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DOODLE博さん抱えないと安眠できなくなった事実を認めようとしないおじ炎さんの話nightcap「まだ終わらないのか」
「先に寝てていいって言ったのに」
薄い夜着に腰の刀だけの姿で現れたエンカクに、男はため息をついた。時刻はとっくに夜シフトの時間に切り替わっており、最低限に抑えられた照明が執務机につく男のこけた頬を照らしている。自分と違いいつまでも年齢をとらないと思っていたが、よく見ればその顔には年月の影がある。彼とて月日の前では置いて行かれる者でしかないのだという当たり前の現実に気がつくまで、もうこんなにも時間がたってしまった。
「眠いんだろう?」
「眠くない」
「もう、そんな顔で言われてもね」
実際、本当に眠くはないのだ。どころか眠気が通り過ぎて行ってしまって困った結果、わざわざ彼の執務室にまで来てしまったのだから。彼の言葉を無視して勝手知ったる執務室へと足を踏み入れる。机の上は昼間より数段片付いていて、彼があまり現在の作業を続けるつもりはないのだということが見て取れた。
1529「先に寝てていいって言ったのに」
薄い夜着に腰の刀だけの姿で現れたエンカクに、男はため息をついた。時刻はとっくに夜シフトの時間に切り替わっており、最低限に抑えられた照明が執務机につく男のこけた頬を照らしている。自分と違いいつまでも年齢をとらないと思っていたが、よく見ればその顔には年月の影がある。彼とて月日の前では置いて行かれる者でしかないのだという当たり前の現実に気がつくまで、もうこんなにも時間がたってしまった。
「眠いんだろう?」
「眠くない」
「もう、そんな顔で言われてもね」
実際、本当に眠くはないのだ。どころか眠気が通り過ぎて行ってしまって困った結果、わざわざ彼の執務室にまで来てしまったのだから。彼の言葉を無視して勝手知ったる執務室へと足を踏み入れる。机の上は昼間より数段片付いていて、彼があまり現在の作業を続けるつもりはないのだということが見て取れた。
落書き
MOURNING炎博♂甲斐甲斐しい介護
夜明けの痴人 血の河を泳ぐ。
一歩、靴の底が洗われる。もう一歩、焦げ付いた砂利がこびりつく。振り返ると一直線の足跡がどれだけ長い距離を逃げてきたのかを露わにする。真っ赤な荒野に沢山の死体が積みあがっている。それらはみな綺麗な断面をしていて、それでいて香ばしかった。物言わぬ遺体から流れるはずの血は乾いている。あんまり綺麗に斬りおとされて、焼かれて固められたから。無駄なく一太刀で首を落とされた兵士たちの断面は焼き鳥みたいにじゅうぶんに火を通されていて、だから腹がすく。あんまりじゃないか、人の死体を目の前にして腹を空かせるなんて……。けれども現実主義、或いはニヒリズムはこれらの遺体に情的価値を見出さない。死体はただの肉の塊であるから、火が通ればそりゃ焼肉パーティーだ。ドクターははあはあと息を切らしながら、涎を喉奥からとめどなく溢れさせながら、恐ろしい何者かから逃げていた。炎のにおいがする!
2236一歩、靴の底が洗われる。もう一歩、焦げ付いた砂利がこびりつく。振り返ると一直線の足跡がどれだけ長い距離を逃げてきたのかを露わにする。真っ赤な荒野に沢山の死体が積みあがっている。それらはみな綺麗な断面をしていて、それでいて香ばしかった。物言わぬ遺体から流れるはずの血は乾いている。あんまり綺麗に斬りおとされて、焼かれて固められたから。無駄なく一太刀で首を落とされた兵士たちの断面は焼き鳥みたいにじゅうぶんに火を通されていて、だから腹がすく。あんまりじゃないか、人の死体を目の前にして腹を空かせるなんて……。けれども現実主義、或いはニヒリズムはこれらの遺体に情的価値を見出さない。死体はただの肉の塊であるから、火が通ればそりゃ焼肉パーティーだ。ドクターははあはあと息を切らしながら、涎を喉奥からとめどなく溢れさせながら、恐ろしい何者かから逃げていた。炎のにおいがする!
ももた
MOURNINGおじ炎博のあるかもしれないお終いの日のお話。死ネタです。こんな穏やかな終わりもあるかもしれないなぁとも思うし、もしかしたら過酷な終わりかもしれないなぁとも思います。
一度思いついたら頭から離れずちょっと落ち込んだので供養です。 7
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DOODLE夜市で仲良く串焼きを食べる話。炎博屋台食べ歩きしてくれ~~~~~ 龍門での会合の帰り、寄りたい場所があるからと途中でアーミヤたちと別れたドクターは、護衛のエンカクひとりを伴ってぶらりと電飾輝く通りを歩いていた。
「ホシグマが教えてくれたんだ、今日はここに夜市が立つからって」
「祭りか何かか」
「下町の各地域をね、巡回するらしい。といっても不定期だからありつけるかどうかは地元の人でもわからないらしいけど」
なるほど、移動式の屋台が多いのはそのためか。見れば道に置かれた看板はどれも軽く、持ち運びが容易なものばかりで、吊り下げられた電飾はコンパクトな収納式のものだった。それでもこれだけの数が並べば壮観としかいいようのない景色であり、人と食事の生み出す熱気にエンカクですら気圧されそうになるほどの喧騒が、その一帯には満ちていた。
1222「ホシグマが教えてくれたんだ、今日はここに夜市が立つからって」
「祭りか何かか」
「下町の各地域をね、巡回するらしい。といっても不定期だからありつけるかどうかは地元の人でもわからないらしいけど」
なるほど、移動式の屋台が多いのはそのためか。見れば道に置かれた看板はどれも軽く、持ち運びが容易なものばかりで、吊り下げられた電飾はコンパクトな収納式のものだった。それでもこれだけの数が並べば壮観としかいいようのない景色であり、人と食事の生み出す熱気にエンカクですら気圧されそうになるほどの喧騒が、その一帯には満ちていた。
ももた
TRAININGまたトーストネタを書いてしまった炎博の短いお話です。そうは見えないかもしれませんが、炎博です。
イグゼキュターとちょこっとだけパフューマーが出てきますが、何でこの面子かと言えば自分が好きなキャラだからでして。 5
ももた
TRAINING以前書いたご都合展開で子供になってしまったドクターのお話(https://poipiku.com/418270/7468845.html)の系列。検査で注射することになったドクターとエンカクの短いお話。炎博です。
文中ちっちゃいドクターが言ってる「ちょうちょの」っていうのは翼状針のことです。 9
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DOODLEハロウィンにちょっと不安になる炎博の話ハッピーハロウィン! たとえばこの人よりもやや低い体温だとか、動作の鈍い手足だとか、何が彼の不安を煽るのかはわからないのだけれど、時おり彼の手のひらが強く私の腕に食い込むことがある。
「エンカク」
本人に指摘すれば途端に怒り出すだろうけれど、こういう時の彼の眼差しはひどく不安に揺れている。誰かが手の届かないところにいってしまうことなど日常茶飯事で、私たちもお互い何度も諦めかけた夜を過ごしてきた。そのためか、はたまたそれですらなのか、夜闇に輝く炎色の眼差しは常よりもいっとう輝きを深くし、捕らえられた私もろとも彼自身すら焼き尽くしてしまいそうなほどだった。
彼の唇は真一文字に引き結ばれ、ほころぶ様子は微塵もない。けれども私は横紙破りの大好きな卑怯卑劣な指揮官であったので、掴まれた腕をそのままにちょっとだけ背伸びをする。薄いくちびるは私よりも体温が低かった。ひょっとしたらただ私が勝手に興奮していただけなのかもしれないけれど、少なくともその一点においては彼のほうが向こう側に一歩近かったので、どちらかといえば慌てなければならないのは私のほうなのだった。
1309「エンカク」
本人に指摘すれば途端に怒り出すだろうけれど、こういう時の彼の眼差しはひどく不安に揺れている。誰かが手の届かないところにいってしまうことなど日常茶飯事で、私たちもお互い何度も諦めかけた夜を過ごしてきた。そのためか、はたまたそれですらなのか、夜闇に輝く炎色の眼差しは常よりもいっとう輝きを深くし、捕らえられた私もろとも彼自身すら焼き尽くしてしまいそうなほどだった。
彼の唇は真一文字に引き結ばれ、ほころぶ様子は微塵もない。けれども私は横紙破りの大好きな卑怯卑劣な指揮官であったので、掴まれた腕をそのままにちょっとだけ背伸びをする。薄いくちびるは私よりも体温が低かった。ひょっとしたらただ私が勝手に興奮していただけなのかもしれないけれど、少なくともその一点においては彼のほうが向こう側に一歩近かったので、どちらかといえば慌てなければならないのは私のほうなのだった。
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DOODLE小隊長やってる炎さんがモブ部下と話してたら炎博熱愛報道に発展した話時間の問題「小隊長がエリートオペレーターへの推薦を辞退なさったというのは本当ですか?」
まさかこの自分がもう一度部隊を率いるなど思ってもみなかったが、気がつけばその肩書で呼ばれることにも違和感をおぼえなくなってずいぶんと久しい。その中でも一番最近配属された黒毛のヴァルポがおそるおそるといった様子で尋ねてきた内容に、周囲の隊員たちは、あ、と口を開いた。
「あのドクターの護衛も単独で務められてるんですよね、それってエリートオペレーターの方々でもそうそうないことだと思ってるんですが」
やや興奮気味に言い募る新人の奥で、部下連中が誰が止めに来るのかのじゃんけんを始めた。お前たち悠長にそんなことをする余裕があったらさっさと全員で来い。と念じたところで貧乏くじを引きたくない連中はどこ吹く風である。俺の部下だけあって肝が据わっている。あとで訓練内容を追加してやろうと固く決意しつつ、エンカクは目の前の若い彼に対して今まで何度も繰り返してきた言葉をうんざりと吐き出した。
1551まさかこの自分がもう一度部隊を率いるなど思ってもみなかったが、気がつけばその肩書で呼ばれることにも違和感をおぼえなくなってずいぶんと久しい。その中でも一番最近配属された黒毛のヴァルポがおそるおそるといった様子で尋ねてきた内容に、周囲の隊員たちは、あ、と口を開いた。
「あのドクターの護衛も単独で務められてるんですよね、それってエリートオペレーターの方々でもそうそうないことだと思ってるんですが」
やや興奮気味に言い募る新人の奥で、部下連中が誰が止めに来るのかのじゃんけんを始めた。お前たち悠長にそんなことをする余裕があったらさっさと全員で来い。と念じたところで貧乏くじを引きたくない連中はどこ吹く風である。俺の部下だけあって肝が据わっている。あとで訓練内容を追加してやろうと固く決意しつつ、エンカクは目の前の若い彼に対して今まで何度も繰り返してきた言葉をうんざりと吐き出した。
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DOODLE仕事中のおやつタイムにいちゃつく二人の話 例えば節が目立つようになった指だとか、いっそうかさつきが増えた手のひらだとか、彼に関する記憶はとにかく手に関するものが多い。
「そろそろ休憩を入れろ」
ことりと小さく音を立てて置かれたマグカップには湯気の立つコーヒーがなみなみと注がれている。あまりに飲みすぎるものだから一日何杯までと制限をつけられたのはもう何年前のことだったか。傍らの彼がいないときにこっそり消費してこっぴどく叱られた思い出のほうが鮮明に思い出せてしまって、私はマグカップを見下ろしながら微笑んでしまった。
「いい知らせでもあったのか」
「いいや、君が優しかったことを思い出してた」
「思い出し笑いは痴呆の始まりらしいぞ」
「記憶喪失分さえ差し引けばけっこうなヤングなんだけどね私」
1693「そろそろ休憩を入れろ」
ことりと小さく音を立てて置かれたマグカップには湯気の立つコーヒーがなみなみと注がれている。あまりに飲みすぎるものだから一日何杯までと制限をつけられたのはもう何年前のことだったか。傍らの彼がいないときにこっそり消費してこっぴどく叱られた思い出のほうが鮮明に思い出せてしまって、私はマグカップを見下ろしながら微笑んでしまった。
「いい知らせでもあったのか」
「いいや、君が優しかったことを思い出してた」
「思い出し笑いは痴呆の始まりらしいぞ」
「記憶喪失分さえ差し引けばけっこうなヤングなんだけどね私」
ももた
MOURNING乗るしかねぇこのビッグウェーブに!と思って書いたおじ炎博の短いお話。長いこと一緒にいたらまあ丸くなるだろうという妄想の果て気付けば熟年夫婦みたいになっていました。
おじ炎博という概念を生み出してくれた方には感謝しかないなと思いました。 6
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DOODLE炎さんの怪我の治療のために博が走り回る下らない理由 簡易宿舎の裏手でのうのうと煙草をふかしている血まみれの姿を見つけたときの私の感想を三十文字以内で答えよ。(配点:十五点)
「ちゃんと医療班のところに行ってれば、私みたいな素人の簡易手当なんか受けなくて済んだのに」
「頼んでいない」
私の天幕に引きずり込んだときには素直に着いてきたくせに、いざ応急手当キットを起動し始めると途端にそっぽを向く。さすがに呆れ果てた私はエンカクの傷口の上にばしゃんと乱暴に消毒液をぶっかけた。だって酷くない? 戦場指揮が一段落して後処理をスタッフにきちんと引き継いでから慌てて駆け込んだ医療班の天幕に、本日一番の大金星を上げた刀術士の姿を見つけられなかったときの焦燥感。もともと彼は自身の体について無頓着なところがあって、通常の健診すらサボろうとするのでしょっちゅうお前が何とかしろと医療部から私が怒られる羽目になっている。言って聞くような男なら私だってこんなに苦労してないんだよ、まったく。私の素人に毛すら生えていない乱暴な手つきの処置に、しかし彼は無感動な眼差しを向けただけで眉ひとつ動かすことはなかった。見てる私のほうが痛いほどの傷はキットの放つほのかなアーツの光に照らされ、端末の表示はぶっちぎりの赤から黄色にまでじわじわと回復していく。効果時間をフルに使い切って停止した装置を下ろしていくつかの項目をチェックしてから、ようやく私は安堵のため息をつくことができたのだった。
1604「ちゃんと医療班のところに行ってれば、私みたいな素人の簡易手当なんか受けなくて済んだのに」
「頼んでいない」
私の天幕に引きずり込んだときには素直に着いてきたくせに、いざ応急手当キットを起動し始めると途端にそっぽを向く。さすがに呆れ果てた私はエンカクの傷口の上にばしゃんと乱暴に消毒液をぶっかけた。だって酷くない? 戦場指揮が一段落して後処理をスタッフにきちんと引き継いでから慌てて駆け込んだ医療班の天幕に、本日一番の大金星を上げた刀術士の姿を見つけられなかったときの焦燥感。もともと彼は自身の体について無頓着なところがあって、通常の健診すらサボろうとするのでしょっちゅうお前が何とかしろと医療部から私が怒られる羽目になっている。言って聞くような男なら私だってこんなに苦労してないんだよ、まったく。私の素人に毛すら生えていない乱暴な手つきの処置に、しかし彼は無感動な眼差しを向けただけで眉ひとつ動かすことはなかった。見てる私のほうが痛いほどの傷はキットの放つほのかなアーツの光に照らされ、端末の表示はぶっちぎりの赤から黄色にまでじわじわと回復していく。効果時間をフルに使い切って停止した装置を下ろしていくつかの項目をチェックしてから、ようやく私は安堵のため息をつくことができたのだった。
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DOODLE炎さんの同居人モブがひたすら喋ってるだけ。モブは炎さんについてちょっと誤解している。春の嵐に巻き込まれ 唐突だが、俺の同居人の話を聞いてほしい。
そいつは俺と同じサルカズで、俺とは比較にもならないくらいのイケメンなんだけど、とうとうあいつにも春が来たっぽいんだよ!
ロドスの一般向け居住区はルームシェアが基本だ。二人部屋か四人部屋が多くて、俺は二人部屋のほうに住んでる。もちろんお偉いさんたちは個室暮らしらしいし、もっと広いエリアを借り上げてる金持ちな人もいるらしいんだけど、俺のような内勤の一般職オペレーターなんかは大体二人部屋だ。理由として、この艦はかなり大きいクラスではあるけど収容人数的にそこまで余裕があるわけじゃないことと、住人の多くが感染者ってことにある。サーベイランスマシーンの装着は義務付けられているけど、万が一の場合にすみやかに緊急通報装置のボタンを押す必要があるから、できるだけ誰かと一緒に住んでたほうがいいっていう合理的だけどやるせない理由。ま、そんな事態にいままで出くわしたことはないけど、だから俺みたいな感染者のサルカズは同居相手に同じ感染者のサルカズを希望することが多い。
3936そいつは俺と同じサルカズで、俺とは比較にもならないくらいのイケメンなんだけど、とうとうあいつにも春が来たっぽいんだよ!
ロドスの一般向け居住区はルームシェアが基本だ。二人部屋か四人部屋が多くて、俺は二人部屋のほうに住んでる。もちろんお偉いさんたちは個室暮らしらしいし、もっと広いエリアを借り上げてる金持ちな人もいるらしいんだけど、俺のような内勤の一般職オペレーターなんかは大体二人部屋だ。理由として、この艦はかなり大きいクラスではあるけど収容人数的にそこまで余裕があるわけじゃないことと、住人の多くが感染者ってことにある。サーベイランスマシーンの装着は義務付けられているけど、万が一の場合にすみやかに緊急通報装置のボタンを押す必要があるから、できるだけ誰かと一緒に住んでたほうがいいっていう合理的だけどやるせない理由。ま、そんな事態にいままで出くわしたことはないけど、だから俺みたいな感染者のサルカズは同居相手に同じ感染者のサルカズを希望することが多い。
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DOODLE花布さんの素敵呟きに便乗しました 指輪が欲しいなどと、口にしたことはないのだけれど。
例えば長期任務に出発する朝だとか、別に彼と一緒の作戦ではなかったとしても、身支度を急がせた彼は無言で私を手招きする。窓の外はまだ暗く、宵っ張りの星々でさえまだ二度寝を決め込んでいるような時間帯。もたもたとフードの紐を結び終えた私は、左手の手袋だけを外しながら促されたとおりに彼の膝の上にそろりと腰かける。そうすればとっくに準備を整えていた彼の手のひらがぐいと私の左手をつかみ、右手に持った小さな刷毛でただ一本の指の爪だけを彼の色に染め上げていくのだった。
無論、背後から覆いかぶさられているので彼の表情を窺い見ることは難しい。無理やり身体をひねればできなくはないだろうが、そうすればこの時間は二度と手に入れることはかなわないだろう。彼よりも一回りは小さい爪は、刷毛がほんの数往復してしまえばあっさりと塗り終わってしまう。触るなよ、という言葉が降ってくるのが終わりの合図で、しかし器用に片手で刷毛を戻した彼はまだ私の左手を掴んだまま。信用がない。なさすぎる。まあ思い当たる節ならばいくらでもあるのだけれど。
883例えば長期任務に出発する朝だとか、別に彼と一緒の作戦ではなかったとしても、身支度を急がせた彼は無言で私を手招きする。窓の外はまだ暗く、宵っ張りの星々でさえまだ二度寝を決め込んでいるような時間帯。もたもたとフードの紐を結び終えた私は、左手の手袋だけを外しながら促されたとおりに彼の膝の上にそろりと腰かける。そうすればとっくに準備を整えていた彼の手のひらがぐいと私の左手をつかみ、右手に持った小さな刷毛でただ一本の指の爪だけを彼の色に染め上げていくのだった。
無論、背後から覆いかぶさられているので彼の表情を窺い見ることは難しい。無理やり身体をひねればできなくはないだろうが、そうすればこの時間は二度と手に入れることはかなわないだろう。彼よりも一回りは小さい爪は、刷毛がほんの数往復してしまえばあっさりと塗り終わってしまう。触るなよ、という言葉が降ってくるのが終わりの合図で、しかし器用に片手で刷毛を戻した彼はまだ私の左手を掴んだまま。信用がない。なさすぎる。まあ思い当たる節ならばいくらでもあるのだけれど。
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DOODLE花垣さんの最高素敵イラストを見てくれ!!!!!! 警戒を怠るな、なんて安易に言ってくれる。
寝顔なんて大体の人間が間抜けな表情を晒すものだ。いくら見上げるほどの長身に引き締まった体躯、股下が少なく見積もっても五キロあるサルカズ傭兵だったとしても例外ではない。半眼のままぐらりぐらりとソファに身体を預ける男を横目に、ドクターはつとめて平静そのものの表情を必死に取り繕った。というのも横に腰かける男がここまでの醜態を晒している理由の大部分はドクターにあるため、うっかり忍び笑いひとつもらせばたちどころにドクターの首は胴体と永遠にさよならするはめになるだろうからである。
思い返すのも嫌になるくらい酷い戦いだった。天候は悪く足元はぬかるみ、視界はきかない。そんな中でも何とか追加の負傷者を出さずに拠点まで戻って来れたのはドクターの腕でも何でもなく、今回の作戦のメンバーの練度の高さと運である。その中でもひときわ目立つ働きを見せたのが横でひっくり返っているエンカクである。傭兵としてくぐった場数が違うのだと鼻で笑われたが、なるほどそれを言うだけの実力を見せつけられれば文句など出てくる余地もない。現代の戦場においては映画やおとぎ話とは違ってたったひとりの活躍で盤面がひっくり返ることなどまずありえない。だが彼の鬼神もかくやという活躍を見てしまえばうっかり夢物語を信じてしまいそうになる。いや、指揮官がこんな思考ではまずい。当然のことではあるが、ドクター自身もだいぶ疲労がたまっているらしい。意識を切り替えるためにコーヒーでももらいに行くかと立ち上がろうとした瞬間、ごつんと右肩にぶつかる硬くて強くて重いものがあった。
922寝顔なんて大体の人間が間抜けな表情を晒すものだ。いくら見上げるほどの長身に引き締まった体躯、股下が少なく見積もっても五キロあるサルカズ傭兵だったとしても例外ではない。半眼のままぐらりぐらりとソファに身体を預ける男を横目に、ドクターはつとめて平静そのものの表情を必死に取り繕った。というのも横に腰かける男がここまでの醜態を晒している理由の大部分はドクターにあるため、うっかり忍び笑いひとつもらせばたちどころにドクターの首は胴体と永遠にさよならするはめになるだろうからである。
思い返すのも嫌になるくらい酷い戦いだった。天候は悪く足元はぬかるみ、視界はきかない。そんな中でも何とか追加の負傷者を出さずに拠点まで戻って来れたのはドクターの腕でも何でもなく、今回の作戦のメンバーの練度の高さと運である。その中でもひときわ目立つ働きを見せたのが横でひっくり返っているエンカクである。傭兵としてくぐった場数が違うのだと鼻で笑われたが、なるほどそれを言うだけの実力を見せつけられれば文句など出てくる余地もない。現代の戦場においては映画やおとぎ話とは違ってたったひとりの活躍で盤面がひっくり返ることなどまずありえない。だが彼の鬼神もかくやという活躍を見てしまえばうっかり夢物語を信じてしまいそうになる。いや、指揮官がこんな思考ではまずい。当然のことではあるが、ドクター自身もだいぶ疲労がたまっているらしい。意識を切り替えるためにコーヒーでももらいに行くかと立ち上がろうとした瞬間、ごつんと右肩にぶつかる硬くて強くて重いものがあった。
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DOODLE炎さんの刻印の話。10000000%捏造しかない。炎さんはこのランプの近くに博がいるとわかるので(またこんな時間まで仕事してるのか…)てクソデカため息ついて様子見に来てくれる(愛)
炎と印と ドクターの部屋には小さなランプがある。
医療部の古株のブラッドブルードから何やら吹き込まれたらしい上司は、ベッドに押し倒そうとしたこちらの肩を制止し横へ座るよううながした。
「刻印? …………なくはないが」
「ほんとにあるんだ!」
どうしてそんな古臭い風習を持ち出してしかも喜んでいるのか、さっぱり理解できないエンカクはもう話題を打ち切って本日の主目的に入っていいかと物理的にドクターの体に聞こうとしたが、相手は珍しく全力で(とはいえエンカクにとってはそよ風のようなものでしかなかったが)抵抗し会話の続きを望んだのだった。
「実際はどんなものなんだい。ワルファリンは仕事で使ってるハンコだって言ってて、マドロックは堅石? なんか特別な岩石だって教えてくれたんだ。氏族によっては失伝してしまったりもしてるらしいから、てっきりエンカクもかと思ってたんだけど」
1276医療部の古株のブラッドブルードから何やら吹き込まれたらしい上司は、ベッドに押し倒そうとしたこちらの肩を制止し横へ座るよううながした。
「刻印? …………なくはないが」
「ほんとにあるんだ!」
どうしてそんな古臭い風習を持ち出してしかも喜んでいるのか、さっぱり理解できないエンカクはもう話題を打ち切って本日の主目的に入っていいかと物理的にドクターの体に聞こうとしたが、相手は珍しく全力で(とはいえエンカクにとってはそよ風のようなものでしかなかったが)抵抗し会話の続きを望んだのだった。
「実際はどんなものなんだい。ワルファリンは仕事で使ってるハンコだって言ってて、マドロックは堅石? なんか特別な岩石だって教えてくれたんだ。氏族によっては失伝してしまったりもしてるらしいから、てっきりエンカクもかと思ってたんだけど」
ももた
TRAINING気遣いが出来るマッターホルンとドクターが他愛のない話をする短いお話。エンカクは出てきませんが炎博です。
自分用覚書メモ:羽獣=鶏、肉獣=豚、牧獣=牛、駄獣=馬、鉗獣=蟹、鱗獣=魚らしい。 4
ももた
TRAININGドクターと信頼度10億のエンカクが寝入り前にいちゃつくお話。ヤマもオチもないです。以前書いたセシリアとエンカクのお話の続きのような感じになりますが、そういうことも弊社ではあったんだなーと思って頂ければ。
尻尾のお話は自分の捏造なのでご容赦ください。 5
ももた
TRAINING作戦終了後にハイになってしまったドクターとそんなドクターに不用意に近づいてしまってエンカクの短い炎博のお話。ギャグです。うちのドクターはこういうことをやって後から正気に戻って頭を抱えるんだろうなぁという印象。 3
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DOODLE花布さんの素敵最高イラストを見てくれ ドクターと呼ばれる男は、自分の手で花を摘んだ記憶が一度もない。戦場で、指先ひとつ呼吸ひとつで人の命を奪う人間が花一輪、と馬鹿にされるだろうが、何故ならばドクターが手にする花はすべて目の前の男が選び摘み取ったものだからである。
押し付けられた花束を無造作にかき抱きつつ、その大きな手のひらの持ち主を見上げる。彼は何も言わない。いつだって何も言わない。花の名前も、産地も、花言葉の各地域における意味の違いさえドクターは知っている。だが男がそれらを手渡して来る意味を、ドクターはいまだつかみかねている。長く抱えているから、指先には草の香りがしみついてしまっているだろう。それはおそらく彼の剣を握るための傷だらけの指も同様のはずで、血の匂いの消えぬところまで同じだ、とふと笑みがこぼれてしまった。
616押し付けられた花束を無造作にかき抱きつつ、その大きな手のひらの持ち主を見上げる。彼は何も言わない。いつだって何も言わない。花の名前も、産地も、花言葉の各地域における意味の違いさえドクターは知っている。だが男がそれらを手渡して来る意味を、ドクターはいまだつかみかねている。長く抱えているから、指先には草の香りがしみついてしまっているだろう。それはおそらく彼の剣を握るための傷だらけの指も同様のはずで、血の匂いの消えぬところまで同じだ、とふと笑みがこぼれてしまった。
ももた
TRAINING※現在開催中の『吾れ先導者たらん』のお話がちょい含まれます。自分が見たいを詰め込んだエンカクのお話。小さい子とおっき人はやはり健康に良い。
イベスト読み終えてから書きたいところをつらつら書いていた物を綺麗にしたつもりですが綺麗になっているといいな。 6
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DOODLE二段アイスを食べる炎さんとひとくちもらえてご満悦な博の話メープル、キャラメル、クミンシード 頭上の太陽よりもなお熱い眼差しに、とうとう根負けしたエンカクは手元の二段に盛られたアイスクリームからひとさじ掬って隣の人間の口に放り込んだ。
「美味しい!」
「そうか。良かったな」
途端にパッと笑顔になった男は、先ほどまでの凝視が白昼夢か何かだったのかと思うほどに締まりのない顔をさらしている。ぐるりと見渡した小さな広場には他にもいくつか出店があり、その中でも一番の行列を作っているのはほんの数分前に商品を受け取った、このアイスクリームの移動式屋台だった。周囲にはエンカク同様にアイスクリームコーンを片手に談笑する姿が多く見られ、そこだけを切り取ればのどかな休日の風景でしかない。ちらりと見上げた逆光の中に弓持つ護衛がいることを確認しつつ、エンカクは溶けかけた上段のアイスクリームをもう一口かじった。
1391「美味しい!」
「そうか。良かったな」
途端にパッと笑顔になった男は、先ほどまでの凝視が白昼夢か何かだったのかと思うほどに締まりのない顔をさらしている。ぐるりと見渡した小さな広場には他にもいくつか出店があり、その中でも一番の行列を作っているのはほんの数分前に商品を受け取った、このアイスクリームの移動式屋台だった。周囲にはエンカク同様にアイスクリームコーンを片手に談笑する姿が多く見られ、そこだけを切り取ればのどかな休日の風景でしかない。ちらりと見上げた逆光の中に弓持つ護衛がいることを確認しつつ、エンカクは溶けかけた上段のアイスクリームをもう一口かじった。
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DOODLE腕枕について物申したい博とそんなことよりさっさと寝てほしい炎さんの話「エンカク、ちょっとお話があります」
「俺にはないからさっさと寝ろ。今何時だと思っている」
「正論! 正論なんだけどちょっとだけだからお話聞いて!」
すでにシーツに身を横たえ就寝準備ばっちり整った彼の横で叫んでいると、強制的に腕の中に抱え込まれて寝る体勢に持っていかれてしまった。これはいけない。そもそも今回議題に上げたいのはこの体勢についてのことなのに。
「じゃあこのままでいいから聞いてくれ」
「明かりを消すぞ」
「だから聞いてってばー!」
勝手知ったるとばかりにスイッチ一つで常夜灯に切り替えられ、肉体に蓄積したほどよい疲労がじわりと全身に眠気を広げていく。だが私はこう見えてもそれなりの修羅場を――具体的には終わらない書類とか締め切りは翌日の始業開始までとか出張先の簡易指揮所のテントで泣きながら忘れていた追加書類を捌いたりだとかを乗り越えてきた人間なので、なんとか瞼をこじ開けて彼の腕から抜け出したのだった。
1539「俺にはないからさっさと寝ろ。今何時だと思っている」
「正論! 正論なんだけどちょっとだけだからお話聞いて!」
すでにシーツに身を横たえ就寝準備ばっちり整った彼の横で叫んでいると、強制的に腕の中に抱え込まれて寝る体勢に持っていかれてしまった。これはいけない。そもそも今回議題に上げたいのはこの体勢についてのことなのに。
「じゃあこのままでいいから聞いてくれ」
「明かりを消すぞ」
「だから聞いてってばー!」
勝手知ったるとばかりにスイッチ一つで常夜灯に切り替えられ、肉体に蓄積したほどよい疲労がじわりと全身に眠気を広げていく。だが私はこう見えてもそれなりの修羅場を――具体的には終わらない書類とか締め切りは翌日の始業開始までとか出張先の簡易指揮所のテントで泣きながら忘れていた追加書類を捌いたりだとかを乗り越えてきた人間なので、なんとか瞼をこじ開けて彼の腕から抜け出したのだった。
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DOODLEピロートーク炎博。サルカズ語の諺を捏造しています。「――――*カズデルスラング*」
「死にたいのか?」
寝入りばなに唐突に聞こえてきた罵倒に反射的にベッドの下の刀へと手が伸びるが、指先が触れた本の背表紙に今自分が置かれた状況を思い出し脱力する。その行動を止めるでもなく、傍らの男はぽつりぽつりと言葉を続けた。
「直訳だと『角に枕が刺さった間抜け』で合ってる? 枕とかテントとか訳せるけど」
「……言い伝えが正しければ枕でいい。数百年は前の、臆病者の王の伝説だが」
夜襲にあった際、豪奢な枕に角が刺さって身動きが取れずそのまま首を落とされた王の話は野営地では鉄板の笑い話だった。あそこで育った子供なら誰だって知っている、他愛のない昔話。焚火に照らされた誰かの笑う声は鮮明に思い出せるというのに、しかしその話を最初に誰に聞いたのかをエンカクはとうの昔に思い出すことができなくなってしまっていた。
1057「死にたいのか?」
寝入りばなに唐突に聞こえてきた罵倒に反射的にベッドの下の刀へと手が伸びるが、指先が触れた本の背表紙に今自分が置かれた状況を思い出し脱力する。その行動を止めるでもなく、傍らの男はぽつりぽつりと言葉を続けた。
「直訳だと『角に枕が刺さった間抜け』で合ってる? 枕とかテントとか訳せるけど」
「……言い伝えが正しければ枕でいい。数百年は前の、臆病者の王の伝説だが」
夜襲にあった際、豪奢な枕に角が刺さって身動きが取れずそのまま首を落とされた王の話は野営地では鉄板の笑い話だった。あそこで育った子供なら誰だって知っている、他愛のない昔話。焚火に照らされた誰かの笑う声は鮮明に思い出せるというのに、しかしその話を最初に誰に聞いたのかをエンカクはとうの昔に思い出すことができなくなってしまっていた。
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DOODLE炎さんのあの指先の黒いのがマニキュアだったら萌えるなぁという話 彼は私に触れる前に、いつも爪の色を落としてくる。
かしり、とかじりついた彼の爪が素のピンク色であることに気がついて、今日もほんのりと胸の奥があたたかくなる。彼はわざわざ私の部屋に来る前に爪の色を落としてから来てくれる。他でもない私のために。名残りの欠片でも残っていやしないだろうかと爪の根元を舌でなぞっていると、咎めるようにかりりと舌の真ん中をひっかかれた。ふふ、とこぼれた笑みの意味は彼には届かないだろう。苛立ちのままに引き抜かれてしまった指からしたたる唾液がぽたりとシーツにしみを作る。その余裕のない眼差しに微笑みを返しながら、私はゆっくりと彼の硬いベッドへと身を横たえたのだった。
「結構減ってる」
1477かしり、とかじりついた彼の爪が素のピンク色であることに気がついて、今日もほんのりと胸の奥があたたかくなる。彼はわざわざ私の部屋に来る前に爪の色を落としてから来てくれる。他でもない私のために。名残りの欠片でも残っていやしないだろうかと爪の根元を舌でなぞっていると、咎めるようにかりりと舌の真ん中をひっかかれた。ふふ、とこぼれた笑みの意味は彼には届かないだろう。苛立ちのままに引き抜かれてしまった指からしたたる唾液がぽたりとシーツにしみを作る。その余裕のない眼差しに微笑みを返しながら、私はゆっくりと彼の硬いベッドへと身を横たえたのだった。
「結構減ってる」
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DOODLE未来捏造。炎さんの角が折れてます。ラブラブピロートーク!Make us who we are 彼の角が折れたときのことは、いまでも鮮明に思い出せる。
頭上に角を持つ種族には大まかに二種類あって、一生ずっと角が伸び続けるタイプと、ある程度の年齢で止まるタイプだ。サルカズは後者で、だからエンカクの角はおおよそ成長期が終わるころにはあの長さだったらしい。
「いちいち長さなど計測してはいないが、今の身長になったのとほぼ同じくらいだったはずだ」
右側に一本の大角、左側に二本の小角。左右非対称なのは珍しいとうっかりこぼせば、そんなのは傭兵の中にはごまんといたと鼻で笑われた。
「栄養状態が悪く短いままの奴もいれば、戦闘中に折れる者もいる。珍しいものではない」
「じゃあもうこっちのは一生伸びないのか。ふふ、かわいいなぁ」
1146頭上に角を持つ種族には大まかに二種類あって、一生ずっと角が伸び続けるタイプと、ある程度の年齢で止まるタイプだ。サルカズは後者で、だからエンカクの角はおおよそ成長期が終わるころにはあの長さだったらしい。
「いちいち長さなど計測してはいないが、今の身長になったのとほぼ同じくらいだったはずだ」
右側に一本の大角、左側に二本の小角。左右非対称なのは珍しいとうっかりこぼせば、そんなのは傭兵の中にはごまんといたと鼻で笑われた。
「栄養状態が悪く短いままの奴もいれば、戦闘中に折れる者もいる。珍しいものではない」
「じゃあもうこっちのは一生伸びないのか。ふふ、かわいいなぁ」