(治角名)「俺の番になって。引退したあと捨てていいから」 ひらりひらりと白い花びらが舞い落ちる校舎のまえ。
動けずにいる俺を登校する生徒たちが迷惑気な顔をして通り過ぎていく。
ふわりというには強すぎる香りに足が動かない。
身体は早くなかに進めと、この香りを放つ人間のもとへと急げとうるさいくらいだけど、このまま進んでいいのか心は決まらない。
今までに感じたことがない初めての香りなのにわかった。
これは……
逃げ出したい。
ろくでもない相手だったら、バレーをするために続けるためにここに来たのに。
ぶわりと香りが強くなり、それとともに周囲がわずかにざわめいた。
ぎゅっと握った手が冷たくなる。
「なんや腹減るにおいすんなあ」
「はあ?何言うとんねん。なんも匂わんやろ」
「え?嘘やん。ツム鼻おかしなったんちゃうん?」
「おかしいのはお前やろ!こんなとこで飯に匂いするわけないやろう。お前の鼻がおかしんじゃ!」
「えーめっちゃ甘い匂いしとる……で」
ざあっと吹いた春の風に舞い上がった花びらが、目の前を白く染める。
幕が下りるように花が落ちた先に、こちらをまっすぐに見つめる瞳が見えた。
薔薇灰色の眠たげな大きなそれが獲物を見つけたかのように細められた。
見つかった。
けれど男から向けられる気配はふわりと俺を柔らかく包み込んだ。
優しい枷。
これが俺、角名倫太郎と、宮治との出会いだった。
高校一年の春。
逃れられない運命の糸がぐるりと体に巻きつきたような気がした。
・・・
運命の番であるゆえにひかれたのだだけなのだと自分に言い聞かせる。
こちらを見つめる薔薇灰色の柔らかい笑みも、優しい枷のような声で紡がれる声もどれもこれも角名倫太郎という人間に向けられたものではないのだ。
ただ運命の番という本能によるもので、それ以外の何物でもない。
番を解消すれば塵となって消えてしまうものだろう。
でもそれでいい。ただ今しばらく自分が跳べるのであれば。
この先歩くために、自分の望みを手にするために使えばいい。
それが叶ったあとはどうなってもいい。
心も身体も失ったものに悲鳴をあげるだろうが、その時はこの身体ごとすべてを捨てればいいのだ。
だから。
わずかに目を細め、愛おしいものをみる瞳。
何か言わんと開いた口が言葉を紡ぐ前に声を放つ。
余計な言葉はいらない。
それは枷になるだけだ。
「ねえ、わかってるんでしょ。ちょうどいいから番になって」
「え?」
「どうやら運命のやつみたいだから、ほかに目は向かないでしょ。俺はバレーがやりたいの。バレーをやりとげたら捨ててもいいよ。だから」
好きになんてならなくてもいいよ。
心は好きにすればいい。身体だけちょうだい。
「ええよ。角名がええようにしよ」
自分から言い出したことなのに、心にひやりとした手が当てられたような気がした。