フラれ話「ガラルにはいないかもしれないけど、世界には君より強い人がいるかもしれないね」
ちょっとした雑談だった。
彼の故郷ホウエンのポケモンから話が広がっただけ。
その話をしてから、何となく頭に残っていた。
私よりも強いトレーナーがどこかにいると、
ダンデさんを打ち破り、私自身もダンデさんと同じように長期間チャンピオンの座に立っている。もちろん、悔しい思いをしたこともあるし、完全に力を出し切ったバトルができたかと言えば違う。まだまだ改善の余地はあるのは私自身がわかっている。
それでも、私はチャンピオンの座に立っているということは、
私が負けることはない、と私に思わせていた。
きっと、それがおごりだったのだろう。
ワイルドエリアの奥、人が来ないような場所に自分以外の存在をみることになるとは思わなかった。その人は、赤い帽子にラフな格好をした、私よりも少し年上な男の人だった。黒い髪にすっとした顔立ちがなぜだか彼を思い越してしまう。
『目があったね』
彼が何かを言ったが、言語が違うのだろうか聞き取ることができなかった。
でも、彼がポケモンボールを構えた瞬間に、何を言ったかは理解した。
チャンピオンとしての、血が騒ぐ。
地形を破壊するような威力に、巧みな技構成、かかるとわかっている罠にもかかってしまった。不意をつく余裕もない、油断させる隙もない。
怒濤の攻撃になすすべなく、私の体感だと一瞬で決着が付いた。
別格だった。
『たのしかった、ありがとう』
地面にひざを突いて、呆然としている私に、彼はなにか声をかけると、そのまま背中を見せて消えていった。
その人が消えた瞬間、体中に熱が駆け巡った。
ダンデさんに連絡をつけ、無理矢理休暇をもぎ取ると、そのままワイルドエリアに引きこもった。食事も睡眠も邪魔、ただひたすらに技を磨き、身体を鍛え、バトルにあけ狂った。
ときおりくるメールにも気づかず、テレビもSNSも全部無視して外部の情報をすべて遮断した。私にとってはすべてを掛ける価値のあるものだった。
相棒であるインテレオンの技が切れた、同時に私自身の集中力も切れたので、休憩を取ろうとインテレオンをボールの中にしまう。全身にじっとりと汗がにじみ、不快感が大きい。そろそろ水場を見つけて、水浴びでもしようか。
トレーニングしていた場所の近くに構えたテントが明るく光で照らされているのに気づいた。まさかと思って、駆け出すと、すぐに思っていた人物の姿が見えた。
「お疲れ様、僕の手作りで悪いけどスープができている」
「あ、ありがとうございます」
テント前のたき火でスープをかき混ぜているカブさんとはつい最近恋人になったばかりだ。強くて優しくて、困ったように笑うカブさんに恋をして、何度も何度も思いを伝えて、ようやく首を縦に振ってくれた。
バトルのことしか頭になかったはずなのに、急に胸が熱くなる。髪もボサボサ、服も汚れているし、汗臭くてみっともない。
「ちょっと、汚れているので着替えてきます。待っててください」
「気にしなくていい、おなかがすいているだろう?」
慌ててテントに入ろうとする私の答えを待つ前に、カブさんはスープを皿に掬っていた。
しぶしぶと彼の隣の椅子に座ると、皿一杯に入れられたスープを手渡された。
コンソメの簡単なスープなのに、野菜がよく煮込まれてくたくたになっており、干し肉の塩見が効いていてひどく美味しく感じた。チョコバーや栄養ブロックだけでは満たせない、暖かさと幸せを感じた。
私が皿を空にするのを確認すると、カブさんはゆっくりと問いかけた。
「ダンデから、君がどうしても譲れない理由ができて、休みを取ったと聞いた」
「はい」
仕事を休んでしまった。周りの人に迷惑を掛けてしまった。カブさんにこんなところまで足を運ばせてしまった。
自分が身勝手なことをしているのが理解できているので、肩身が狭い。謝ろうと口を開いたとき、カブさんのまっすぐな瞳と目が合った。
「せめて、僕には何があったか教えてくれるだろう?」
その表情が優しくて、それでいてどこか好奇心をにじませているのが分かって、私も思わず心が躍った。
「…………私とそれほど年も変わらないのに、バトルの経験値が全然違うんです。それに技構成もガラルの主流とは違っていて、あとは、ポケモンを大切にしているのがすごく伝わって、バトル中も何度もポケモンと意思疎通をしていた。本当にすごいトレーナーで……」
彼を思い出すと、いくらでも言葉が浮かんできた、いや、言葉じゃあ表しきれない思いがわき上がってくる。
「私、あの人に勝ちたいんです!!」
あの時の悔しさと、世界を知った感動を余すことなく伝えた。あの時のことを思い出すだけで、全身が熱く高揚する。圧倒的すぎて勝てない相手をどう切り崩そうか、自分たちがどう変われば、あの技をしのぐことができるのだろうか、考えるだけで胸が熱くなる。
私ばかりが反しているのに気づいて、ふとカブさんを見れば、いつも光を反射して輝いている、カブさんの瞳が、ほの暗く漆黒に見えたのが気になった。
「あの、カブさん…」
「いいバトルをしたんだね、うらやましいよ」
いつもの明るい声で遮られると、カブさんは鞄の中から食料の入った袋を取り出した。重たい水やいくつかの消耗品も一緒に。
「そろそろ僕は帰るね」
「でも、もう遅いです」
西の方角を見れば、夕日が爪先程度覗いていた。かすかに赤く染まる山々も、すぐに闇に包まれてしまうだろう。ここはワイルドエリア、夜間の単独行動の危険性は私よりもカブさんは理解している。
「朝から会議が入っているんだ」
「なら、せめて朝日が出るまででも。私の飛行ポケモンでエンジンスタジアムまで送りますから」
カブさんが心配なのもあるけど、もう少し一緒に、二人きりでいたかった。
引き留めようとする私の肩に手を置いて、カブさんは言った。
「納得できるまで、頑張りなさい、そんな君をいつも応援している」
カブさんが応援してくれる、そう言ってくれるだけで、胸が一杯だった。
だから、カブさんの笑みがぎこちないことにも気づかなかったし、告げられた言葉の意味もただの挨拶にしか思えなかった。
「さよなら、ユウリ」