春の日差しの中、小鳥のさえずりが聞こえて、チチは洗濯物を干していた手を止めて空を見上げた。
歌うような、何かを話しているかのような小鳥の声は耳に聞こえているのに不思議と小鳥自身の姿は目視できない。
どこか高い場所で歌っているのかもしれないし、もしかしたら吸い込まれそうな空を羽ばたきながら話しているのかもしれない。
そう思いながら日差しを眩しいと感じていたチチの唇から零れた言葉は、「いいなぁ」というそれだった。
「なにがいいんだ?」
「んー? ほれ、鳥さんは空飛べるから」
「筋斗雲使えばチチだって空飛べるじゃねぇか。なんだったらまた舞空術教えてやってもいいぞ」
「筋斗雲はおらを乗せて飛んでくれるありがてぇ子だべ。舞空術は、おらには向いてなかったの悟空さも覚えてるべ」
悟天が生まれるずっと前、夫も息子も自分を置いていってしまうと盛大にチチは悟空に対して拗ねたことがある。その際に悟空がチチの手を取り気の練り方、舞空術を教えようとした日々があった。
チチは格闘家としては悟空も認める能力の持ち主なのだが、気の扱いに関しては向き不向きの不向きだったのか、体得することはできず彼女は諦めてしまった。
「チチは悟天の師匠だろ? ほんで悟飯のやつが教えて舞空術使えるようになったんだから、今ならいけそうなもんだけどなぁ」
「んーん、やっぱりおらはいいだよ。いざってときは筋斗雲にお願いするし、きっとおらはそれくらいがいいんだべ。……空飛べるようになったら、悟空さのことどこまでも追いかけていっちまいそうだもん」
にこりと笑いチチは夫にそう言って、洗濯物を干す家事を再開する。
大きなシーツを物干しにかけて、布にチチの影が透ける。
その影が背後から現れた夫により抱きしめられた姿が映った。
じたばたと暴れるチチを容易く抱きしめて頬を擦り寄せる悟空は彼女だけに自分が彼女の翼になると呟く。一層密着するふたりの姿を洗い立てのシーツがゆるくはためきつつも隠していた。