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    キダ お題『寝癖』
    #kbdnワンドロ #kbdnワンドロ_145 +1.5h

     人を待つ時間は実際に流れている秒数よりずっと長く感じられて、キバナは後頭部で手を組みながら、焦れたようにスタジアムの地面につま先で半円を描いた。一番そわそわしているのはホップだ。ダブルバトルの相方が到着しないとなれば、棄権するか、一対二でバトルするかを選ばなければならない。だが先程運営の方に入った、もうすぐ着く、という連絡に偽りがなければ、彼はどちらの選択肢も選ばなくて済むはずだった。
     ダンデは腕組みをして空を見上げたまま微動だにしない。けれど周囲に纏っていたピリピリとした空気は数分前より和らいでいる。どんだけバトルしたいんだよ、と内心思うが、キバナだって似たようなものかもしれない。このまま相手が揃わなければ多分、おーおーホップ、オレさまたちだけでやろうぜ、と持ちかけていた。
     誤魔化すように口を開く。
    「しっかし、マサルが遅刻とは珍しいよな。ダンデならともかく」
    「そうだな。オレならともかく」
    「アニキ……。そこは同意しちゃダメなんだぜ」
     天気は快晴。割れんばかりの喝采。会場の熱気は既に最高潮だ。
     そのとき。
    「…………来た」
     ダンデの呟きから数秒、三人のもとにひらりと影が落ちてきた。ふわりと優雅にスタジアムに降り立つチルタリス、その背から転がり落ちるように着地する小柄な少年。遅れてきた片割れの登場にホップが駆け寄る。
    「マサルー! 遅いんだぞ!」
    「わ、わ、ごめんホップくん! お二人も! すぐ準備しますね!」
     マサルはあわあわとボールを出そうとするが、鞄のストラップが体に巻き付いてこんがらがっている。相当急いできたのだろうことが見て取れて、キバナは思わず「ゆっくりでいーぜ」と声をかけた。本心からの言葉だった。焦ってミスでもされては敵わない。
     こっちは全力で楽しみに来てるんだから。
     そんなこちらの意図が伝わったわけではなかっただろうが、マサルの準備は流石に手早いものだった。手持ちを確認し、息を整え、向かい合って互いに握手を交わす。ダンデとホップが。キバナとマサルが。
     ぎゅ、と握った少年の手はまだキバナの掌で包み込めそうな大きさだ。
    「今日はどうした? アオガラの群れにでも巻き込まれたか?」
    「いや本当ごめんなさい……」
     見下ろした少年は心底申し訳なさそうな顔をしたが、特に理由という理由は述べなかった。キバナも気にしない。最終的に来たのだから別にいい。
     が、くるり、と踵を返したマサルの頭を見てキバナは「お」とその理由を察してしまった。
     ピョン、と一つ二つ、髪の束が帽子の下からあらぬ方向に向いている。元々無造作な髪型でいるのが彼の普段のスタイルではあったが、そのふた束に関しては無造作というより完全に謀反を起こしていた。十人が見れば十人とも、寝癖だ、と確信しただろう、そんな奔放さを持つ髪の毛の先。
     家を出る時点で、直す時間の余裕もなかったのだろう。
     ホップも隣のふわふわと揺れ動く元気な寝癖に気づいたようで、マサル……と声をかけかけて口を噤む。
    「な、何? ホップくん……」
    「……いや。頑張ろうな、マサル!」
     このスタジアムのど真ん中には洗面台も整髪料もないわけで、だったら言ったところで仕方がないか、と割り切る判断は妥当に思えた。
     大方、昨晩夜更かしをしたのだろうな、とキバナは当たりをつける。ホップは大丈夫みたいだから、多分二人で作戦を立てたりなんだりを終えた後も一人でああ来た場合はこう受けて、こう来た場合はこう対応して、と考えを巡らせて、寝床の中で楽しみで目が冴えて。何せこのメンツでのマッチは久しぶりだったし、気持ちはキバナにも覚えのあるものだ。けれどそれに対して共感よりも、これから長い選手生命を歩むにあたって、いちいちそれをしていれば身が持たない、と妙に先輩ぶった考えの方が先行してしまうことに、キバナは否応なしに大人になってしまった自分を自覚させられる。ここは一つ、前を行く大人として、コンディションを整えるには自分を鎮める術も大事だということを、このバトルで叩き込んでやろうじゃあないか。
     あとはさっと寝癖を直してやる術も教えてやれればいいんだが。
     ボールを構えながら、せめてコートに出る前だったらな、とキバナは思う。ロッカールームでなら直してやれたのに。諦めるしかなかった。今は誰も気づいていなさそうだが、ロトムが寄れば中継は電波に乗るだろう。多分、あとで試合動画を見返して、或いは切り抜き動画なんかを見て、自分の髪の乱れ具合に気づいてウワアと赤面するのだ。被害としてはそれくらいだ。それくらいの失敗は人生誰にでもある。強く生きろ、マサル。
    「キバナ」
     ダンデがじっと相手を見据えたまま言う。
    「作戦を変えよう。先鋒をインテレオンで行く」
    「あ?」
    「懐かしいな、この感じ」
     急になんだよ。聞いてねえよ。ていうか今から対戦する相手の前で作戦バラしてどうすんだ。何か反論するより先に、キバナは素早く己の手持ちを確認した。ヌメルゴンは連れてきていない。当初の予定通り砂を撒くのにサダイジャでいいか、それかバクガメスで隣で受けるか。手に持つボールを入れ替える。
     ダンデの言葉はマサルとホップにも聞こえていたようだが、キバナと同じくその意図までは読めないようだった。マサルが恐る恐るといった風に手を挙げる。授業参観で指名されたくない子供のように。
    「……ダンデさん、怒ってます?」
    「いや?」
     ダンデはそう言いながら口元を帽子で隠した。その前に一瞬だけ浮かべられていた笑みは、きっと隣のキバナにしか見えていない。
    「ホップ」
     笑みを見せないまま、ダンデはボールを持った手で、ビッ、と弟を指差す。
    「初手はハイドロポンプだ。しっかり受けろよ」
     なんだ? キバナは首を傾げた。なんだかこのやりとりに引っかかるものがある。
     対するホップはげんなりした表情だ。
    「いいけど……それ人に向けて撃つもんじゃないんだぞ……」
    「何!? 僕が撃たれんの!?」
     やっぱ怒ってんじゃん、と悲鳴のようなマサルの声を聞きながら、キバナは引っかかった記憶を手繰り寄せた。かなり埃を被った記憶だ。ダンデとオレさまの。昔の。


    「だってあのままだとキミの美意識に反すると思ったから」
    「喧嘩売ってる?」
     びしょ濡れになった手でする握手はぬるぬると滑ってやりづらかった。それでも逃すまいとダンデの手を握った手にギリリと力を込める。試合開始直後、ダンデの撃ったガマゲロゲの濁流は、サダイジャを狙ったようでその実オレさまを濡れ鼠にさせることが主目的だったに違いない、とキバナは確信めいた予感を持っていた。どういうつもりだ、と思ったのは、狙ったことそれ自体じゃなく、そんな舐めた動きをしたうえで自分に勝ったことへの苛立ちからだ。珍しく、ラストのダイマックスがリザードンでなかったことへの困惑もあった。
    「オマエ、あれ、オレさまを狙っただろう」
    「……? ああ。そうだな」
     お互い、声変わりもまだの時期だった。声で威圧などできるはずもなく、それでも目一杯下げた低い声で探りを入れたつもりが、あっさりと肯定が返ってきたものだから、キバナはどうしていいかわからなくなる。選手への直接の技展開は反則だ。当然のことながら。
    「教えてそっちに意識がいって、バトルに集中できなくなっても困るし」
     そっちって何だよ、と返すキバナの声は、ダンデの勝利を告げる実況の声にかき消される。


    「あー!? あれそういうことかよ!?」
     唐突に叫んだキバナに、今度はダンデがびくりと体を震わせる番だった。はずみで投げたボールの着地点が少しズレる。まろび出たインテレオンが、常にない感触に僅かな違和感を感じ取って首をひねるが、ちらりと確認した主人に異常がないことを見てとってバイウールーたちに向き直る。
    「何だ急に」
    「昔のラテラルフェスのマッチ! オマエがオレさまに水ぶっかけてたときのこと!」
    「……うん……? ああ、キミの寝癖が大変なことになってたアレか」
     思わず後頭部を押さえる。当然だがそこはかっちり結われた髪とそれを覆うバンダナが触れるだけで、だから当時どんな髪型で、どんな風に寝癖が跳ねていたかだなんて今はもうわからない。
     バイウールーが受けたハイドロポンプの水が、弾き飛ばされてマサルとホップに襲いかかる。ダンデの狙い通りに、頭から被ってべちゃりと二人の髪から水が滴る。ホップはとんだとばっちりだ。
    「でもだって、オマエ他人の身だしなみとか気にするようなタマじゃねえじゃん」
    「それはそうだな」
     首肯ついでに、「キバナ」と呼ばれる。なんだ。オレさまは今こんらんしているから、用件は手短に話してほしい。帰ったら昔の記録を引っ張り出して、どんな風に映っていたか——或いは映っておらずセーフだったのかを見なくてはならないのだ。
    「こういうお節介をしておいて負けると、実はかなり恥ずかしいんだ。わかってくれるか」
    「じゃアイツら負かしたあとソッコーでオマエに勝負申し込んでやるよ」
     あのときのリベンジだろ、と低く威圧するように言えば、ダンデは帽子を目深に被り直しながら、なら今夜は目一杯夜更かししようか、翌朝の準備もままならないくらいに、と笑った。
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