担当している事件の進展が見られないまま早三日、ルークが疲れた顔で職場を出て最初の曲がり角、一台の高級車が止まり、その後部座席の窓が開いた。
「ボス、お久しぶりです」
「え、チェズレイ? こんなタイミングで会えるなんて思わなかったよ」
「ちょっとしたサプライズですよ」
「まあ、君はいつも突然だもんな……。らしいと言うか何というか」
「フフ。…お仕事は終わったところでしょう?デートにお誘いしても?」
ルークは帰ったら溜まった洗濯を片付けて、そろそろ冷蔵庫の野菜を調理しようかと思っていたが、それくらいなら明日でもなんとかなる。思い直すと大きく頷いた。
「えー……、…と。 ……うん、食事くらいならいいよ」
「ありがとうございます。 では、どうぞこちらへ」
何度か乗ったことのあるものと同じ車種に促されるまま乗り込んだ。
「今日はどこに行くんだ?」
「ボスの好きそうなカフェを見つけまして。湖の麓にある知る人ぞ知る名店です」
「あ、それ、この間テレビの特集で見たぞ。景色とその場でしぼりだしてくれるモンブランが自慢のやつじゃないか?行きたいと思ってたんだ!」
「えェ、ご明察です。少し時間がかかりますから、ゆっくりしてください」
エリントンからだと車で一時間程かかる場所だ。
深く背もたれに体を預けるとすぐ眠気が襲ってきた。
夢うつつのまま車に乗っていると急ブレーキで体勢を崩した。
「うぉ…、何…?」
「せっかく眠っていたのに申し訳ありません」
「いや、寄っかかっちゃってごめん」
元々チェズレイの方に傾いていた体が胸の位置までずり落ちていた。カラダを起こして、辺りを見渡す。街頭もなく辺りの様子が窺えない。
運転手に声をかけてみる。
「あの、なにかありました?」
「人がいたように見えまして……」
車のライトは前方を照らしているが、道路以外には何も見えない。
街灯もなければ月明かりもない。
「僕、ちょっと見てきますね」
「ボス、お待ちを」
「だって、誰か倒れてたら大変だろ。チェズレイは中で待ってていいからさ」
制止を聞かずに車から飛び出す。
辺りは真っ暗。わずかに月明かりで照らされる以外、空にも地上にも車以外の明かりはなく、ただ磯の香りがする。ガードレールの先は崖と海だろうか。
振り返っても街の灯りも見えない。
タブレットを見ると圏外だ。少し肌寒くてコートのボタンを留め、ついでにネクタイを締め直して胸の辺りで手をこする。
「……信じてるからな」
暫く辺りを確認して、何もないことを確認した。
「ボス、なにもないのであればそろそろ行きましょう」
いつの間にか出てきたチェズレイの手を取る。
「いや、チェズレイ、こっちに来てくれ。ちょっと気になるのがあって」
「なんでしょう」
車から少し離れた所まで手を引く。
そしてまっすぐ先を指差した。
「あの奥に見えるの、なんだ?」
「灯台、ですかねェ」
「……そっか、灯台かぁ…」
言いながら、チェズレイの腕に手錠を嵌めた。
「ボス、何を」
「僕は君のボスじゃない。君は誰?」
「…どこで気付いた」
整っていたはずの男の顔が歪んだ。想い人に似つかわしくない醜悪な表情に思わず眉をひそめた。
「さて、どこだろうな」
チェズレイの姿の男の首の後ろに手刀を落として意識を刈り取る。
車のドアが開く音がしたから銃を構える。
運転手が出てくるより早く、今乗ってきたのと同じ車種の車が向かってくるのを見てルークは内心ほっと息を吐いた。
チェズレイもどきと運転手を捕まえ、そのアジトと構成員を捕らえ。チェズレイに恨みを持つという組織を壊滅させ、諸々の後始末までを終えて、ようやくルークの家へと戻った。
「ボスはいつお気付きに?」
「まず、一月も会ってないのは確かだけど、昨日の夜だって会話したのにお久しぶりって言うのが違和感があった。そもそも明日には僕の家に来るはずだったし」
「なるほど」
「それに、僕の家に未調理の野菜があるのに外食に誘ってくるのはおかしい」
「えェ、その通りですね」
「まあ、そのときはまだそういう気分の時もあるかなと思ったんだけど」
「どうして違和感を覚えてもついて行ったんですか」
「偽者なら捕まえた方がいいかなって」
「……もう少し慎重になってほしいところですが…」
「それに、まだ本人かもしれないとも思ってたし、最悪でも明日には君が来るならなんとかなるかなって」
「ボス……。」
「悪かったって」
「話を戻しましょうか。………決定打は別にあったと」
「確信したのは、音が違ったからさ」
「音?」
「君の音くらい聞き分けられるよ」
ソファーで隣に座るチェズレイの方へと体を倒して、胸元へと耳を寄せる。規則正しい心音が心地良い。
「あァ……ボス、あなたと言う人は本当に…」
「それから、君なら湖の景色が自慢の店に行くのに曇りの新月の日を選ぶこともないだろうし、海のそばを通るのは遠回り過ぎる。…こんなところかな。圏外で連絡取れないのは困ったけど、君なら見つけてくれるんじゃないかって信じてたよ」
「フフフ、私はいつだってあなたの事を見守っていますから」
「あはは……」
シャツのボタンか、ネクタイピンか、それともコートの裏地だろうか。なにか『ある』のだろうとルークは予想しているが、どこにあるのかまでは確かめないようにしている。
「…ところで、ボス」
「うん」
「……私以外の相手と心音が聞こえるほど密着したのですか?」
眉を寄せ、瞳を潤ませて見詰められると半分は演技だと分かりつつも思わずたじろいで、体を離した。
「……いや、それは不可抗力っていうか、君じゃない確証を得るために仕方なく…」
「ボスは胸に触れないと心音を判別できませんよねェ?」
ソファーから立ち上がろうとしたのを手を引いて制された。
覆い被さるように乗り上げられて、強く抱きしめられて拘束される。
ルークからも背中に腕を回しながら、きっと今日は朝までこの愛しい心音が鳴るのを聞き続けられるんだろうと思うと思わず口元が緩んでしまった。
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お題:変装/サプライズ/「信じてる」