恋愛ゲーム2甥の金凌を車で迎えに行くと、金光瑶が手を合わせた。
どうにも外せない用事ができたので、同行できないのだという。
いつもの笑顔であったが、どこか嬉しそうであったために仕方ないなと金凌だけを連れて行った。
金凌のナビで、欧陽子真という少年を迎えに行ったら、その父親がうちの会社の取引相手だった。
重役の護衛で何度か会っていて『世の中って狭いですねー』なんて話をしていた。
『もう一人、保護者の方がいらっしゃると聞いたのですが』
『後から迎えに行く子達の保護者ですよ』
『そうですか、息子をよろしくお願いします』
俺たちが会話している後ろで、金凌と欧陽子真は楽し気にじゃれ合っていた。
それから二人のナビで向かえば、イヤでも覚えてしまった道に入る。
まさかな、と思いながら車を走らせると見覚えのある場所にたどり着く。
「学校で待ち合わせか?」
「違うよ。もっと奥」
「……」
嫌な予感が、ビシバシと心をたたきつけてくる。
雲深不知処の敷地に車を入らせていくと、住宅地が出てくる。
うんうん、俺もここら辺の寮で魏無羨とか姉さんと世話になったな。なんて、懐かしんで現実逃避をする。
藍氏の一族が暮らしている区画で、屋敷があったり小さな家がちらほらとある。
俺や両親が暮らしている区画を雲夢というなら、ここは姑蘇という場所になる。
勿論いろんな住人がいるが、姑蘇藍氏と言え知らない者はいない。
そこに嫁いだ義兄は、ここで暮らしている。前は、夷陵という場所で個人病院で薬剤師として暮らしていたらしい。
んなことは、どうでもいいんだわ。
「……ここに来たから、もしかしたらとは思ったよ」
「私も驚きました」
金凌の友達と待っていたのは、藍曦臣だ。
藍思追と藍景儀と名乗った少年たちは、先に乗っている子供たちと楽し気にしていた。
「あまりはしゃいではいけないよ」と無粋に声をかけながら、ほほえまし気に見つめている。
「思追は、忘機と無羨の養子なんだけど……」
「……」
こそっと声をかけられて俺は、藍思追を見た。
穏やかそうな少年で、金凌よりも二つくらい違うのだろう。年長のようだ。
「……知ってる」
俺は、藍思追を知っていた。
姉が、結婚した時。魏無羨が家を出たすぐ後に、俺はこの少年を見たことがある。
「俺が見捨てた子供だ」
俺は、高校を卒業してすぐに事故にあった。
臓器の移植が必要なくらいに重傷で、難しい手術だったのだ。
俺が回復しても両親は、意識不明の状態が一年近くも続いていた。
姉と金子軒が結婚するきっかけでもあったが、それは苦い思い出でもあった。
事故は、藍思追の本当の一族の宗家が裏で糸を引いていたのだ。
俺は、その一族が憎かった。けれど、俺の命を助けたのは、藍思追の家族だった。
それなのに、俺は自分の家を家族を守るために必死で命の恩人を見捨てた。
加害者の家族というレッテルから守ったのは、魏無羨だった。けれど魏無羨は、それから十三年の間も行方不明になった。
どこかの離島で、医者と薬剤師とかで暮らしていたけど藍忘機に見つかったと言ったのだ。
「……藍と名乗らせているんだな」
「うん。小さい頃、過度なストレスで熱を出していてね。その時に、忘機が養子にしたんだよ。
小さいころの記憶は朧気だし、藍思追として生きてきた年月の方が長いんだ」
「そうか。よく、受け入れられたな。俺は、無理だったのに」
俺の家の事故もだが、藍グループもひどい被害を受けたのだ。
藍曦臣の父親は、それが原因で亡くなった。
車の中から藍思追が、心配そうにこちらを見ていた。藍曦臣は、にこやかに微笑み手を振ってる。
「仕方ないよ。私の甥は、とてもやさしくて可愛いんだ」
「なんだ、貴方も叔父バカか」
「そうだよ。相手は違うけど、叔父さん同盟に入れてよ。ちなみに、温寧くんも叔父バカだよ」
「何だ、それ」
そう言ってから、藍曦臣を助手席に押し入れた。
後ろで賑やかな少年たちの声を聴きながら、俺は車を走らせた。
「曦臣は、運転しないのか?」
「しますよ。疲れたら、変わりましょう」
「ああ、頼む」
雲夢から姑蘇までは車では二時間、目的地は姑蘇からさらに二時間。
目的地は、国道沿いにあって室内でスポーツやキャンプが楽しめるテーマパークだ。
受付は、藍思追がすべて行っていた。その隣で、藍景儀がそれぞれに合う貸出の靴などを選んでいる。
「手間のかからんガキ共だ」
「勉強ばかりじゃなくて、遊びもさせろ!と、無羨が言いましてね。
藍氏の中だとあの子たちが率先して遊びますよ。
生徒会長と副会長が遊ぶものだから、今は少しずつ外に遊びに出る子達が多くなってます」
「そうか」
我が子を見守るような眼をして藍曦臣は、藍氏の少年たちを見守っていた。
欧陽子真と金凌は、二人に接待されるままなのかと思いきや施設に入ると遊び方が解らないと戸惑う二人を引っ張った。
藍氏の二人は、何をやるにも藍曦臣を振り返りあの遊戯で遊んでいいかと伺いを立ててくる。
ベンチに座りながら、缶コーヒーのタブを空ける。
「自立はさせてやった方がいいな。特に藍思追は、高3だろう」
「そうですね」
あの子が何をしたいのか、解らないんですよ。と寂し気に、つぶやいた。
大学は、雲深不知処にあるからそこに通うのだというが、その後の事は藍思追は誰にも相談していないらしい。
今日はそれとなく聞くことができればいいな、と思って同行したらしい。
「あっちの騒がしいのは、どんな関係なんだ?」
藍思追と比べて楽し気になんでも挑戦していく藍景儀は、目を輝かせてはしゃいでいる。
「ああ、親戚の子ですよ。」
「姑蘇で藍が付くなら、全員あんたの親戚だろう」
「それもそうですね。私が直接指導をしている子でしてね。あの子は……私の子供みたいな感じですかね」
「法務課の貴公子に隠し子がいたとはな」
ふっと笑って見せれば、慌てたように「ほ、本当に親戚の子ですよ」と関係性を強く主張する。
それでも彼らがはしゃいでいる姿を見る目は、親のようだ。
「なんで、あんたが結婚しないのかわからないな」
「……」
ぽつりとつぶやいた言葉に、藍曦臣は少しだけ寂し気にして黙ってしまった。
ああ、聞いてはいけない言葉だったらしい。
ベンチに寄りかかって、手を力なく横に置く。四時間も運転したのだ、少し疲れた。
しかし、その手にぬくもりを感じた。
驚いてそちらを見れば、隣の男が手を添えていた。
「……こ、恋人になってから、手を握った事がなかったなと思いまして」
「……あ、そう」
振り払わないで、そのまま静かに子供たち四人を見つめていた。
そう言えば、俺が恋人だったんだ。
この施設は、宿泊もできる。その為に、保護者が必要だったのだ。
大きなワンルームに、芝生のようなカーペットが敷かれておりその上に狭くもないテントが三つ設置されている。
雰囲気が味わえるために椅子もテーブルもキャンプ用の物だ。
「テントが寝室とは面白いな」
「そうですね」
BGMに、川のせせらぎだったり鳥の鳴き声が流れてくる。
キッチンもあるためそこで料理ができるらしく、コースの食材がすでに用意されていた。
売店で売られていた食材も併せて、作り方を調べながら作っていく。
「思追は、沢蕪君の淹れてくれたお茶が飲みたいです」
「え?でも、料理を……」
「お、俺も!俺も、沢蕪君のお茶が飲みたいです!久々だし、ゆっくりしてください」
藍氏少年二人が、藍曦臣をキッチンから遠ざける。
電気ポットがあってティーパックにお湯を注ぐだけじゃないかとは思ったけれど、
二人は一仕事を終えたように戻ってくる。なんだ?料理が、下手なのか?
「騒がしくてすみませんでした」
「いや、いいんだが」
「うちならともかく、こういう所の備品は壊すと大変だからなぁ」
「は?」
「料理はできるんですよ。こういったアウトドアみたいなのは得意なんです。
けれど、先日もまな板を何枚も増やしてしまって」
「掃除も洗濯もダメなんですよ。掃除機握りつぶしたり、雑巾を引きちぎるんです。
こないだなんて、ワイシャツを破いちゃって…先生に叱られてたの見ちゃいました」
目が、死んでやがる。深く聞かないでおこう。
少年たちの危なっかしい手つきを指摘しつつ、俺が主体となって料理をする。
その間に、お茶のいい匂いが漂ってきた。ティーパックだよな?
うらやましそうにこちらを見つめてくる藍曦臣は、本当にまてを食らっている犬のようだった。
藍氏の三人は、食事中は喋る事はしない。金凌と欧陽子真と俺が喋り、それを聞いているという状況だ。
食事を終わらせれば、景儀と思追が聞いていた話への意見を述べる。
「こういう所の食事くらい喋らせてやれよ」
「いや…私もこういうの初めてなもので、加減がよくわからないんですよ」
「なんでアウトドアが得意なんだよ」
かるく突っ込みを入れておいた。
「大浴場があるみたい」
「まじで?」
パンフレットを広げていた欧陽子真が、施設のスパを見つけた。
まぁ、スポーツが主体な所だから、あるだろうとは思っていた。
金凌も藍氏の二人も興味があるらしく、保護者の俺たちを見てくる。
「行ってくればいいだろう。俺は、部屋ので十分だ」
「私もかな。楽しんでおいで」
中学生の金凌はともかく、ほかの三人は高校生だ。そこまで保護者が、同行しなくてもいいだろう。
「それじゃあ、行ってきます」
一番楽し気に返事をしたのは、意外な藍思追だった。
「阿凌を頼んだぞ」
「「「はい」」」
着替えを持った四人を見送ると、俺は軽く息を吐いた。
……どうしよう。恋人と、二人きりだ。
「晩吟」
「な、なんだ?」
「室内のお風呂もかなり広いですよ。それに面白いんです」
室内風呂は、大人が二人入っても余裕のある広さだった。
差ながら、家族風呂といってもいいだろう。
照明がいくつか変わっており、青空になったり夜空になったりする。
「そういえば、部屋でもそうだったな」
これだけ整っても学生のお小遣いで泊まれるプランは、リーズナブルな価格価格だ。
行きたいと、せがむだけはある。
感心していると、藍曦臣の視線が注がれた。
「一緒に入ります?」
「……手をつないだばかりで、積極的だな」
「ん``っ」
「そ、そういうわけで言ったんじゃ」と赤くなり、慌てだす。
本当に、そういう反応はやめてほしい。勘違いしてしまいそうだ。
「二人きりの時にな」
「え?」
からかう様に言って「先に入れ」と促した。
すぐに終わる関係なのだし、体の関係になる事はきっとない。
部屋割りは、どうするのかと思いながら洗い物を済ませる。
子供たちが帰ってきたら、料理の間に作っておいたゼリーでも出してやろう。
藍曦臣が淹れたお茶のあまりを飲みながら、部屋の照明を変えてみる。
部屋全体が、プラネタリウムのようになった。
川のせせらぎと虫の鳴き声を聞いていると、忙しい日々を忘れさせてくれる。
「きれいですね」
「姑蘇のが奇麗だろう」
薄暗い中で出てきたその人は、濡れた髪をタオルで乾かしていた。
夜空の下のその人は、見とれるくらいにきれいだった。
事務仕事には似つかわしくない体をなめまわす様に見てしまい、慌てて立ち上がり風呂に逃げ込む。
しかし、そこで後悔する。先に入ればよかった。
浴室は、藍曦臣の香りに包まれている。え、なに、俺、今からあの人と同じ匂いをまとうのか?
やばくね?やばいだろう。
体の熱が中心に集まる事に気づいてしまい、水を頭からかぶった。
「つめた!」と声を上げてしまい、藍曦臣が浴室に駆け込んでくる。
「ど、どうしました?!」
「入ってくるな!バカ!!シャワーで水が出てきただけだ」
「あ……」
全身を見られてしまった。
しかし、藍曦臣が目にとめたのはやはりと言っていい。胸の傷だ。事故の時についた傷。
すぐに胸を隠すと「すみません」と返され、視線を外された。
体を清めて湯舟に体を浸すと、今日までの疲れが溶け出すような気がする。
子供たちは、室内風呂に入らないだろうし出る時はお湯を抜こう。洗浄はスタッフの仕事らしく、掃除道具が置かれていない。
髪を乾かしながら浴室の外に出ると、手招きされた。
彼の足の間に座るように促されると、髪を丁寧に乾かしてくれる。
「こういうのしてみたかったんですよね」
「なんだそれ。忘機やら思追や景儀にもできるだろ」
「あの子たち、手が離れたら甘えてくれないんですもの」
「これで、ビールがあったら最高なんだけどな」
「それは、二人きりの時にね」
さっきの仕返しかという様に、楽し気に藍曦臣は告げる。
二人きりなんて事があるのか?
心地よく頭皮をマッサージされながら髪をぬぐわれていると、少年たちが戻ってきた。
金凌と欧陽子真は驚いていたようだが、藍氏の二人は何を驚いているんだとばかりな顔で首をかしげている。
大人の男二人が、こんなふうにべたべたしてたらそりゃ驚くだろう。
離れようとしたけれど、マッサージが気持ちがよくて体がいう事を聞かない。
「冷蔵庫に、ゼリーがあるからそれ食べろ」
金凌に指示をすると「やった、叔父さんのゼリーだ」と喜んでキッチンに向かう。
キッチンから「プリンもある!」と甥と友人たちの喜ぶ声を聴いて、俺は満足気に後ろの恋人に寄りかかった。
スーパーで簡単に作れるキットで作ったものだから、本格的なモノじゃない。
それでも甥は、満足する。子供たちも、おいしいと言って喜んでくれていた。
部屋割りは、大人組、藍思追と金凌、藍景儀と欧陽子真。
「いいか、俺が思追をお嬢様に貸してやるんだからな!ちゃんと返せよ!」
「へん、思追が俺と一緒がいいって言ったんだ」
藍景儀はいーっと歯をむき出しにして、金凌は思追の腹に抱き着いて舌を出している。
苦笑しているのは藍思追と欧陽子真の年長組だったが、その二人の間にも何かあるらしい。
「欧陽くん、景儀の事よろしくね」
「ああ、任せてくれていいよ」
「くれぐれもよろしくね?」
「お、おう」
藍思追の気迫に、欧陽子真は口元を弾くつかせて頷いていた。
なんだ、こいつもブラコンか。
「景儀もちゃんと寝るんだよ」
「わかってるよ」
寝ないな、これは……と思いながら、子供たちがそれぞれのテントに入っていくのを確認する。
俺と藍曦臣がテントに入ると、ランタンが淡い光を放って中を照らしていた。
「こんなに楽しい休日は久しぶりです」
「そうだな」
二人並んで寝そべると、藍曦臣は嬉しそうに枕を抱えて俺を見た。
「今度は、二人きりでデートしてくださいね」
「あ、ああ…」
「約束ですよ」
そう言って、藍曦臣は俺の唇にキスをした。
固まっていると、ふふっと笑ってから布団に入ってしまう。
「この野郎、やり逃げか」
「え?晩吟?!ちょ!!!」
俺は、寝ようとしていた藍曦臣の掛布団をはぎ取って覆いかぶさるようにしてからキスをした。