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    殺生丸

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と両親*


     殺すも生かすも心次第。
     然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。
    「皮肉な名前をつけたものだ」
     故に、殺生丸と。
     命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。
    「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」
    「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」
    「むぅ」
    「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」
    「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」
     少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。
     そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。
    「それに、 1429

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸とりん*


     それは現つ御神やもしれない。
     茂みに潜り込んで見つけた、煌煌と降り注ぐ白い朝陽の下には少女が未だかつて知らぬほどに美しきひとの姿。村の外れから広がるこの慣れ親しんだ森がいつもと景色が違う、と感じた正体は『これ』だ。その人影が横たわっている箇所だけ樹冠が焼き尽くされたようにぽっかりと失われていたのだ。
     たぷ、竹筒の中で水が跳ねる。
     りんの村に住む者たちではない。行商でもない。どこからどう見ても落ち武者などという存在ではなく──陽光を浴び神々しさすら放つ者は今まで少女が短い命の中で見たこともない類のいきもの。
    「(きれい)」
     幼子の持つ数少ない言葉の中でそれを表現するにもっともふさわしいと思ったのが、美しさを褒め称える言葉。
     遠目で見ただけでも分かる。あれは人ならざる者であると。妖(あやかし)の類であるか、精霊であるか、それとも真なる神であるか。そのいずれであるかはさしたる問題ではない。重要なことは、その美しい人影がひどく傷ついているということ。卯の花よりも白く長い髪は、陽の光が角度を変えるごとに、ぱちくりとりんの大きな目が瞬きをするたびに色を変える。
     姫さまなど見た 2768

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸とご母堂*


     牛車くらい貸してやろう、持っていけ。
    「あの小娘は身寄りもいないのだろう。ならば嫁入り道具なども持ってはおるまい。ここのものを持っていくがよい」
     化粧道具一式から香道具まで。箪笥に長持に美しい反物の数々。
     見目麗しき女妖怪はあれやこれやと家来どもに命じて殺生丸が口を挟むことも許さず慌ただしく貢物を用意させた。鞍には米俵まで積んである。全く、あの小娘を嫁にしたのであれば一度この母の元へ連れてくるのが道理だろう。そんな『当たり前』を指摘したところで聞くような息子でないことはとうに分かっていた。
     かつて父が人間の小娘に心奪われて以来か弱き人の種を嫌悪してきた息子がこうも手のひらを返すとは、とそれでも女はどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
    「要らぬと言っておろう」
     それに対して息子が口にするのは相も変わらない言葉。
    「ならば小娘を連れてこい。それで免じてやろう」
    「誰が連れてくるものか」
    「……根に持っておるのか?」
     いまだに?
     問えば殺生丸は眉間に刻んだ皺をさらに増やすのみ。
     どこまで知っていたのかは今となって問い正すつもりもないが、今でも気に食わないことは確か。冥道へ 1858

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸ととわ(妄想)*


    「この髪、好きじゃなかった」
     娘は告白した。「この髪の色のせいで……色んな奴らに目つけられて。本気になればあんな奴ら一発だったけど、草太パパと約束したから」と。
     だからいつもやりすぎない程度に反撃して返り討ち。けれど中途半端に闘争心に火をつける結果となり、喧嘩を売られるたびに相手の人数は増えていった。白髪、脱色、ヤンキー、メッシュ女。今まで言われた悪口の数々はもう覚えていないほど。
    「……」
     父親は黙ってそれを聞く。
    「私は……自分が半妖だって知らなかった。せつなの髪は真っ黒で……私は白くて。昔はなんとも思わなかったんだ、髪の色なんて。草太パパも萌ママも芽衣も私とは違う色だったけど……気にしたことなんて なかった」
     けれど街へ一度出れば。
     自分と同じ髪色の子供なんて見たことがなかった。お父さん外国人? とか、お母さんは? とか、親の話を聞かれてもとわは何一つ答えることもできなかった。草太だけはとわが何を言おうとも信じてくれたし、彼女の髪の色も「綺麗だね」と言ってくれていた。
     それでも好きにはなれなかった。
    「……だから厭うか」
     この髪を。
     するととわはふるふると 1485

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と十六夜*


    「あぁもう、どうしようどうしよう……ごめん殺生丸! 少しだけでいい、ただ抱いてるだけでいいから翡翠を見ておいてくれ!」
     戻ってくると言ったはずの法師さまは戻ってこないし、琥珀は薪割りに行ってしまったし、かごめちゃんも楓さまのところに行っちゃったから。だから少しの間でいい、少しだけ見ておいてくれ!
     とまぁ、つまるところ殺生丸に拒否権などない様子でまくしたてられ、妖怪はやわらかい受け物を退治屋の女から受け取った。
     喃語ばかり口にする赤子のことを知らない訳ではない。珊瑚、琥珀、金と玉の名を持つ娘たちに翡翠。よくもまぁ人間にしては大層な名をつけたものだが、そんなことはどうでもいい。お願い、と赤子を押し付けてきた母親は確かに大忙しらしく、飛来骨を握りしめて家を出て行った。外れに妖怪が出ただとか村人が叫んでいたからだろうか。
    「……解せぬ……」
     請われれば殺生丸は妖怪を始末してもよいとまで思っていたのに、どうしてこうなるのか。
    「あ、殺生丸さま」
    「……」
    「さっき珊瑚さまが妖怪退治だって出て行ったけど……翡翠、こんなところにいたんだ」
    「……やる」
    「だめですよう、せっかく寝てる 2271

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    MOURNING琥珀と殺生丸(妄想)


    「なぜ私の邪魔をする」
    「……どうしても、です」
    「返事になっておらぬ」
    「…………」
     琥珀は息を吸った。
     尊大な物言いは変わらない。人間にとっての十と余年は幼子が立派な戦士になるには十分すぎる時間だが、妖怪にとってはそれこそ矢よりも疾く消え去っていくだけの刹那。人にとっての永遠さえ、殺生丸にとってはただひとときでしかない。
     故にそんな瞬きの合間に性格が変わることなんてない。
    「なぜだ 琥珀」
    「……確かにせつなは殺生丸さまのご息女ですが……退治屋の仲間です。退治屋の仲間は家族も同じ。彼女がどう思おうが……生まれがどうであろうが、もう せつなはおれたち退治屋の家族です」
    「……」
    「家族に 家族を殺させやしません」
    「…………」
    「おれは奈落の手にかかり、自分の父と退治屋の仲間を殺しました」
    「……貴様」
    「抗えなかったなどと言い訳はしません。家族だけでなく……多くの罪なき人びとを この手で。姉上すら……りんをも殺そうとしたのは事実だ」
    「だからなんだと言う」
    「どんな理由であれ、おれはせつなに家族を殺させるつもりなどありません。例えそれが、殺生丸さまの御心だったとしても 2151

    妖怪ろくろ回し

    MOURNINGせつなと殺生丸(妄想)*


     ふざけるな、と娘は激昂した。
     そんなことをしてまで人間を我が物にしたかったのか、と実の父親を問い詰める形相はその父生き写しだ。静謐の中で燃え盛る青い炎のように、無音の中で荒れ狂う大波のように彼女は怒り狂う。ちょっと、やめなよ。そう言うとわの言葉など当然聞こえていない。
     夢と記憶を奪った胡蝶をけしかけたのが父親だと知れれば。
     彼女の怒りは尤もだ。とわは住んでいた場所から弾き出されたとはいえ、何一つとして奪われていない。懐かしく暖かな夕陽を脳裏にしかと刻み込んだまま、いつか再会することを願いのうのうと生きてきたのだから。妹の苦しみを理解してやることなど不可能なのだ。
    「我が眠りを奪っておいて、尚そう言うか!」
    「……」
     父親は答えない。
     どうしてせつなの夢を奪ったの?
     どうしてせつなから眠りを奪ったの?
     どうして 妹から記憶を奪ったの?
     貝殻よりも固いとわの口が開くことはない。尋ねなければならないことは多い。愛する妹から優しい夜の眠りを奪い去った理由を問い質さなければならなかった。例え如何なる理由があろうとも──娘の夢を奪うほどの理由があるのなら──それを教えて欲 1956

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸ともろは(妄想)*


    「いーのかよ、こんなんでさ」
     姪を名乗る四半妖の小娘は唇を尖らせた。
     あ、これ食べる? と大きな大きな風呂敷のようなものから彼女が取り出したものはいつか見たことのある食べ物。時折犬夜叉やかごめたちから臭っていた、アレだ。芋と脂と何かの臭いが混じった、とにかく臭いの強いもの。そんな印象しかないが、この世に似つかわしくない見慣れぬ文字が刻まれたそれは『あちら側』から持ち込んだものだということはすぐに分かった。
    「食わぬ」
     それは鼻が曲がる。
    「……そこには返事するのかよ」
     じゃアタシが独り占め。もろはは嬉しそうに袋を破り、薄暗い川辺にあの臭いが漂い始める。
    「……臭い」
    「風下に座るからだって。言っとくけど、アタシは動かねぇからな」
    「……」
     答えない殺生丸のほうをもろははちらりと一瞥し、再び視線を袋の中に戻す。もう残りは少ない、折角ならみんなで分ければよかったかな、とも思ったがすぐにその考えは捨てる。どうせせつなはこの目の前の殺生丸と同じで「臭い」と言って切り捨てるし、とわはあぁ見えてすぐに遠慮する性格だ。いずれにせよ一人で食べることになっただろうし、と容赦なくそれを口 2454

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と刀々斎(妄想)*


     カーン カーン
     小気味いい音が鳴る。人っ子一人見当たらない薄いぐらい洞穴で老翁が刀を叩く音は恐ろしいほどに響き、無言の続く空気を叩き割る。
    「(だぁから嫌だったんだけどなぁ)」
     口から火を噴く刀鍛冶の妖怪はいつまでも慣れることのない妙な緊張感に冷や汗を垂らした。
     犬の大将から頼まれていなければ金輪際関わりたくないとすら思えるその刀の持ち主たる妖怪は口を閉じたまま刀々斎の近くで微動だにせず座ったままだ。すぐ終わる、その辺で待っていろと告げたのは老妖怪自身だが、出来上がったら持って行くとでも言えばよかったと遅すぎる後悔を今更ながら抱く。
     随分と丸くはなったものの、それでもこの殺生丸という男は気まぐれが服を着て歩いているようなものだ。以前ほど激しい気性ではないし、出会い頭に「殺すぞ」なんて物騒な言葉を投げつけてくることもなくなったが、それでも不機嫌を丸出しにした殺生丸とは口を聞きたくないのが本音だ。
    「……刀々斎」
    「んだ」
     弟と共々揃って人間の小娘に入れ込み、あろうことかその間に娘まで儲けてもその性格はひん曲がったままだ。
    「私は 父上と同じ轍は踏まぬ」
    「まだなんも言 1892