此方も同じショーケースの中に並ぶ色とりどりのケーキを見つめて、ソウゲンはうーんと首を傾げた。鈴蘭に連れて来られた小洒落た店は花やリボンで飾られたとても可愛らしいお店で。ショーケースの中のケーキも自分の知っているものとは全然違うのだなぁと唖然とした。
「鈴蘭殿のおすすめはどれなのです?」
「うーん…どれも美味しいよ。…スフレもふわふわだし、ベイクドチーズケーキはちょっと前に流行ったもんね。ガトーショコラもいいしね。あ、オペラ美味しいんだよ!あ、でも、あんまり甘すぎるのは得意じゃないかな。ティラミスはどう?」
次々口から出るケーキの名前はまるで呪文のよう。指をさしながら教えてくれるその様子は、何百年も前に見た団子を嬉しそうに選ぶその姿そのものだった。
「そしたら、鈴蘭殿の1番好きなのを」
「え〜また、そうやって…」
そう話していると、ショーケースの向こうの女性が面白そうにクスクスと笑っていた。いつまでも、決め切らずわいわいとしているからだろうか。それに気がついた鈴蘭は少し気恥ずかしそうに頬を染めて、誤魔化すようにショーケースを覗きこんだ。
「…じゃぁ、オペラとティラミスを。コーヒーセットで。砂糖は一つで」
そう言って、鈴蘭は鞄から財布を取り出した。
「あ、鈴蘭殿…小生が…」
そう言ってソウゲンも鞄に手を伸ばすが、そこはやんわりと鈴蘭が静止する。
「だめだよ。お誕生日でしょ」
その顔はとても真剣で。絶対に譲ってくれないのは明らかだ。
「そうだったのです」
そう言って、鞄から手を離して。今度は用意されたケーキの乗ったトレイに手を伸ばした。その様子を見て、鈴蘭は慌てて財布を鞄にしまおうとする。きっと、それすら自分がすると言いたいのだろうが、ソウゲンは鈴蘭が財布を仕舞ったのを確認するとするりと先を歩き出した。
「あ、待ってよ。僕が持つから…!」
なんて言っても、ソウゲンの方が脚が長い。ササッと席についてしまう。しまいには、椅子まで引いてくれるのだ。
「どうぞ」
「……あ、ありがとう」
「いえいえ」
自分がエスコートしようとしても、先にソウゲンがしてしまう。しかし、何をするにも、ソウゲンの動きはスマートで惚れ惚れしてしまうのだ。それがなんだか少しだけ悔しい。コーヒーのカップとケーキの皿が目の前にするりと移動してくる。ほらまた、少し考え事をしている間に、彼が用意してくれるのだ。
「不服そうですね」
「だって。…全部ソウゲンちゃんがしちゃうんだもん」
「ふふふ。お誕生日、ですからね。でも、その前に私は鈴蘭殿の恋人ですので」
だから、何でもしてあげたいのは一緒なんだと言葉にしなくても言いたい事は分かる。
「……まぁ、そうなんだけどさ」
オペラに、フォークを突き刺して。パクッとそれを口に含む。ふわりと鼻に抜けるブランデーの香りに、上品な甘さのチョコレート。大好きな店の大好きなケーキにふわりと頬が緩んでしまう。それを見ながら、ソウゲンもティラミスを口に含んだ。
「…うむ、確かに甘さが控えめで食べやすいのです。コーヒーによくあいそうですね。流石鈴蘭殿の見立てなのです」
そう言うと、彼はフォークでもう一度それを掬い鈴蘭の方へと差し出す。
「鈴蘭殿も、食べてみませんか?」
ニコニコと嬉しそうに。
「いや、だから、ソウゲンちゃんの誕生日だからさ」
笑っていると、断らないでと言いたげな顔でフォークをずいと差し出す。
「お誕生日ですから、鈴蘭殿がニコニコしてくれるのが一番嬉しいのですよ」
なんていうのだ。確かにちょっとこだわり過ぎていたかもしれない。そう思ってパクリとそれを口に含む。
「ん、美味しいね」
そう笑うと、またフォークがティラミスを乗せてこちらに向いた。「そんなに要らないよ〜」なんて言っても、やっぱりその手を引いてはくれなかったから。鈴蘭は自分のケーキを半分切って、ソウゲンの皿に乗せたのだった。