お気に入りのブランケットにくるまった怒った顔の浮奇の相手をするのも何度目だろう。怒った浮奇が可愛くてわざと怒らせているから、それを面倒くさいだなんてカケラも思わなかった。
謝罪の言葉を甘い声音でたっぷり伝え、ブランケットごと浮奇のことを抱きしめる。ふくれっつらで涙目の浮奇に笑わないように気をつけながらキスをすると必死に俺から逸らしていた視線がチラリとこちらを向いた。見つめ返して、ただ浮奇を甘やかすために名前を呼ぶ。
「浮奇」
「……ふん」
「そろそろ機嫌を直してくれ。怒ってる顔も可愛くて好きだけど、浮奇には笑っててほしい」
「……ふーふーちゃんのバカ」
「ああ、全くその通りだ」
「……ごはんのあと、甘いものが食べたい」
「オーケー、買ってくる。他には? 何が欲しい?」
「……おふろ、いっしょに入りたい」
「……もちろん。浮奇が許してくれるなら」
「あと、……あとね、明日、おはようのキスをして」
「……そんなことでいいのか?」
「だっていつもふーふーちゃんの方が早起きだから、俺が起きる時にはどこかに出かけてたりするじゃん。朝起きてすぐに俺のことを甘やかしてくれるなら、許してあげる」
「……かしこまりました、お姫様」
「えへ、へへ」
とろけた笑みに胸を撫で下ろし、俺は抱きしめる腕に力を入れた。ブランケットの中で動けない浮奇が「俺もふーふーちゃんのこと抱きしめたい」と頬を膨らませて見せる。その頬を優しくかじってやれば浮奇はクスクスと体を揺らして笑った。よかった、もうすっかりご機嫌になったみたいだ。
「夕飯は何にする? デザートと一緒に買ってくるよ」
「俺がなにか作るよ」
「だめだ、今日は浮奇をとびきり甘やかす日に決めた。わがままを言ってごらん、お姫様」
「……」
「浮奇?」
「……買い物、一緒に行きたい」
「一緒に? 待ってていいのに」
「んん、ふーふーちゃんと一緒にいたいんだもん。今日は天気もいいからちょっと遠回りでお散歩して行こうよ。あの子も一緒に行く?」
「……そういうことなら、二人きりで」
「ん、えへへ、デートだね」
ただの買い物が浮奇の一言でデートに早変わりだ。ブランケットに包まれたままで浮奇は俺にもたれかかって頬を擦り寄らせた。猫のような仕草に簡単に絆され、俺は腕の力を緩めてブランケットの中に手を潜り込ませる。
「ん、まって、俺もぎゅーってしたい」
「うん」
「ふふふ、ふーふーちゃん、可愛い」
「……ノー、可愛いのはおまえだ」
「ふーふーちゃんも可愛いの。ねえ、ほっぺがゆるゆるだよ?」
浮奇はブランケットを広げてその中に俺も包み込むと、自由になった手で俺の頬をつんつんと突いた。指摘されなくても分かっている。無表情を装いたいのに表情筋が言うことを聞かないんだ。
「デート久しぶりだから? 俺はおうちで二人きりも好きだけどね」
「俺だってそうだよ。外だとキスひとつもできやしない」
「ん……。できないんじゃなくて、したくないんでしょう?」
「人目があるだろう」
「見せつけてやればいいのに」
「浮奇の可愛い顔を? それくらい独り占めさせてくれ」
「……もう一回キスをして」
「ああ、家の中でなら、いくらでも」
くすぐったいくらいの甘いキスを繰り返しながら、浮奇の息継ぎを邪魔するようにわざと唇を離すタイミングをズラしてやる。少しすると背中をまあまあの強さでドンッと叩かれ、俺は思わず笑ってキスを終えた。
「ねえ、ちょっと、今日は俺を甘やかす日って言わなかった?」
「可愛くて、つい」
「また怒らせたいならリクエストに応えるけど?」
「ふ、いいや、今日はもう可愛い顔をたっぷり見させてもらったよ」
「怒ってない俺は可愛くないって?」
「まさか。いつだって一番可愛いよ、お姫様」
「……お姫様じゃなくて、名前を呼んで」
「……浮奇、浮奇、うき、うきき。……ああもう、そろそろ出かける準備をしないと日が暮れるぞ、浮奇」
抱きしめる力を緩められない俺を浮奇は嬉しそうに笑って頬にキスをくれた。散歩デートだって食後のデザートだって風呂だって、今日は浮奇の望むものを全てあげたいのにこのままずっと腕の中に閉じ込めておきたいとも思う。言葉と裏腹に出かける準備をさせる気もなくぐりぐりと額を浮奇の肩に擦り付けると、ブランケットよりも柔らかく心地いい笑い声が俺に降り注いだ。
「ふーふーちゃんのわがままも聞いてあげようか?」
「……浮奇が?」
「そう。俺のわがままももちろん聞いてもらうけど、ふーふーちゃんのわがままも聞いてあげたい気分。ね、おしえて?」
「……、浮奇は」
「うん、俺は、何をすればいいの?」
「……もうすこし、このまま」
「それだけ? 俺だってこのままがいいよ」
「でも買い物に行かないと」
「だめだよふーふーちゃん、買い物じゃなくて、デートでしょう?」
「……ん、デート、行くだろ?」
「デートも行く。でも陽が落ちてからの夜のお散歩だってデートだよ。ふーふーちゃんと二人ならいつだって、どこだって。てことで却下、もっとわがままを言ってみて」
浮奇に抱きしめられて、キスをもらえて、この後の二人きりの予定も決まっている今、俺にもう欲しいものは……。無言で考え続ける俺に「本当に思いつかないの? 無欲すぎない?」なんて言う浮奇は、聞けばまだ何かわがままを言ってくれるのだろうか。
浮奇の瞳をジッと見つめると、浮奇はゆったりと瞬きをして何を言うまでもなく可愛らしいリップ音と共にキスをくれた。ほら、だって、わざわざ言わなくても俺の欲しいものをくれるじゃないか。
「だめだ、何も思いつかない。もう貰いすぎなくらいだ。浮奇のわがままを聞かせてくれ」
「俺はもういっぱい言ったでしょ?」
「浮奇がしたいことが俺のしたいことだよ。俺が自分で思いつかないことを教えてほしい」
「……ほんとにまだわがまま言っていいの?」
「ああ、頼む」
「ふふ、なんでわがまま聞かされる側が頼んでるのかな……。じゃあ、そうだな、明日もふーふーちゃんのこと独り占めしたいから一日中一緒にいてくれる? あとでデートに出かけた時にいっぱいお菓子とか買って、明日は二人でずっとベッドかソファーの上ね? ゲームしたり映画見たり、あとなによりもいっぱい、ふーふーちゃんといちゃいちゃしたい。……とか、どう?」
「……ああ、もう、全てその通りに」
「本当に? いいの?」
「浮奇のことを独り占めできる良い案だ」
「……もうこれからずーっと、俺のこと独り占めしてくれてもいいんだけど?」
そうは言っても浮奇には俺以外の友人がいるし、俺だってそうだ。こうして時々独り占めする時間をくれれば、浮奇が俺に独り占めしてもらいたがっているという事実を知っていれば、それで十分。
尖った唇にキスをして、俺はようやく浮奇を離してやった。
「デートに行こう、浮奇」
「……手を繋いでもいい?」
「だめだって返されるのを分かってるだろう」
「チッ」
「玄関までなら、お好きなように」
「……はぁい。……ん、よし、行こっか」
浮奇は俺が差し出した手をぎゅっと握り、立ち上がった勢いのまま背伸びをして俺に顔を近づけた。俺も身を屈めて距離を縮め、くっつけるだけの可愛いキスを受け入れる。えへへと幸せそうに笑みを浮かべる浮奇が誰よりも可愛く見えるのは恋人の贔屓目だろうか。俺が独り占めするなんてもったいない、おまえは世界中に愛されるべきだよ、浮奇。