僕が知らない過去寮に帰宅すると、スティーブは迷うことなくバッキーのベッドにバスタオルを敷き、水を差し出し、毛布をきちんと整えた。
「熱はないけど……気分はどう?」と真剣な表情で覗き込んでくる様子は、もはや過保護の域を超えている。
「……おい、スティーブ! ちょっと落ち着けよ」
とバッキーは呆れ顔で笑う。
「俺は病人か?」
「今夜はそうだよ」と、真顔で返すスティーブ。
そのやりとりが妙に可笑しくて、ふたりの間にふっと柔らかい空気が流れる。
少し落ち着いた頃、バッキーが布団に身を沈めたままぽつりと聞いた。
「今日は、楽しかったか?」
スティーブが転校してきてから、こういう大人数での集まりに参加するのは初めてだった。しぶしぶだったとはいえ、楽しめていたのか、馴染めていたのか――バッキーは気にしていた。
「うん。十分楽しめたよ。誘ってくれてありがとう、バッキー」
「そっか。……なら、良かった」
だがそのあと、スティーブは視線を落として言った。
「けど……やっぱり、不安かな」
「……今日は本当にすまなかった。せっかくの初パーティーだったのに、俺が空気壊しちまって」と、バッキーは自分の体調のことを指して謝る。
だが、スティーブは慌てて手を振った。
「いや、そうじゃないんだ! あー……いや、じゃなくもないけど……」
「じゃあなんだよ?」
スティーブは顔を赤らめながら口ごもる。
「その……バッキー、君、今日モテモテだっただろ? 誰か好きな子とか……気になる子とか、いるのかなって」
「いや、それを言うならお前こそ――」
思わずそう言いかけたが、その先を飲み込む。言っても仕方ない、とどこかで自分を抑えるバッキー。
「アイツらは俺をからかってただけだ。……まぁ前に彼女はいたけど、去年の冬に別れた」
「えっ!? 彼女いたの!?」
スティーブが驚きで声を上げる。
「おい、うるさいぞ! ……もういいだろこの話は。あー、また頭痛くなってきたぜ……」と、バッキーは毛布を頭からかぶった。
「ごめん、ごめん……!」
慌てて謝るスティーブは、まるでガラス細工でも扱っているかのような繊細な動きで布団を直し、「とりあえず今日はもう寝かせてくれ」とバッキーは訴えた。
「……わかったよ。おやすみ、バッキー」
そう言って部屋のドアを静かに閉めたスティーブは、そのまま廊下の壁に寄りかかり、小さく溜め息を吐いた。
(彼女……いたんだ)
バッキーが過去に誰かと付き合っていたという事実が、心を重く沈みこませていく。ベッドに戻っても、胸がもやついて、スティーブはなかなか眠りにつけなかった。
翌朝、スティーブは寝不足の目をこすりながら、まだぼんやりした頭で着替えをしていた。昨夜の「彼女いた」発言が頭から離れず、微妙に距離をどう取ればいいのか分からない。
そんなとき。
「おい、スティーブ。お前、朝はパン派か?」
バッキーがトーストをくわえながら、コーヒーを2つ持って部屋に戻ってきた。
「え……?」
「コーヒー入れた。眠そうだったから、ブラックだとキツいかなと思ってミルク入れといたけど、いらなかったか?」
――思いがけず、スティーブの体調や気持ちに気づいてくれていたことが伝わる。
スティーブは不意を突かれて、言葉が出ない。
「な、なんだよ、飲まねぇのか? せっかく淹れたのに」
「あ……ありがとう、バッキー。うれしいよ……」
「あぁ、お安い御用さ。…別に大したことではない」
照れ隠しなのか、バッキーはさっさとパンを食べながら窓の外を見ている。
スティーブの胸が、あたたかくなる。
昨夜は、少し寂しかった。でも――
バッキーは、ちゃんと見てくれていたんだ。とそっと心を撫で下ろすスティーブだった。