「なぁ、チェズレイ。ドーナツはオールドファッションとフレンチクルーラー、どっちが好き?」
「質問攻めと言うより、もはや尋問ですかねェ」
好きな食べ物に飲み物、朝起きたら何をする。
花屋の前を通れば好きな花を、文房具屋の前を通れば筆記用具にこだわりはあるか。
捜査のために街に出て、帰る道すがら、ルークが逐一尋ねてくる。
警察官としては怪しい人物の取り調べをするのは良い行いなのだろうが、その内容は随分と子供じみたものばかり。
「これから一緒に活動するんだから、君の人となりをよく知っておきたいんだ。
あ、童話は?幼い頃好きだったものはある?シンデレラに人魚姫、幸せの王子に…」
彼の言うことは本心なのだろうが、今思うように行かないダンスの練習からの逃避も含まれているのだろう。
今度は本屋で立ち止まった。窓の外からも見えるディスプレイにある童話のタイトルを読み上げる。
「そうですねェ。…シンデレラと王子と結ばれるとして、果たしてそれは幸せだったのだろうか疑問に思います」
「あー…本当は怖い童話、とかそういうのだっけ」
「継母達を熱した鉄で出来た靴を履かせて死ぬまで踊らせたのでしたか。正しい復讐の形でしょうからそれはいい」
「そこはいいのか……」
「ただ、ずっと下働きをしていた彼女に果たして王妃が務まるのかが疑問でして。国のトップを支える役割を舞踏会のインスピレーションで決める王子が無謀なのでしょうが」
「……。」
私から素直に好きな童話が返ってくるとでも思っていたのだろうか、わかりやすくルークのテンションが下がった。
「人魚姫なんて論外だ。……愚かだと思いますよ。それまで幸せに暮らしていたと言うのに、ただ恋なんて過ちをしたがために言葉を失い、歩く度激痛が走る余命3日の体にされる。そこまでの対価を払っても欲しいものは手に入らず、落ちて死んで、死体すら残らないのだから」
海の底の澄んだ幸せだけを見ていれば恋で濁る事もなく、恋が報われずにそれでも男を殺すことも出来ず、塔から身を投げるに至ることはなかった。
本当に、愚かだ。
「すがすがしいほど酷評だな」
何度か頷いて、納得をしたようだ。
厭うものからも充分に人となりを推測する糸口にはなるのだろう。
「ボスはあちらに憧れた事があるのでは?」
ヘンゼルとグレーテルの絵本を指さす。
「そりゃもう。お菓子の家なんて全人類の夢じゃないか」
「外壁も床も菓子で作るなんて、不衛生だと思いますがねェ」
「…! そこは考えてたことがなかったな」
果たして魔女の正体を知った後でも釜に落とす事は出来るのだろうか。
まだ観察が必要だろう。
ー ー ー ー ー ー ー
DISCARDの事件も終わり、それぞれの旅立ちへの準備が進んでいる。
今日オフィスにいるのは私とルークだけ。
「チェズレイ、映画見よう!」
「ええ、ボスのお心のままに」
見る物はもう決めていたのだろう。
リビングのテレビで表示されたのは海の底の暮らしを映したアニメーション。
「……おや。人魚姫、ですか」
「あ、これ見たことあった?」
「いいえ。あらすじは知っていましたから敢えて見ようとは考えていませんでした」
以前、苦手だと答えたことがあった。
あえてこれを見せてくる理由があるのだろうか。
印象的な曲を挟んで進む物語。
その結末は原作とは異なり、魔女を倒し、人魚姫は泡にならずに人間になるもの。
「どうだった? ちゃんと幸せを掴む人魚姫の話!」
「感想ですか。…………そうですねェ、ご都合主義だな、と」
「これもお気に召さないか」
「ですが、ボスの心遣いはありがたく受取っておきますよ」
王子と下働きよりもずっと価値観の相違が激しいだろう、文字通り住む世界の異なった二人。
身体的特徴が変わったところでそう簡単に幸せになれるのかは分からない。
ルーク・ウィリアムズはいくつものご都合主義だと言われるような結末を用意した。
無論、出来すぎた結末の先には数多くの問題が残ってはいるが。
『二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし』
そんなお決まりの結末を真実にするための努力を、きっとこのヒーローは続けられるのだろう。
ヒーローの相手がヴィランでは釣り合いが取れないだろう。
だからこそ、ハッピーエンドを彼が好むのであれば、それすら物語にするのに相応しい障害となるのかもしれない。