④「おはよ〜ございます」
扉を開けて、あくびを1つ。タイムカードを押しながら挨拶をして、中へ入る。いつもなら何人かから挨拶が返ってくるのに、今日は誰も返事をしない。一番乗りだったかなぁと思いながらデスクへ行くと、隣の席に人だかりが出来ていた。珍しい。だってそこは踪玄の席だ。
「どうかしたんですか?」
視線をそこへやると、踪玄のデスクの上にはいくつかのケーキが並べられていた。
「よかったらどうぞ。……感想を教えて頂けたら嬉しいのですが」
そう言われ、すぐにピンと来た。
「もしかして、ケーキ作ったんですか?」
「えぇ、練習しておこうかと思いまして」
ずっと、相談を聞いていたから、なんのためになんていうのは聞かなくても分かる。恋人の誕生日プレゼントだ。贈るものが無事に見つかったのは良いが、それを恋人より先に食べてしまっても良いものだろうかと差し出されたケーキを受け取るのに、すこし躊躇した。
「…味は大丈夫だと思いますが」
「いや、あの……恋人さんより、先に食べてしまってもいいんですか?」
そう尋ねると、踪玄は今気がついたと言わんばかりに口をあんぐりと開けて、フリーズした。
「あ、や……そうですね…しかし、美味しくないものを送るわけにもいきませんので…」
それを言われたらそうなのだが。まぁ、そんな事で怒ったり嫉妬するような恋人ではなさそうだし。
「僕が秘密にしてたら大丈夫ですね」
そう笑うと「よろしくお願いします」と踪玄も笑っていた。並べられたケーキはチョコレートとシフォンケーキ。シンプルな方が良いような気もするし、チョコレートが好きなのでそれも一応作ってみましたと説明された。どちらも甘さが控えめなのは、彼自身が甘いものがあまり得意ではないからかもしれない。
「どっちも、美味しいですよ。もう少し甘い方がコーヒーにはあうかもしれませんけど、お酒とあわせるならこれくらいでも大丈夫かと思います。はじめてでこんなに作れるんですね、すごいです」
思わず沢山話してしまうくらいには美味しかった。そう言うと、踪玄は恥ずかしそうに小さく笑う。
「いえ、実は何回か作りまして。……自分で食べるのには飽きてしまって持ってきた……と言ったら笑いますか?」
肩を竦めて話すその姿は、なぜだかとても愛らしく見えて。
「いや、恋人さん、愛されてていいなぁと思いますよ」
そう言うと一層恥ずかしそうに頬を染めて、それを誤魔化すようにデスクの上のケーキを1つ摘んで、口へ頬張った。コーヒーで口を潤して。
「あぁ、本当に。もう少し甘いほうがいいかも知れないですね」
そう、まるで独り言のように呟いた。