひくり、と喉が蠢いて喚いていた男が静かになったのは何か良くないことを言われる予感がしたのだろうか。和食君、と静止をかけるように名前を呼ばれたのに被せるようにして言葉を発した。
「キスマークキスマークうるせぇけど、じゃあそれはいいのかよ」
近づいて拘束の痕が残る腕を掴んで捻り上げた。痛いだろうに小さく悲鳴を飲み込んだだけで何も言わない男のオッドアイがこちらを睨み上げる。
「和食君」
静かな声でたしなめられて手を離した。目線を合わせないまま捻られた手首をいたわるようにもう一方の手がさする。行為に対しての非難の声はなかった。
どうしてキスマークを残しただけできゃんきゃん怒るというのに、何度拘束して手酷く抱いて傷跡を残しことに対しては何も言わないのか。
どうしてキスマークを付けようとしただけで全力で拒否をするというのに、乱暴に扱うことには拒絶を示さないのだろうか。
そんなもの考えるまでもない。そういう関係だからだ。そういう関係なのだ、それ以上も以下も存在しないそういう関係なのだ。進むことも戻ることも許してもらえないそういう関係。その歪な円から抜け出すことをこの男は許しはしない。
「……やっぱ、アンタのこと嫌いだわ」
嫌いだと言われて安心したように息を吐く男の事なんて、俺は本当に嫌いなのだ。嚙み締めた唇から血が滲んで、鉄錆の味がした。