ハロウィンの恋平日の朝は雄と一緒に登校するためにお互いの家の中間地点にある公園で待ち合わせをしている。いつも私の方が少し早めに着くのだが、今日は珍しい先客がいた。
「おはようございます」
「おはよう!ナナミン!」
「おはようございます七海サン!」
虎杖くんと猪野くんである。小学生が登校するには早い時間なのに何故、という疑問はその後の言葉ですぐに解消した。
「「トリックオアトリート!」」
「…ああ、今日はハロウィンでしたね」
十月三十一日。今まで特に縁のなかったイベントの名前を思い出す。
「すみません、お菓子を持っていないのですが…」
「だと思った!これあげる!」
「学校でせびられたら配ってください!」
「…ありがとうございます」
自分より幼い子供にお菓子を恵んでもらってなんだか申し訳ないが、確かに(雄の)クラスメイトからせびられる可能性を否定できないため大人しく受け取っておく。
「あとこれ」
続いて二人から差し出されたのはパン屋の袋。中を見ると自分の好物であるカスクートが入っていた。
「これは…ハロウィンのお菓子にしては豪勢ですが…」
「なんて言えばいいんだろう…お供え?」
「お供え!?」
「命日っすから」
「誰の?」
「ナナミン(七海さん)の」
「私!?」
「七海の!?」
自分よりも大きな声に振り返ると、今日も愛らしい姿の雄が目を見開いていた。
「雄?」
「七海…今日命日だったの…?僕知らなかった…」
「私も知らなかったんだから別に気にしなくても」
「僕だって、ちゃんと七海を偲ぶんだから!」
いや、偲ばなくていいから。というツッコミは届かなかった。
「今日は僕、七海と顔を合わせないから、昼休みも僕のクラスに来ちゃダメだよ!」
***
「いない…」
今朝の言葉を忘れたわけではないが、雄との時間は一秒でも削りたくない。いつも通りチャイムと共に大急ぎで別棟にある十組に来たが、雄の姿はなかった。
「トリックオアトリート!」
「トリートです。雄はどこにいますか?」
例の呪文に今朝もらった菓子を渡し難を逃れる。雄の居場所を聞くきっかけになったので必要経費だろう。
「灰原?授業が終わってから急いで出ていったな」
「そうですか…。どこに行くか何か話してましたか?」
「別に何も。なになに、お前ら喧嘩した?」
「今日は私の命日だから顔を合わせない、と」
「『今日がお前の命日だ!』ってやつ?お前、本当に何やらかしたの?」
「なにも」
今朝の出来事を加味しても避けられることに心当たりなんてない。よっぽど情けない顔をしていたのか、背中を力強く叩かれた。
「…そんなしょんぼりすんなって!ほら!灰原の写真の新作見るか?」
「いえ、今は本物の雄の方がみたいので」
「さいですか。…仕方ねーな、俺たちも探してやるよ、なあ」
「いいぞ」
「見つけたら購買のメロンパン奢れよ」
「ありがとうございます」
協力して探したが、昼休みが終わるまでに雄を見つけることはできなかった。
***
放課後、やはり全力で飛び出していった雄を探していると、十組の男子から連絡が入った。
「こんな所にいた」
「七海!?…よくここがわかったね」
「雄のことなら当たり前だ…と言いたい所だけど。雄のクラスメイトが教えてくれたんだ」
体育館裏の品揃えの悪い自販機の横のベンチ。バスケ部員が休憩中によく使う場所らしい。
「それで…なんで今日、私は避けられていたのだろうか」
隣に座り片手を重ねる。本当は抱き込みたかったが、雄の落ち込み方がそれを許さなかった。
「七海を偲びたくて…」
「私はここにいるのに」
「今の七海じゃなくて…その…」
雄は私に気を遣ってか『昔の七海』というのを言うのをためらう。別に気にしなくてもいいのに。
「あの時の七海は僕にとってたった一人の同級生で、いつも隣にいる存在だった。その七海がいなくなったら僕はどうなっていたんだろうって考えてたんだ」
「たった一人?」
私にとって雄は唯一無二だが、同級生という単語を修飾するには不適切な気がする。
「僕たちが通ってた学校は特殊でね、多くても先輩の学年が三人で後輩にいたっては一人しかいなかった」
昔の私は随分閉鎖的な環境にいたようだ。少し羨ましい。雄を独り占めできるなんて夢のようだ。
「いつも隣にいる七海がいなくなったら…僕は…」
雄の目に涙がたまる。とっさに手で拭って抱きついた。
「考えなくていい」
耳元で囁く。雄が落ち着くようにゆっくりと。
「私は…今の私はずっと雄のそばにいる。だから、いなくなるなんて想像でもしないでくれ」
「七海…」
***
「お、ラッキー、あたり」
放課後までツッコミをする気はないと二本目のドリンクのボタンを押した。
***
「ところで、どうして雄は私の命日を知らなかったんだ?」
「僕が先に死んだからね」
「は?」
「あっ!」