True face暑い日は、できるだけ外には出たくない。
なのに、こんな夏の暑い日のさ中。外に出たのが運のつきだったと思う。
志保ははあっ、とわざとらしくため息をついた。
隣ではニコニコ胡散臭いほどの笑顔を浮かべた男が、ひっきりなしに喋っている。
「暑い中、どこへ行くんですか? 一緒にお茶でもしませんか」
「おあいにく様。そんな暇じゃないの」
「う~ん、デートの待ち合わせに向かっている、というわけでもなさそうですし。じゃあ、一緒に目的地までお供しますよ」
「嫌よ。しかも失礼ね、デートかもしれないじゃない」
言葉に棘を含ませて返すが、まあ確かに、とてもデートには見えないだろう。
実際志保は、ほぼ部屋着のような装いに、幅は広めだが飾り気のないバケットハットを被ってきただけの、格好だ。本当は夏の昼日中にこんな姿で外には出たくなかったのだが、研究で大詰めの博士が、足りない部品がある、と焦っていたので、お使いをかって出たのだ。いらぬ親切心を出すんじゃなかった。
顔を顰めながら、志保は隣の男を見る。そういう彼の方が、よっぽど普段と違う格好をしていた。
とてもラフな服装。身軽で、夏の休日の装いにピッタリという感じだ。推定年齢二十歳前後に見えるけど。
明るい金色の髪はキャップに隠していて、淡い色のサングラスを掛けている。一言で言えば、チャラい。今端から見たら、通りすがりにナンパしている光景にしか、見えないだろう。
……というか。そう見せているのだ。
さりげなく周囲に目をやりながら、志保は探りを入れる。いや、本気で探っているわけではないのだけど。ただ素直にいいように使われるのも、癪に障るだけだ。
「あなたは暇じゃないんじゃないの?」
「いえいえ、こんな素敵な出会いを見過ごすほど、愚か者ではありませんので。どこでも、お供します」
「じゃあ、今から涼を感じられるリゾート地にでも行こうかしら。とりあえず羽田に行くわ」
「…素晴らしい行動力だ」
「あなたはここから一歩も動けないでしょうけど。何に扮しているのかしら」
志保が目を細めて言った言葉にも。優秀な潜入捜査官である彼は表情を崩すことは、ないのだ。
「何のことでしょう。ただ、一緒に有意義な休日を過ごせる相手に会えたと、思っているだけなのに」
ただ、彼、降谷のサングラスの奥の瞳が、一瞬鋭い眼光を見せた。一定の方向を見つめ、そしてまた志保に向き合ってニコリと、笑う。今の視線だけ、降谷と呼べる、彼本来の姿が垣間見れた。
志保ははあっ、と、今度は呆れたように小さく息をつく。
「もう用無しになったなら、早く行きなさいよ。ターゲット見失ったら、どうするの」
「何のことですか? 僕には君しかターゲットはいないのに」
まだうそぶく彼を、ギロッ、と睨み付ける。ヘラッ、と笑って、男は一歩下がってわざとらしく頭を下げた。
「せっかくの出会いでしたが。残念です」
「いいからもう、さっさと行きなさいよ」
「会えて嬉しかったから。本当は離れたく、ないのですが」
いつまでも歯の浮くようなことばかり言って…! と、苛つきも含んで再度睨み付けると。彼の優しい瞳と、ぶつかった。
サングラス越しでも分かる、柔らかな表情。あまり向けられたことのない、顔だ。
志保の胸にかあっ、と熱が籠る。こんな装った偽りの姿相手に。悔しくて、目を反らしながら言い放った。
「、どこまでも。流れるように嘘ばかりつける人ね」
「僕の言葉は殆ど嘘でしたが。隠せない真実がひとつ、ありましたよ」
ドクン、と胸が鳴る。その言葉が真実とも限らないのに。いいように、踊らされてしまう。
仕事中でも、緊迫した任務中でも。姿を見れて嬉しいと思ってしまっていた志保の心も、眩い太陽の下に晒されてしまう。
結局本当の彼とは似ても似つかない笑顔を残して、去っていった男に。
悔しいながらも、素直に親切心を発揮した今日の自分を、褒めたくなった。
このままだと博士にアイスまで、買っていってしまいそう。