猫の日「にゃ~ん」
ソファに座っていたら後ろから長い腕が伸びてきて胸の前で交差する。顔が近づきひと声鳴かれたあと、耳元で囁かれた。
「今日、猫の日なんだって」
七海はカレンダーを見た。二月二十二日。なるほど。
「なるほど」
素っ気ないなぁ! 五条は言って、お前、猫、好きだろ?
「だから猫ちゃんプレイでもいかがかなぁ~と思ってぇ~」
七海は振り向いた。が、予想に反して五条はいつもの格好だった。
「あ。今、なんか期待したでしょ?」
「してませんが」
しかし、イベント好きの五条のことだ。そう言うからには何か小物でも身につけているのかと思ったのだ。そんな七海の視線に五条は少しきまり悪そうに唇を尖らせ、仕方ないだろと言った。
「僕も今日が猫の日って知ったの、帰りの車の中だもん」
知ってたらもっと前もってさ、いろいろ準備したのにさ~
「でもほら? 気は心って言うからさ」
拳を握って招き猫のようなポーズを取りもう一度、にゃーんと鳴く。
「大体あなた、猫のことあまり知らないでしょう」
「ええ~、ちんこに棘がついてることとか?」
「…何でそんなことばかり知ってるんです」
五条はソファの前に回ってきて七海の隣にポスンと腰を下ろした。何だよ、ノリ悪いなぁ…言いながらずるずると腰を前にずらし、ソファの背もたれに頭を置く。脱力した猫みたいだなと七海は思った。
「私も、猫のことはそう知らないんですよ」
「そうなの? だってよく動画とか見てんじゃん」
「…癒されますからね」
それに動きが面白いですし。優美かと思えばちょっと間が抜けていたり、甘えてくるかと思えば急に機嫌が悪くなったり。五条の白い髪を指ですきながら七海は言った。
「飼い主に撫でられて気持ち良さそうにしている顔は可愛いですよ」
んん…? 目を細めていた五条は七海の方を向く。
「五条さん」
七海は手を離し、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
んん~…? 五条は真顔で、ゆるゆると身を起こし、続いて膝を股越して七海の方を向いて座った。
「……違うでしょう」
七海は言った。
「膝枕で、頭を撫でてあげようと思ったんですよ」
「猫は膝枕しないでしょ」
「いきなり跨ったりもしませんよ」
フーっ、七海はため息をつき、両手で五条の太腿をがっちり掴んでソファから立ち上がった。
「うわ」
「…にゃんこプレイ、してくれるんでしょう?」
はは、にゃんこだって、五条は笑ったあと、
「お前のちんこに棘ついてるか確かめてやるよ」
「下品なこと言ってると、鳴かしますよ?」
言い返してくるかと思ったのに、五条が黙っているので、七海は恋人の顔を見上げた。
白い頬が朱に染まっているので、この猫はすぐ赤くなる、七海は微笑んでリビングを後にした。