「――――*カズデルスラング*」
「死にたいのか?」
寝入りばなに唐突に聞こえてきた罵倒に反射的にベッドの下の刀へと手が伸びるが、指先が触れた本の背表紙に今自分が置かれた状況を思い出し脱力する。その行動を止めるでもなく、傍らの男はぽつりぽつりと言葉を続けた。
「直訳だと『角に枕が刺さった間抜け』で合ってる? 枕とかテントとか訳せるけど」
「……言い伝えが正しければ枕でいい。数百年は前の、臆病者の王の伝説だが」
夜襲にあった際、豪奢な枕に角が刺さって身動きが取れずそのまま首を落とされた王の話は野営地では鉄板の笑い話だった。あそこで育った子供なら誰だって知っている、他愛のない昔話。焚火に照らされた誰かの笑う声は鮮明に思い出せるというのに、しかしその話を最初に誰に聞いたのかをエンカクはとうの昔に思い出すことができなくなってしまっていた。
「私に枕を譲ってくれたのはそういうのが関係あったりする?」
「あるわけがないだろう。サルカズの全員が枕を使わないとでも言うつもりか」
「それもそうか。うん、君の背丈だと頭がヘッドボードに刺さってしまいそうだなと思って、そうしたらそんな諺あったなって」
「お前はずいぶんと余裕のある姿勢で眠るんだな」
「暗に小さいって言われてるな? まあ君と比べたら身長は低いよ実際」
いつもの通り十倍の語彙で言い返されるのかと思えば、男はあくび混じりの不明瞭な発音で独り言のように続けた。
「こんな言葉を知っているなんて、昔の私はずいぶんと口が悪かったらしい。ああ、なんでこんな下らないことばっかり思い出したんだろうな。思い出すならもっと、もっと大事な、」
言葉の続きは夢の世界へと持ち去られてしまった。何を言いたかったのかを理解するつもりもなければ、聞き出す理由もエンカクは持っていなかった。静かすぎる寝息に、生きているのかさえ不安になるような男の寝姿だった。ほんの数センチ手を伸ばして力を込めれば、この男はその静かな呼吸すら止めてしまうだろう。当たり前の結末を、しかしエンカクはその日は選ばなかった。永遠に選べないのかもしれないし、いつか必ずその日が来るのかもしれない。こんな下らないことを考えてしまうのは、とうとう目の前の男の言動が伝染してしまったのかもしれない。だからこんならしくないことをするのも、すべてはこの男が悪いのだ。
角のない丸い頭を抱え込むように姿勢を整える。かすかな体臭の奥に渇望する戦場の匂いを嗅いだ気がして、満足そうにエンカクは微笑み瞼を閉じた。