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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。別れない別れ話。

    #PsyBorg

    「別れたい」
    唐突にそう伝えられて、俺は飲もうとしていたコーヒーに口をつけることなくカップをテーブルに置き、思わず「え?」と返した。聞こえなかったわけでも、聞き取れなかったわけでもない。ただ頭の中が真っ白で言われたことを理解できなかった。
    「俺と別れてくれ、浮奇」
    丁寧に繰り返した目の前の男は、俺の恋人のふーふーちゃんは、混乱する俺を真面目な顔でまっすぐに見つめていた。
    元来彼はおしゃべりで、隙間を埋めるように言葉を繰り出すことのできる人だけれど、実際は言葉よりも彼の表情がもっと多くを語ることを知っている。だけど今は俺に見られることを分かっているからか、仮面のように作られた真剣な顔で俺のことを見つめるだけだ。
    つまり、本心を俺に読み取られたくはないってこと。
    「……やだよ。俺、ふーふーちゃんのこと好きだもん。ふーふーちゃんだって俺のこと好きなのになんでそんなこと言うの」
    「……、別れたい」
    「じゃあ俺の目を見て嫌いって言って」
    「…………」
    「理由も言わずに別れたいだなんて俺が受け入れるわけないことも分かってたでしょう。……一応聞くけど、他に好きな人でもできたの?」
    「ちが、っ……あー、いや、……」
    「……ばか」
    簡単に別れたいだなんて口にしているはずがない。それでも、嫌いって言って俺を傷つける度胸もなくて、他に好きな人がいるって嘘をつくことすらできないのなら、別れたいなんて言うべきじゃない。どんな理由があろうと。……その理由を、俺は探し当ててやらなきゃいけないよね。
    睨むような視線を向ければ、ふーふーちゃんは一瞬崩れた表情をすぐに面白みのない真面目腐った顔にして、俺の視線から逃げるように目を伏せた。動揺してフラついていた瞳がだんだん落ちていく様をじっと見守り、俺はもう一度口を開く。
    「俺は別れたくない。本当にふーふーちゃんが別れたいって言うなら俺が納得できる理由を教えて。だって、俺のこと、好きでしょう」
    「……すきじゃない」
    「うそつき」
    「……」
    「わかった、じゃあもうバイバイしよっか」
    「っ……、あ、ああ」
    「ばかふーふーちゃん。本気で俺と別れたいならもっと演技の勉強をしてきてよ。……今日は本当にもう帰る。でも俺はふーふーちゃんのこと好きだし、別れるつもりないから」
    「浮奇」
    「なんにも聞きたくない」
    飲みかけのコーヒーをそのままに俺は席を立ち、振り返ることなく店を出た。
    彼が思いつきでこんなことを言う人だとは思わない。何か理由があって、ものすごく考えた上で俺に言ったはずだ。何か、俺には言えない理由。
    他に好きな人ができたわけじゃない。それはあの反応で明らかだし、彼が俺のことを大好きだって俺は分かってる。ていうかつい先週めちゃくちゃにセックスして俺を甘やかしておいて、好きじゃないなんて信じるわけないじゃん。……好きなはずだ。今まで何度も不安になった俺に、俺が信じるまで言い聞かせてくれたのは彼自身なんだから、今さら好きじゃないなんて信じてあげない、絶対。
    他に彼が考えそうなことはなんだろう。将来のことを考えて不安になった? ありえるけど、それならきっと正直に俺に言ってくれるだろう。彼は自分のことより俺のことばかり心配するから。俺に言いたくなくて、一人で考えてしまうこと……、……俺が、彼を不安にさせていること。
    「……俺のせいかな」
    ぽつりと呟き、足を止めた。そうだ、ふーふーちゃんは自分に非があることなら迷わず原因を言って俺を説得してみせるはずだ。それができないってことは俺に問題があって、ふーふーちゃんは俺にそう言いたくないんだろう。
    それなら俺がやるべきことはひとつだ。彼の口から不安と不満を吐き出させて、解決策を探せばいい。
    家に帰った俺はすぐにふーふーちゃんにメッセージを送った。もう一回会って話し合おう。ちゃんと話したいからふーふーちゃんの家がいい。夜になってからようやく来た返事には了承する言葉と日程の提案があって、俺は一番近い日付を指定した。短いやりとりを終えてスマホを手離し大きく息を吐きながらベッドに倒れ込む。絶対に、別れてなんかやらないから。

    「これ、おみやげのお菓子。甘さ控えめだからふーふーちゃんも食べられると思うよ」
    「……作ったのか?」
    「落ち着かなくて手を動かしたかったから。お茶入れるから座ってて」
    「俺が」
    「いいから、そこに、座ってて」
    「……わかった」
    数え切れないくらい何度も使っているキッチンに入りケトルに水を入れて火にかけた。前に来た時に使って少なくなってしまったコーヒー豆がいつも通り補充されていることにそっと息を吐き、彼の好きな紅茶のティーバッグを二つ取り出す。今日は、俺も彼と同じものを飲みたかったから。
    お茶の準備をして彼の待つリビングに行けば、彼はこれから怒られることが分かってるこどもみたいに居心地の悪そうな様子でソファーに座っていて、俺が隣に座るとビクッとしてから恐る恐る顔を上げた。
    「先に言いたいことがあれば聞くよ」
    「……」
    「わかった、じゃあ俺から。……何を言われても、別れないよ。俺はふーふーちゃんのことが好き。誰よりも好き。ふーふーちゃん以外との未来なんて考えられない。それにふーふーちゃんも、俺以外なんて考えてないでしょ」
    「……俺は……」
    「……じょうずに話そうとしなくていいから、教えて」
    「……」
    きっと今日までに俺を納得させるセリフをいっぱい考えたんでしょう。でもふーふーちゃんはそれを口に出さずに視線を彷徨わせ、それからふいっと顔を俯けた。無理に顔を上げさせることはしないで俺は彼の手に優しく触れる。
    「俺がふーふーちゃんのこと不安にさせちゃった? 何か嫌なことがあった? お願い、一人で抱え込まないで俺に言って。甘えてばっかりで頼りないかもしれないけど俺はふーふーちゃんの恋人でしょ?」
    「……おまえを縛り付けたくはない」
    「わかった。それじゃあなんで俺を縛り付けたいと思ったのかを教えて」
    「……」
    「俺はふーふーちゃんがとても優しくて大人な人だって知ってる。でもイタズラが好きな可愛い人で一人で我慢しちゃう人だってことも知ってるよ。他のみんなには隠してもいいけど、俺には隠さないでよ。誰も気がつかなくても俺だけはふーふーちゃんが隠し事してるってわかるんだから」
    「……浮奇」
    「うん、なぁに、ふーふーちゃん」
    くすぐったいくらいゆっくりと、彼の手が俺の手を握って、俺も彼が安心できるくらいに力を込めて握り返した。俯いたままの彼に顔を寄せ、こめかみのあたりに、リップ音は鳴らさずに押しつけるように唇を触れさせた。
    怖がっているようだった彼の空気が、ふ、と弛緩する。
    「……浮奇のこと、好きだよ」
    「……ん、俺も大好き」
    「俺は浮奇だけが好きだ」
    「……うん。やっぱり、俺のせいで嫌な思いさせてたよね」
    「でも浮奇には浮奇の好きなように生きてほしい」
    「でもふーふーちゃんのことだけを好きでいてほしいんでしょう?」
    「……一番近くにいられるだけで満足だったんだ」
    「だった、ってことはもうそれじゃ足りなくなったんだね。俺のこと、前よりもっと好きになった?」
    「え……」
    「俺を独り占めしたいって、欲が出たんじゃない?」
    「……そう、いう」
    俺の言葉に、彼は顔を上げて目を見張った。俺が他の男と一緒にいるのが嫌で、でも縛り付けたくなくて、自分から離れようとするようなバカな人。どうして今まで許せていたものが許せなくなったのかを考えるまでの余裕はなかったらしい。俺が彼の余裕を奪っているという事実は、彼には悪いけどとても気分がいい。追い詰められて別れるなんて言い出すのは全然良くないけどね。
    動揺して剥き出しになった彼の素直な表情を見つめて俺は目を細めた。
    「どうしたいのか言ってよ。俺がふーふーちゃんに言われたからって全部オーケーするタイプじゃないことはわかってるでしょ。できることならそうするし、できないことなら解決策を二人で考えればいい。俺のことを好きなら、俺のことを信じて」
    「……浮奇が、好きなんだ」
    「……うん。俺も、ふーふーちゃんが好きだよ」
    「……いちばんがいい」
    「……ああ、もう、……一番に決まってる。君が一番、他の人とは全然違うよ。俺のことを何よりも一番に愛してくれるなら、俺の愛はふーふーちゃんにだけ渡す」
    「……常におまえを優先することはできない」
    「正直者。嘘でも言っておけばいいのに」
    「おまえにだけは嘘ではぐらかしたりしたくないから。……ずっと浮奇のことだけ考えているわけにはいかないけれど、でも、なんでもない時に思い浮かぶのはいつでもおまえだよ、浮奇」
    「……っ、だいすき……!」
    「ああ、俺も、大好きだ」
    ねえ、よくそんなんで別れようだなんて言えたよね。俺は彼を引っ張って強く抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。彼の手も少し迷った後に俺の背中を抱いてくれる。
    硬くて冷たいその手が優しく俺に触れるたび、俺は自分がふーふーちゃんに愛されていることを知るよ。俺の愛は、触れた唇で伝わってるかな。足りなかったらちゃんと教えて。目を見て話せば、俺たちの愛を前に解決できない問題なんてないでしょう?
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