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    ことざき

    @KotozakiKaname

    GW:TのK暁に今は夢中。
    Xと支部に生息しています。

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    ことざき

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    桜木棗さん(@na2me84)から頂いたK暁のお題「誰のせいだと思ってる」で書かせていただきました。ありがとうございます。

    #K暁

    誰のせいだと思ってる 一週間後、暁人がオレの部屋に来る。
     何度か晩飯を奢ってやった礼として、手料理をふるまいたいのだそうだ。作り置きまでしてくれるらしい。居酒屋からの帰り道に、「外食続きじゃ出費がかさむし、カップ麺ばかりだと栄養が偏るから」と、ひどく真剣な顔で提案された。
     恋人が自ら部屋を訪れ、飯まで作ると言っているのだ。本来なら年甲斐もなく舞いあがるところだろうが、オレは素直に喜べなかった。
     埃と郵便物だらけの廊下。洗濯物で埋もれた洗面所。ヤニで黄ばんだ壁と天井、ガラス窓。飯を食うならリビングだが、あそこも脱ぎっぱなしの服と出しそこねたゴミ袋、祓ってそのまま放置している呪物だらけだ。アイツが立ち入ることになるキッチンも、アジトと同じくカップ麺の空容器に占拠されている。
     改めて挙げてみると自分でもその汚さに引いてしまう。黄泉路でちらっとだけ垣間見えたアイツの部屋を思いだせば、真逆も真逆。まさに〝百年の恋も冷める〟ような惨状だろう。
     赤々と燃えたつ夕陽を背景に、フライパンと鍋を詰めたリュックを背負い、ネギがのぞくエコバッグを提げて部屋を訪ねて来る暁人。よれたスウェットとかかとの潰れた靴で出迎えるオレ。ドアを開けたとたん、タバコの煙とカップ麺のすえたにおいが外へと流れだす。鼻をひくつかせたアイツは、物が散乱した廊下をのぞきこんで顔をしかめると、じっとりとした半目でこちらを睨みつけ……。
     とんでもない勢いで脳裏に流れてゆく映像に、オレは心底ふるえあがった。
     ――断ったほうがいい。絶対に断るべきだ。
     しかし、妙に自己評価の低い暁人のこと。理由も言わず強硬に突っぱねれば、アイツ自身を拒否したと受け取られかねない。かといって、部屋の状態を馬鹿正直に伝えるのも憚られる。
     葛藤のすえ、恥を忍んで「まともな調理器具なんて持ってねえ」とだけ白状すると、「だと思ってた」とあっさり返されてしまった。「調理器具と調味料は持って行くし、まずは掃除から始めるから、気にしないで」とも。どうやら、先ほどのオレの妄想そのままに、必要な物はすべて持参するつもりでいるらしかった。
     二回りほど年下の想い人から寄越される生温い笑みには心臓を抉られる思いだったが、暁人にはすでにアジトの惨状を知られている。ろくな反論もできないまま、あれよあれよという間に話は進み、気づいたときには完全に日取りが決まってしまっていた。

     と、そんなわけで、今。オレは腕まくりをしてキッチンの入り口に立っていた。一週間後のXデーに向けて、季節外れの大掃除を執り行うためだ。
     暁人はああ言っていたが、いくらなんでもゴミ掃除からさせるわけにはいかないだろう。バイト代も出るアジトの掃除と、オレの部屋の片づけとでは、意味合いがまったく異なる。こんなことで幻滅されてしまっては悔やんでも悔やみきれない。……これで幻滅されるなら、あの情けなく喚きまわる姿を見られた時点で見限られているだろうと思わなくもなかったが、それはそれ、これはこれだった。
     まずは散乱したカップ麺の空容器を片づけて、コンロとカウンターにこびりついた油汚れを落とし、シンクに浮いたサビを……どう取ればいいのだろうか、これは。
     掃除の段取りを組む時点で、オレはさっそく難問にぶち当たってしまった。
     さすがにバイクのサビ取りでは強すぎるだろうか。いや、いきなり使う前に、まずは普通にこすって取れるか確認するのが先だろう。だが、こするのはタワシでいいのか、それとももっと柔らかいスポンジのほうがいいのか。それにしても、シンクに浮いたサビなど、署でもアジトでも見たことがない。いつの間にできたんだ、こんなもの。
     キッチンのカウンターに両手を突き、呆然と赤サビを見下ろしていたオレの耳に、アナログ時計の無情な針の音が届いた。
     ああ、そうだ。こうして悩んでいる間にも時間はどんどん過ぎてゆく。キッチンは後回しにして、別の場所から片づけたほうがいいだろう。幸い、約束の日までまだ一週間ある。明日にでも、暁人にそれとなく手入れの仕方を訊けばいい。そして、必要な掃除道具と一緒に、最低限の調理器具と二人分の食器を買い揃えてしまうのだ。
     改めて気合いを入れなおしたオレが次にとりかかったのは、どこよりも物が散らかっているリビングダイニングだった。
     さすがに一週間でここを全部を片づけるのは無理がある。が、せめてテーブル周りはきれいにしておくべきだろう。呪物と書籍とガシェットはまとめて寝室に放りこむとして、不要な書類とチラシはゴミ袋に入れ、新聞紙はビニール紐でくくって部屋の隅へ。脱ぎ散らかした服は洗濯機に……と思ったが、ここでも問題にいきあたった。
     ゴミ袋もビニール紐も、ヤニ取り用の洗剤や雑巾も、年季が入った掃除機の替えのゴミパックすら、何もかもすべてが足りないのだ。もしかしてと思い至って確認したトイレの芳香剤は見事に中身が空っぽになっていたし、トイレットペーパーはストックがない。何度も洗濯機をまわすことを考えれば、洗濯洗剤も途中で切れるかもしれない。この部屋とトイレ、洗濯物の山に手をつけるのも、やはり先に必要な物を調達してからのほうがいい。

     こうして、キッチン、リビングダイニング、廊下、トイレと、まったくどこも片づけられないまま、買い物リストだけを作って一日目は終わった。
     二日目は、暁人にさりげなく掃除のやり方を訊ねる方法が思い浮かばず、何もできないまま一日が過ぎた。
     三日目は買い出しだけで日がどっぷりと暮れ、四日目は丸一日調査で駆けずりまわって夜が明けた。
     五日目は反動で半日以上惰眠を貪ってしまい、部屋中の大きなゴミをまとめるだけで精一杯だった。
     死ぬ気で休みをもぎとった六日目。ガキの頃の夏休みの宿題よろしく、まるで計画性のない自分を本気で恨みながら、オレは明け方までかけて部屋中を磨きあげた。
     つるつるになったキッチンのコンロ、シンク、カウンター。久々に全体像が見えたリビングのダイニングテーブルとソファ、ローテーブル。元の色を取り戻した壁とガラス窓。そして廊下からトイレに至るまで、とりあえず見られるようにはなった、はずだ。店員に丸投げして選ばせた調理器具も、ひととおりは揃っている、だろう。
     あらゆる物を詰めこめるだけ詰めこんだ寝室は、足の踏み場もないひどい有様になっていたが、とりあえず明日、いや、今日が無事に終わればそれでいい。
     オレはタバコのにおいが消えたソファで丸くなり、雀のさえずり声を聞きながら、新調したばかりの毛布をひっかぶって短い仮眠をとった。

     そして迎えた運命の七日目。
     意気揚々と事務所に顔を出したオレを、二日ぶりに姿を見る暁人が出迎えた。
     おはよう、と控えめな笑顔で駆け寄って来た年下の恋人は、オレの顔をみるなりさっと顔を曇らせた。
    「ねえ、KK」
     一週間前の強引さはどこへやら、妙に遠慮深げな声がオレの名を呼ぶ。
    「もしかして、体調悪い?」
    「いいや」
     睡眠不足からくる怠さは多少あるものの、これくらいでへばるようなヤワな鍛え方はしていない。出掛けに鏡を見たときも、指摘されるほど顔色は悪くなかったはずだ。不思議に思いながら答えると、暁人はますます悲壮な顔つきになった。蚊の鳴くような声が絞りだされる。
    「じゃあ、さ。僕が家に行くの、そんなに迷惑だった?」
    「……はあ?」
     思いもよらない言葉に大声が出た。とたんに暁人が唇を噛んでうつむく。こうなると、コイツは貝のように固く口を閉ざしてしまいかねない。オレは慌てて目の前の肩を両手でわしづかんだ。
    「んなわけねえだろ」
     でなければ、この一週間の骨折りはいったい何のためだったと言うのか。昨日にいたっては、貴重な有休を丸一日潰し、徹夜までして大掃除をしたというのに。
    「……そうなの?」
     一拍おいて、暁人が上目遣いで見上げてきた。オレの言葉を信じきれないらしく、声にも目にも不安の色がのっている。
    「でもこの一週間、視線は感じるのに振り返っても目が合わないし、僕が何を言っても上の空で、仕事が終わったらさっさと帰っちゃうし……。今も、疲れたような顔してるのに、体調は悪くないって言うから」
     ふたたびうつむいた暁人が、ぽつりと言葉を落とした。
    「僕が強引に話をすすめたせいで、ずっとKKを悩ませちゃってたのかな、って」
     迷子の子どものように頼りない暁人の姿を見下ろしながら、オレはようやく自分の過ちに思い至っていた。
     ――そうか、オレはまた肝心なことを言わないまま、勝手に張りきって、勝手に空回っていたのか。
     自分で自分をぶん殴ってやりたい気分になりながら、先ほどまでのオレと同じように自己完結しかけている暁人を黙って見つめる。ゆっくりと口を開いた。
    「ああそうだよ。この一週間、ずっと今日のことが頭から離れなかった。いくらオマエが気にしないと言っても、ロクに掃除もしてねえ散らかり放題の部屋に、平然と恋人をあげられるわけねえだろ」
     年の瀬にだって、あんなに気合いを入れて掃除したことはない。準備だけでも大変だった。おまけに、自分では使いもしない調理器具や二人分の食器まで買い揃えた。とんだ出費だ。
    「やっぱり迷惑だったんだね」
    「そうじゃねえよ」
     飯を作りに行くと暁人が言ったとき、自分では舞いあがっていないと思っていたが、それは間違いだったのだと今なら分かる。あのときのオレは、舞いあがっていることすら自覚できないほど浮かれ散らしていたのだ。まったくもって年甲斐もなく。
     この一週間、必死に掃除のやり方を調べ、凛子とエドのからかいにも耐えて有休をもぎとり、店員に言われるがまま商品を買って、一日中わき目もふらずに掃除していた。
     それもこれもすべてはこの日のため。そして、あわよくば二度目、三度目の約束を取りつけるためだ。
     こんな、らしくもねえことをオレがやる羽目になったのは、
    「誰のせいだと思ってる」
     責任もって約束どおり飯を作りに来い。でなきゃ鬼になって一晩中泣き喚いてやるぞ。

     隠しておきたかった本心をぶちまけたオレは、ぽかんと間抜け面を晒している暁人の肩を、ヤケクソ気味に強く引き寄せた。
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    ことざき

    DONEこぼれ落ちてゆくもの。K暁。薄暗い。

    診断メーカー【あなたに書いて欲しい物語(ID:801664)】さんの【「ぱちりと目が合った」で始まり、「君は否定も肯定もしなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字程度)でお願いします。】から。
    忘れじの行く末に ぱちりと目が合った。それで分かった。これは夢なのだと。
     僕が右手を伸ばすと、彼もまた右手を差しだしてきた。重ねた指先は突きぬけなかった。筋張ってゴツゴツとした手の甲、かさついた皮膚の感触。やや低い、じんわりとした体温。握りこめば、同じだけの力で握りかえされた。
     彼がいる。今ここに、僕の目の前に。確かな身体を持って。夢でもかまわない。だって、彼がここにいるのだ。
     心臓を鋭い痛みが貫いた。喉が締めつけられ、押し戻された空気で顔中が熱くなった。気づいた時には、目の前のすべてが歪んでいた。
     波立つ水面のように揺らめく視界では、彼の姿を脳裏に焼きつけられない。しゃくりあげながら顔を拭おうとした僕より早く、彼の手の平が頬をおおった。そのまま親指の腹で目元をこすられる。とても優しい仕草なのに、硬いささくれが皮膚に刺さって痛い。思わず息を呑むと、覚えのある苦い香りが鼻先を掠めた。
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