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    ななみ

    ch6ee

    PASTねこ主とななみのねこのひ
    ※ご都合術式

     吾輩は猫である、名前はまだない……ではない。私にはれっきとした名前もあれば学歴も職歴もあって、それから家族は……家族は夏目漱石の「吾輩」と一緒でいない。仕事の帰りに気が抜けたら後部座席で猫になってしまっていた。原因は明らかで、直前の憑き物のせいだろう。うわ、と声を出した瞬間に視界のアイレベルがどんどん下がる。そのせいですぐに異変に気づいた運転席の同僚はひどく素っ頓狂な声を出して路肩に車を停め、私の姿を探そうと後部座席のドアを開いて私の着ていた衣服の中を探って私の新しい身体を抱き起こした。明るいところで自分が伸ばした腕を見れば、一面のグレイ。なぜ、と思いながら手に力をいれれば尖った爪がぬるりと光り、また補助監督の彼女の叫び声を――今度は間近で――聞くことになる。取り落とされない分マシだった、と思いながら彼女は再び私を後部座席に戻し、上司に電話をかけ始める。彼女と一緒でよかった、緊急時の手順が身についている同僚は信頼がおける。そう思いながらガラス越しに彼女を見上げれば頻繁に視線が合う。ドアが再びあいて、すみません、そんな断りとともに自分が撫で回されているのを感じるが、普段の信頼関係からは抗議する気にもなれない。電話が終わるまで彼女は私の首から背から、何から何まで撫で回して――代わりに電話の終了とともにその手を止めて私の着ていた衣服を畳み始めた。さっき助け出されたときにうすうす気づいていたが、今の私は何も身につけていない。ジャケットから下着、ストッキングに至るまで軽く畳んでトランクルームから出した紙袋にまとめる彼女に、ごめん、と言い掛けたらんやあん、と想定内の鳴き声が自分から出て何も伝わらなかった。人間に戻ったときにお礼をしよう、そうするしかなかった。
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