君の願いが叶いますように 駅前のスーパーに入った途端、夏太郎が「あ!」と声を出したので、つられて尾形はそちらを見た。そこには大きな笹が壁にくくりつけられており、その下にはテーブルが出してあった。
テーブルの上には色とりどりの短冊とペンが置かれていて、壁には「みんなの ねがいごとが かないますように!」と張り紙がされていた。尾形の服の裾を引っ張りながら夏太郎が笹に向かうので、仕方なしについていく。
「何か書きましょうよ〜」
酔っ払いの夏太郎が振り返る。顔の赤みは落ち着いてきたが、まだテンションは高い。夏太郎の頬に手の甲を当てると少し熱かった。
「欲しいものもないのにか」
「欲しいものと、願い事は別ですぅ」
飲み屋での会話を思い出す。願い事が「宇宙征服」だった場合、欲しいものは「宇宙」になってしまうが、「世界平和」が願いのときに「世界」が欲しいとは言わないだろう。そういうことなんだろうな、と思うことにする。とはいえ夏太郎が宇宙が欲しいと言ってきたらどうしようか。宇宙が買えるとして、いくらぐらいかかるんだろう。
尾形は夏太郎に並んで短冊を手に取った。
「尾形さんの願い事は?」
しゃがみこんだ夏太郎が尾形を見上げる。昼間よりは幾分か涼しくなったとはいえ、まだまだ夜も暑い。夏太郎の額に張りついた前髪を指で流す。
「あー、お前がうちに住みますように」
「それぇ! ずっと言ってますけど、俺、大学卒業するまでは今の家にいますからね?」
「別にいいだろ、うちに来れば」
「だーめです、うちの方が大学近いですしぃ」
「半分ぐらいうちから通ってるくせに」
「は……んぶんはぁ、言い過ぎだと思いますぅ……」
油性ペンを両手で持ち、手のひらで転がす夏太郎の語尾が弱くなっていくのを聞いて、尾形は笑った。夏太郎は金曜の夜から尾形の家に来て、月曜の朝に帰ることが多い。なので半分ぐらい尾形の家から大学へ通っている、というのは言い過ぎだが、週の半分ぐらいを尾形の家で過ごしているのは事実である。週末以外にも遊びに来たり、泊まったりもしているので、下手すると半分以上尾形の家にいる週もある。
だったら残り半分もうちにいればいいだろう、と尾形はずっと言っているのだが、夏太郎は聞く耳を持たない。今のところは「大学卒業までは!」と言っているが、じゃあ卒業したらうちに来るのか。一度だけ酒の勢いで聞いたら「んふふふふふ」と可愛く笑って誤魔化された。
「ほんとに書いてるし……」
「願い事だからな」
「んえー」
そう言いながら夏太郎がやっとペンの蓋を外した。何を書くのかと上から覗き込めば「健」の文字が出てきた。まさか、コイツ。
「健康第一」
「それ、年明けにも言ってなかったか?」
「七草粥ですよね? そーです、健康第一ですよ〜」
夏太郎は堂々とした字で書いた「健康第一」の短冊を尾形に見せつけながら立ち上がる。笹にはすでにたくさんの短冊や折り紙で作った飾りがぶら下がっている。人の手が届きやすい高さは大渋滞していた。
「高い方が叶いやすいとか」
「ないですよー!」
尾形はニヤニヤしながら短冊の少ない笹の先っぽあたりにくくりつける。頬を膨らました夏太郎は手近なところに短冊を結んだ。
満足げな夏太郎がスーパーから出て行こうとするので腕を掴む。
「買い物」
「あ、そうでした」
二人は明日の朝食昼食の買い出しに来たのだ。このまま帰ったら、明日は朝から出かけることになる。何のためにスーパーに寄ったのか。
「あんぱん食べたいな〜」
「この時間って何が残ってるんだ?」
カートにカゴを乗せた夏太郎が店内に流れるBGMに合わせてリズムに乗り始めた。相当ご機嫌だな。尾形は揺れる夏太郎の髪の先を眺めながらそう思った。