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    raixxx_3am

    @raixxx_3am

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    タイトル通りのお話。うっすらと無自覚片思いな感じのきす→ひよ
    (2023/04/25)

    #きすひよ

    きみの髪に触れたい 人との距離が近い、だなんてことはむかしからよく言われることだったし、自身でも重々自覚済みだ。おそらくは生まれつきの性分ではあるのだと思うのだれけど、そこに加えて、小3から始めたミニバスの影響は多い。
     いいプレーが決まればハイタッチやフィストバンプで讃えあうのは基本事項、感極まったタイミングで自分よりも大きな相手から抱きつかれるのも、思い切り駆け寄ってチームメイトに抱きつくのだって日常茶飯事だ。
     練習の合間、くしゃくしゃの笑顔を浮かべた先輩から何気ないふうに肩を抱かれたり、髪をわしゃわしゃ撫で回された時には仲間として認めてくれているのだ、という証をもらったみたいでなんだかすごく嬉しかった。
     鴫野の髪はやわらかくて気持ちいい、だなんて言って順番に撫でに来られるせいで、練習や試合の帰りにはいっつもボサボサの頭で帰ることになるのだって日常茶飯事だったけれど、ちっとも嫌な気分になんてならなかったくらいだ。
     個人差があることくらいは百も承知の上で、心を許した相手に触ったり触れられたりするのは文句なしに気持ちいい。遠慮なく相手に触れられる機会だなんて、歳を重ねるほどに遠ざかっていくものだからこそ余計にそう感じるのかもしれない。
     理屈なんかじゃなく、本能が欲しがってたまらないもの――種よ人の望みよ喜びよってこういうことを指してるんじゃないの? だなんて大袈裟なことだって思うくらいの。

     バスケのチームメイト以外で一番距離の近い相手は、紛れもなく旭だと思う。
     他のみんなとだって会えば肩を組むのはしょっちゅうだけれど、大抵はそのままあしらわれて終わり(ハルだけは物凄い勢いで跳ね除けてくるけれど)、じゃれあいの応酬に発展するのはいつも旭だけだ。それがなんでなのか、なんてことはちっともわからないけれど、まあたぶん、単純に相性が良いんだと思う。
     同じ舞台で競い合うライバルになることもなければ、勝利を目指して力を貸し合うこともない。それぞれに異なる舞台を選んだからこそ、あんなふうに大半のやり取りがくだらない話だけで埋め尽くされるような気の置けない友達でいられる部分は大きいんだろうな、だなんてことは何度も考えた。
     あの時みんながバスケ部に入ってくれなかったことはいまだに少し寂しく思うくらいだけれど、きっとみんながバスケを選んでいたら、こんなふうな友達になんてなれなかったはずだ。
     映画なんかでもよくあるよね、些細に思えるような選択ひとつでその後の人生が大きく変わるって言う――たしかそう、バタフライエフェクトってやつ。
     その絶好の例がいまこうしてすぐ目の前にあるわけだから、確信はより一層深まる。

    「……鴫野くん、どうかした?」
     真っ白な正方形のテーブルを挟んだ向かい側から、ぱちぱち、と遠慮がちなまばたきとともに、僕の顔、なにかついてる? だなんて遠慮がちな問いかけが投げかけられる。
     少し照れたようすの、困ったような曖昧な笑い顔――ほんの少し前までなら決して見れなかったはずのそんな無防備な顔を、こうして僕だけが見せてもらえているだなんてことがなんだか無性に嬉しくなるのはなんでだろう。
    「そんなことないよ、きょうもかっこいなぁって思ってたくらい?」
    「ならいいんだけど……」
     わざとらしく冗談めかして答えれば、少しばかり照れくさそうな、困惑を隠せないようすの表情がみるみるうちに浮かぶ。
     こうして、『友達』になれたことで知れたことのひとつ――遠野くんは案外すぐに顔に出るだなんてこと。
    「ごめんごめん、もしかして怖がらせてたりした? 癖なんだよね、つい」
     くしゃりと髪をかきあげながら、ぬるい吐息混じりにぽつりと言葉を落とす。
    「うちのお父さんとお母さんがさ、僕が小さい頃からずうっと、何か話がある時には目が合うようにってかがんでくれてたんだよね。ちゃんと見ないと大事なことが伝わらないでしょって。一が万事そんなだったから、誰かと話す時には目を見て喋るのが癖になっちゃったんだと思うんだよね」
    「あぁ――、そうなんだ」
     まっすぐに見つめたまなざしの奥で、微かな翳りが揺らぐ。
     目は口ほどに物を言うってほんとうだな、だなんて思うのはこんな時だ。遠野くんのやわらかくて澄んだまなざしはいつも、いくつもの曖昧な感情の色を穏やかに溶かしているから。
    「遠野くんとだとさ、目線の高さも同じくらいでしょ? だから余計に気になるのかもね」
     郁弥とは違って、という言葉は静かに飲み込む。
    「ああ、言われてみればそうなのかも」
     ぱちぱちと、ささやかなまばたきに合わせて、まっすぐに伸びた睫毛が風にそよぐように揺れる。
    「ごめんね、今度からはなるべくがまんするから」
    「……そんなこと」
     少し困ったように遠慮がちに笑う顔をぼんやり眺めながら、すっと通った綺麗な鼻筋や、なだらかなカーブを描く頬のラインや首筋、コーヒーカップの持ち手へと絡められたしなやかな指先を順に眺める。
     まいったなあ、ほんとうに。こんなにも自在に豊かな色を宿らせる綺麗な瞳を見つめていたらだめだなんて。でもまあ、仕方ないよね。困らせるわけにはいかないし。
     心の片隅で揺れる無念を飼い慣らすようにしながら視線をそよがせていれば、ふいに、捲り上げられた手首の内側にちいさな痣が残されていることに気づく。
    「遠野くん、痣ができてる」
     指差しながら呟けば、「えっ、どこ?」だなんて困惑した様子の答えが返される。
    「えっとね、左の手首の内側の――」
     テーブルを挟んだ向こう側へと手を差し伸べようとして、咄嗟に引っ込める。遠野くんはそういうのがきっと平気なわけじゃないから――まだ、たぶん。
     もどかしい気持ちに駆られながら、無傷なままの自分の手首を指し示してみせる。
    「僕のこと鏡だと思って、だいたいこの辺」
    「あぁ――」
     ありがとう、丁寧に。穏やかに答えてくれながら、レンズ越しの瞳はうっすらと浮かび上がった赤紫の小さな痣をしげしげと眺める。
    「全然気づかなかった――ありがとう、教えてくれて。何かの時にでもぶつけたのかな」
    「遠野くん、平気? ごめんね、気づかなくって。後から痛くなるかもしれないから、お家に帰ってからでいいから湿布貼っておいてね」
    「大丈夫だよ、鴫野くんのせいじゃないし――それにほら、気づかないくらいだから」
     平気だとそう主張するように、ひらひらと手を振ってみせてくれる姿に心からの安堵がこぼれる。それならほんとうに良いのだけれど――でも。
    「そうだ、痣の治りが早くなるクリームがあるからさ、この後薬局寄って行く? 早く治した方がいいもんね、水着だと目立つでしょ?」
    「あぁ、うん――」
     そっと目を見れば、すこしばかりの困惑を隠せないようすの色が浮かぶ。そうだよね、まぁ。どこかちくりと胸が痛むのを感じながら、取り繕うような笑顔で答える。
    「ごめんごめん、大袈裟だって思うよね? ほら、遠野くんは水泳の練習があるからさ。見えるところに痣があったら悪く言われちゃわないかって思ったんだよね。遊んでて怪我するだなんて、とか」
     下手をすれば取り返しのつかないことになりかねないのだから、と普段から怪我には重々気をつけて体がぶつかり合うような激しいプレーは極力避けていたけれど、それに加えて、水泳を本分とするみんなには擦り傷ひとつ負わせるわけにはいかない、だなんてことは、常々気をつけていることだった。
     サークル仲間たちみんなには遠野くんをはじめとした仲間たちが将来有望な水泳選手であることはあらかじめ伝えていたし、中にはこっそりと試合会場まで応援に来てくれた子もいるくらいだ。
    「僕、郁弥から怒られるんじゃないかなって思っちゃって。日和をキズモノにするだなんてどういうことなの!? って」
     ちっとも似ていない声真似ですこしふざけて答えれば、どこかしら複雑そうな遠慮がちな笑顔が、しずかにそれを受け止めてくれる。
    「キズモノって」
     堪えきれないようすでくすくす笑いながら答えてくれる姿に、やわらかに心をくすぐられるような不思議な心地を味わう。
    「郁弥はそんな言い方しないよ。まあちょっとくらいは怒りそうな気はするけど」
    「ごめんごめん。冗談だって言っても言い方があったよね」
    「心配してくれたんでしょ、ありがとう」
     すこし照れくさそうに笑いながら、やわらかにそっと瞼が細められる。ややオリーブグリーンがかった薄い色の瞳には不思議な静けさと穏やかさが満ちていて、いつ目にしても惹きつけられるような心地を味わう。
     ああだめだ、また困らせることになっちゃうよね。ゆらり、と視線をそよがせるようにして、綺麗な指がそっと髪をかきあげる仕草をぼうっと眺める。
     背の高さは同じくらいだけれど、掌はたぶんこちらのほうがすこし大きい。長くて綺麗な指に、丁寧な手入れが行き届いているのを感じさせる短く切り揃えられた爪。僕と違ってさっぱりと短めに整えられた髪はこっくりと深いチョコレートブラウン色だ。
     遠野くんの髪はどんな感触なのかな。僕と違ってすこし硬いんだろうか。いつもプールに入っているから、シャンプーや整髪料に混じってわずかに塩素の匂いがするんだろうか。
     プールサイドにいるみんなが手を差し伸べたり、勝負の結果に興奮して抱き合って讃えあう姿はなんども繰り返し客席から見てきたけれど、遠野くんの髪の毛をくしゃくしゃに掻き回す人はいるんだろうか――夏也先輩あたりならもしかしたら、とは思うけれど、だったらほかには?
     ――って、なんでこんなこと考えちゃってるんだろうな。気づかれたら困らせちゃうよね、きっと。俯きながらちいさく苦笑いをこぼして、不都合な感情を逃すようにする。
    「……鴫野くん、」
     いつ耳にしてもやわらかくて心地よい声が、するりと鼓膜をすり抜けて心までしずかに震わせてくれる。どこか頼りなげな、気遣うような声色。
     ああ、ごめんね。心の中でだけそっとそう言い訳をして、取り繕うように笑いながら話を切り出す。
    「あのね、遠野くん――話が変わるんだけどさ、ほら、さっき話してくれてた美術館のことなんだけど」
    「あぁ、それなら」
     やわらかに細められたまなざしに、ふわりと穏やかな色が光る。
     気づかれないように、気づかれないように――不可思議なはやる気持ちを抑えつけるようにしながら、ちらちら、と視界の端でだけ、澄んだヘーゼルの瞳を盗み見るようにする。

     このままでいい、いまはまだ――まだなにもはじまっていないのに、ひどく不確かなこの気持ちに名前をつけるだなんて、そんなこと。

     ちいさく息をのむようにしながら、まだ差し伸ばすことなんてできない指先をしずかにぎゅうっと握りしめる。
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    raixxx_3am

    DONEブックサンタ企画で書いたお話、恋愛未満。
    日和くんにとっての愛情や好意は相手に「都合のいい役割」をこなすことで得られる成果報酬のようなものとして捉えていたからこそ、貴澄くんが「当たり前のもの」として差し出してくれる好意に戸惑いながらも少しずつ心を開いていけるようになったんじゃないかと思っています。
    (2024.12.22)
     幼い頃からずっと、クリスマスの訪れを手放しで喜ぶことが出来ないままだった。
     片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
     ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
     仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
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    raixxx_3am

    DOODLEきすひよ。いちゃいちゃしてほしかっただけ。相変わらず受けと攻めが不確定。欲望を明け渡しあうことよりも緩やかで優しいスキンシップでお互いを満たしあうことを大切にしているうちにゆっくりその先に進むこともあるんじゃないのかな、ふたりにはそんな関係でいてほしいなという気持ちで生産工場は稼働しています。
    (2024/07/19)
    butterfly kiss「あのね、遠野くん。ちょっとだけ聞いておきたくて」
     ふぅ、とひどく慎重に息を吐き、プレゼントの包みをそうっとほどくようなたおやかさで言葉が続く。
    「遠野くんはさ、僕にしてほしいことってあったりする? その、そういう時に」
     行儀良く膝の上に置いた指をもどかしげに絡ませるようにしながらぽつり、と吐き出されるおだやかな言葉に、息苦しいほどのあまやかな気配が立ちのぼる。こちらをまっすぐに見据えるかのようなまなざしはいつも通りにひどく穏やかで温かいのに、その奥には確かな〝予感〟を帯びた色が隠されているのがありありと伝わるから、いびつに揺らいだ心は音も立てずにぐらりと心地よく軋む。
    「あぁ……えっと、その」
     答えに窮したまま、手元のクッションをぎゅっと掴めば、気遣うようなやさしいまなざしがこちらへと注がれる。
    4603

    raixxx_3am

    DOODLEひよちゃんは幼少期のコミュニケーションが足りていないことと「察する」能力の高さから本音を押し殺すのが常になってしまったんだろうし、郁弥くんとは真逆のタイプな貴澄くんに心地よさを感じる反面、甘えすぎていないか不安になるんじゃないかな、ふたりには沢山お話をしてお互いの気持ちを確かめ合って欲しいな、と思うあまりに話ばっかしてんな僕の小説。
    (2024/05/12)
    君のこと なんて曇りのひとつもない、おだやかな優しい顔で笑う人なんだろう。たぶんそれが、はじめて彼の存在を胸に焼き付けられたその瞬間からいままで、変わらずにあり続ける想いだった。


    「あのね、鴫野くん。聞きたいことがあるんだけど……すこしだけ」
    「ん、なあに?」
     二人掛けのごくこじんまりとしたソファのもう片側――いつしか定位置となった場所に腰を下ろした相手からは、ぱちぱち、とゆっくりのまばたきをこぼしながら、まばゆい光を放つような、あたたかなまなざしがまっすぐにこちらへと注がれる。
     些か慎重すぎたろうか――いや、大切なことを話すのには、最低限の礼儀作法は欠かせないことなはずだし。そっと胸に手を当て、ささやかな決意を込めるかのように僕は話を切り出す。
    3709

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    raixxx_3am

    DONEすごくいまさらな日和くんのお誕生日ネタ。ふたりで公園に寄り道して一緒に帰るお話。恋愛未満、×ではなく+の距離感。貴澄くんのバスケ部での戦績などいろいろ捏造があります。(2023/05/05)
    帰り道の途中 不慣れでいたはずのものを、いつの間にか当たり前のように穏やかに受け止められるようになっていたことに気づく瞬間がいくつもある。
     いつだってごく自然にこちらへと飛び込んで来るまぶしいほどにまばゆく光輝くまなざしだとか、名前を呼んでくれる時の、すこし鼻にかかった穏やかでやわらかい響きをたたえた声だとか。
    「ねえ、遠野くん。もうすぐだよね、遠野くんの誕生日って」
     いつものように、くるくるとよく動くあざやかな光を宿した瞳でじいっとこちらを捉えるように見つめながら、やわらかに耳朶をくすぐるようなささやき声が落とされる。
     身長のほぼ変わらない鴫野くんとはこうして隣を歩いていても歩幅を合わせる必要がないだなんてことや、ごく自然に目の高さが合うからこそ、いつもまっすぐにあたたかなまなざしが届いて、その度にどこか照れくさいような気持ちになるだなんてことも、ふたりで過ごす時間ができてからすぐに気づいた、いままでにはなかった小さな変化のひとつだ。
    11803

    raixxx_3am

    DOODLEDF8話エンディング後の個人的な妄想というか願望。あの後は貴澄くんがみんなの元へ一緒に案内してくれたことで打ち解けられたんじゃないかなぁと。正直あんなかかわり方になってしまったら罪悪感と気まずさで相当ぎくしゃくするだろうし、そんな中で水泳とは直接かかわりあいのない貴澄くんが人懐っこい笑顔で話しかけてくれることが日和くんにとっては随分と救いになったんじゃないかなと思っています。
    ゆうがたフレンド「遠野くんってさ、郁弥と知り合ったのはいつからなの?」
     くるくるとよく動くまばゆく光り輝く瞳はじいっとこちらを捉えながら、興味深げにそう投げかけてくる。
     大丈夫、〝ほんとう〟のことを尋ねられてるわけじゃないことくらいはわかりきっているから――至極平静なふうを装いながら、お得意の愛想笑い混じりに僕は答える。
    「中学のころだよ。アメリカに居た時に、同じチームで泳ぐことになって、それで」
    「へえ、そうなんだぁ」
     途端に、対峙する相手の瞳にはぱぁっと瞬くような鮮やかで優しい光が灯される。
    「遠野くんも水泳留学してたんだね、さすがだよね」
    「いや、僕は両親の仕事の都合でアメリカに行くことになっただけで。それで――」
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    raixxx_3am

    DONEブックサンタ企画で書いたお話、恋愛未満。
    日和くんにとっての愛情や好意は相手に「都合のいい役割」をこなすことで得られる成果報酬のようなものとして捉えていたからこそ、貴澄くんが「当たり前のもの」として差し出してくれる好意に戸惑いながらも少しずつ心を開いていけるようになったんじゃないかと思っています。
    (2024.12.22)
     幼い頃からずっと、クリスマスの訪れを手放しで喜ぶことが出来ないままだった。
     片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
     ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
     仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
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