02■KYOKI NO SYOKUTAKU02■トナカイ / ポロン・カリストゥス / ヴォイシルマプッラ
七海に部屋に呼ばれるなんて、僕ってばけっこう仲よくなれてる……? と無邪気に浮かれることができたのは最初だけだった。
絶対にキッチンはのぞかないでください。アナタはここで好きなだけくつろいでくださって構いませんので。それでは。
いやそれではじゃねえんだよ、と言えなかったのはこの間の七海を知っているからだった。
そう、あの日の七海もこんなふうだった。手ぶらでどうぞ、ってなんかもうすげえ圧強めのメッセージひとつで僕を呼びつけてきてさ……でもそのときの僕は喜んだわけよ。あっこれはなんかつくってくれんだな、前に料理がストレス発散だつってたしこれは! これはなんかあるな……! って純粋な僕はめ~ちゃくちゃ喜んだわけ。料理系Youtuberもびっくりな広さのキッチンでなーにつくってくれんだろ♡ ってもうウキウキしながら行ったのよ玄関から。玄関から! なのに七海は寒気するくらいの微笑みで「ソファでくつろいでいてください」でその後はもうなに、あまりにもアバンギャルドなサウンドが……腰かけたソファから、下ろしたつま先から、伝ってくるのよ……調理中ASMRだつってこんな斬撃音再生されたら即BANされるぞマジで、くらいのやつが。これはあれだ、僕がおもしろ半分にクソデカシステムキッチンを煽ったこと根に持たれてんだなー、あれそんなヤだったのかなー、いやアイツ結構怒りの沸点低いからなー、なー、なー……とかこの僕がめずらしくも反省しながら震えてたら出てきたの料理が。ガタンつって料理が。
もう衝撃よ。
僕さあ、基本七海がつくるごはんって気楽なのよ、なんも気にせず食えるから。毒盛ったりしないって意味で。でもあれはさあ……いやもちろん毒盛られたり薬入れられたりしたわけじゃないよ、断じて。でも衝撃レベルでいえばそれと同じくらいの衝撃が……まあおいしかったけど……。
七海さ、僕の知ってる料理出してくれなかったんだよあの日。かわりに完全に知らない料理がさ、これ途中か? みたいのがさ、アイツにしてはめずらしくも雑にガタンッて置かれて登場したんだよ目の前に。そのときの僕の心境ったらどんなだったと思う? もうねえ……うん、七海が作ったって時点で食えねえもんじゃなかったし全部おいしくいただきましたよ全部。でも「うわーいやったー! いただきまーっす!」みたいなテンションでスプーンは握れなかったよね。だってもう見た目完全にびちゃびちゃのお粥、よく言ってお粥、悪く言えば白いゲロだったもんな。そーんな得体の知れねえもん出されてんのに七海からは無言の圧もとい熱視線が注がれてんだもん食うしかねえじゃん。
それで切られてすらないバケットちぎりながらさ、ハジメマシテなトルコの液状サラダつけて食べてさ、したら七海もだんだん落ち着いてきたのか最後には僕が冗談言っても溜め息で返してくれるいつもの七海に戻ってた。たぶん相当ストレスでキてたんだろうな、アイツ。でもちょっとおもしろかったから「また何かつくってよ」って言っといた。
そう。言っといたの。言っといたんだよ……覚えてるよ。だから今日、またこうやってきれいに片づいた部屋のソファの上でどきどきさせられてんのも自業自得っちゃまあそうなんだけど……この僕をどきどきさせるってほんと、マジで七海くらいだよマジで……はあ。
さてなんだろうな、今日は。こないだとうって変わって静かなんだよな……いやまあうん、マジで正気失ったか? くらいのやばい音をまた聞きたかったかと問われるとまあ……あれだけど今度は餃子かな~みたいなおいしい予想ができたっちゃできたじゃん? 七海がちまちま閉じた餃子食べたいし。しかしこれなんか茹でてるか……? デカい鍋で水が煮立つ音、みたいなのはするんだよな。それ以外の音はほぼない。だったらもう手もあいたってことじゃないの? そろそろこっち来てくれてもいいのに七海め……とか思ってる僕のことなんか少しも知らないでアイツはひとりクソ広いアイランドキッチンでなんかできんの眺めてんだよ絶対。この僕を差し置いて! そんなに料理が大事ですかーっての!
いっそもう乗り込んでやろうかな。突撃真後ろのばんごはん~っ!
……いや無理。無理だわ。キてるときの七海の機嫌そこねるのフツーに無理だ怖い。今日だってすーげえ剣幕で向かって来たと思ったら「これからあいてますか」だもん。あいてなくてもあいてるって言ってたと思う。
あーあ、七海こっちこないかな~。つまらない連絡しか寄越さないスマホがさっきから鳴ってるけどおおかた見当がついてるから出たくない。どうせ明日の定例会議の話だ。絶対参加、時間厳守、ドタキャン禁止。ハイハイハイもう僕のことなんだと思ってんだよ。
「出なくていいんですか」
と、かけられた声に驚いて振り返っ、てしまった。七海と目があう。
「アッ、エッ、ウン」
「仕事は仕事ですよ」
「アハー……うん、大丈夫それは……メールで事足りる案件だし……」
料理終わった? とは聞きにくい。聞きたいけど聞きにくい。だって七海の呪力の尖りかたすごいんだもんマジで。エプロンもとってないし。
「まだ少しかかりますので電話には出てくださって構いません」
「ハイ大丈夫です」
ウーン……一応スマホ見ておくか……七海の目もあるし……。
着信3件とメッセージ10件、メール5件……えーやだ全然おもしろくない。見んのやーめよ。伊地知じゃないなら急用じゃないし。
あ、なんか火止めた? お湯捨ててる? てことはやっぱなんか茹でてたんだな。なんだろ……こないだのノリでくるならゆで卵~とかそういうやつじゃないんだよな絶対。味はさておき見た目ヤバイのが出てくるんだよ今日も……僕知ってる。なにそれ食用? みたいな甲殻類とかかな……エェ……僕甲殻類アレルギーあるんだけど~とか言ってもいいかなそんときは――ってヤバ。
ヤバ! なんかヤバイ音してきたヤバ! つぶしてる? これなんかつぶしてる! エーッもうなんかぐちゃぐちゃいってない? ハンバーグ? ハンバーグならハッピーだよ! でも絶対違うな?!
あ。音止んだ。わりと一瞬だったな……まあ七海の握力で潰せないものとかあるなら教えてって感じだもんな逆に。アイツそのへんのコンクリブロックなら寝起き3秒でも潰せそうだもん。寝起きもそんなよくないし。つうかだって七海アイツ、鉈持ってんのに最終グーでいくじゃん。よくわっかんねー柄のネクタイ巻いてグーでいくじゃん。鉈は? そのお手元の鈍器は? 威嚇用?
まあ嫌いじゃないけどね、そういうなりふり構わないとこ。
ウワッ伊地知だ。エーもう今いいとこなのにー……ハァ、出るか。
「はーい五条、用件は5文字以内な………………無理いま11文字あった無理エッなにキャンセル? なくなった? ………………ふーん、わかったその件は了解ダルいけど…………あ、マジ? んーあー……それは僕にしかできないからいいよ、やる……ん、了解、スキャンして送っといて……はい、はーいーよろしく」
よし明日はウゼエ顔みなくていい! 精神衛生の向上! やったね!
「五条さん」
ウッ呼ばれたどうしよ。
「んエッ! な~に?」
「今から出ますか」
「出ないよ?」
「そうですか。もうすぐ並べますので」
「ハーイ了解」
うーんなんだろ、ちょっと機嫌……いい? 今日はもしかしてアタリ……? いやアタリってなんだよアタリって。前のもべつにハズレじゃねえよ。
「水です。なんでそう小さくなってるんですか」
いやオマエのせいだよ、とは言えないから「かさばらないように?」って言ったら無言で去られた。笑うなら笑えよな堂々と!
はあ、水のも。
「どうぞ」
グラスを置く前にローストビーフ、的なものがローテーブルに並んだ。とても美しく盛られている。でもこれは絶対にビーフではない。でも七海のことだからトンデモネエ、ゲテモノの肉とかじゃあないのはわかる。
「どうぞ。お察しのとおりです。何肉か当てられなければ即刻帰っていただきます」
「エッなに突然格付け始まった? アイマスクしよっか? 僕口開けてたらいい? あーん?」
「バカやってないでさっさと食べてください追い出しますよ」
理不尽~! んーじゃまあいただきますか。
見たところ完全にローストビーフだ。たぶんこれワインソースだな、って感じのソースが添えられている。だから前ほど口に入れるのには抵抗ないけど、でもはずしたら即ドボンの緊張感がやばい。七海、目がマジだもん。僕が当てられないとふんでのそれなのか、それともわかって当然だと期待されているからなのか……えーもう期待ならもっとべつのことでしてほしいんだけど。
よし。食うか。実食。
ひときれの肉を口に入れる。噛む。うーーーん……。
「さあどうぞ」
いや早いよ。そんな秒でわかるわけねーじゃん。
「そこらへんで買える肉じゃないってのはわかるよ。臭みとかクセとかそういうのもあんま気になんないし。もー七海ってば料理上手なんだから~ッ!」
「で。何ですか」
チッくそ、ごまかされてくんないか。
「……ケモノだよな?」
「鳥ではないですよ」
「だよな、うん」
たぶんイノシシではない、ヒツジでもない。脂身の少なさ的には鹿か……? と思うが七海がそんな普通に買えそうな肉出してくるとは思わない。こないだが異国の料理だったことを踏まえるとだ、ほぼ確実に日本で馴染みあるジビエじゃない。それはわかる。じゃあなに、なんだ……つうかさっきなに潰してたんだろ。目の前には肉しかないんだけど。
「ねー七海これ途中?」
「途中とは」
「さっきなんか潰してなかった?」
「よく聞いてましたね。当てられたら続きがあります」
「ハンバーグだ!」
「違います」
違うんだ。つうかこれコース料理だったのか。メイン最初にドーンてきてるけど。
「で。早く当ててください。いい加減私も食べたいので」
「いや食べればいいだろオマエも一緒に」
「回答権は一度です」
「えーもー話聞けよ……」
はあ……もう当てるしかないのか。ないんだな。ウーン……なんとなく鹿っぽいか、とは思ってはいるんだけどね。でも鹿じゃあないから鹿っぽい系統のケモノでファイナルアンサーしなきゃなんないわけよ。鹿っぽいやつで食えそうなやつ……鹿……馬……? いや馬は違うわ鹿だわ鹿、もみじ……鹿……。
「アッ」
「わかりましたか」
「エッ、うそ、トナカイ?」
七海と目があう。そして溜め息をつかれた。
「ハア……正解です。アナタ本当に何なんですか」
「ヤッターーー! よし七海! 続き! ごはん食べよ!」
いやしかしこれトナカイ肉なのか。初めて食べたけど七海……オマエこれどうやって手に入れたんだよ。実家のツテ? つうかどこの料理よこれ。
「あのさ、この肉どうした? 法律やぶった?」
「はい? 合法的にいただいたものです。都内でも食べられるところはありますよ、トナカイ肉」
「へ~」
続いてマッシュポテトとなにかが皿に乗って出てくる。ひょっとしてこれもトナカイ肉か。
「これも?」
「そうです。これは煮たもので、添えてあるのはコケモモのジャムです」
「おいしそ~! 今日はパンは? ちぎんないの?」
「ライ麦パンですがちぎりたかったですか」
「いや切ってくれるなら切っていただいてかまいません」
「なんですかそのカタコトの敬語は」
あ、七海笑った。おとなしく待った甲斐があったってやつだな。
「それからこの料理、どこの国のものだか当てられたら菓子パンも出します」
「はい! フィンランド!」
「正解です。ではバター目玉パンも」
「エッ」
なにそれバツゲームじゃん! と思ったら普通に普通のパンが出てきた。
「バターと砂糖のパンです。カルダモン大丈夫でした?」
「うん。マジで目玉乗ってたらどうしようかと思った」
「そんなもの出しませんよ。シナモンロールもありますが」
「食べる食べる、今日カステラとバームクーヘン抹茶味で生きてたから」
「またそんな食生活をして」
小言がくる前に七海持参のボトルを開ける。グラスを握らせて注いでしまえばハイオッケー! 楽しいたのしいディナータイムの始まりはじまり~!
いただきます、と手を合わせたらもう七海もなにも言ってこなかった。
そして僕は2回目にして早くもストレスに狂った七海の扱い方がちょっとわかったような気がしたりして。ふーん、やっぱかわいい後輩だわ今も昔も、とかね、思ったりしちゃったりしちゃいましたとさ! めでたしめでたし!
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▶︎続きます〜ッ!