屋上のガスウィル 最近ウィルが屋上の花に水やりをしてると、毎週同じ曜日、同じぐらいの時間帯にガストがやって来て、しばらくお喋りをして帰っていく。
お喋りといっても、ガストが一方的に自分の話をしているだけだ。昨日のパトロールであったこととか、今朝のノース部屋でのハプニングとか、新しいカフェの情報とか。
ウィルが「おまえ、暇なのか」と言えば、「ここは緑が綺麗だし癒されるんだよ」と返される。
「いつも綺麗にしてくれてありがとな。」
「別に、おまえのためじゃない。」
「はは、そりゃそうなんだけどさ。」
最初は『何なんだ?』と本気で不審に思っているけれど、いつの間にか、なんとなくその曜日が楽しみになってることに気づいていないウィル。
ある日、いつも来るはずの曜日なのに、いつもの時間になってもあらわれない。
(何かあった?いや、そもそも約束してないし。考えてみたら俺と話してもあいつは楽しくないだろうし。いやいや、まずアドラーは俺と話すために屋上に来てるわけじゃないだろ!……でも、本当に何かあったとしたら……)
脳内でぐるぐる。
ソワソワしていつもより随分と雑に水やりをしたウィルが早めに切り上げて戻ると、ちょうど急いで上がってこようとしていたガストに鉢合わせる。
「あっ!ウィル!もう水やり終わっちまったのか。」
そう言うガストが、見たところ別に怪我もしてなさそうなのを確認してホッとする。
それと同時になんだか無性に腹が立ってきた。
「はぁ、心配して損した。もっと丁寧に水やりしてあげたかったのに。」
思わず冷たい口調でツンと言い放つウィルだったけれど、「えっ?心配してくれてたのか?ウィルが?俺を?」って聞き逃してくれないガスト。
ウィルは失言に気づいて「なっ……!」って口元を押さえるが、キラキラと瞳を輝かせるガストの前には手遅れらしいと気づいて顔を顰めた。
「なんだよ、屋上に用事があったんだろ。早く行けよ。」
ムスッとしてウィルが言う。
それを聞いたガストは一瞬きょとんとしてから、フッと鼻から息を吐き、少し困ったような笑顔で言った。
「ウィルも一緒に行かないか?」
「なんで俺が。」
「あー、悪ぃ。勘違いだったか。」
「………。」
「そうだよな。お前はお前で何か用事があって慌てて降りてきたんだもんな。」
「……別に慌ててない。」
「水やり、思うようにできなかったんだろ?よかったら俺、やっとくよ。」
「お前にできるわけない。」
「はは、ひでぇな。俺だって水やりぐらい───」
「“水やりぐらい” じゃない。種類によってはたくさんあげた方がいい子もいるし、逆にあんまりかけてやらない方がいい子もいる。適当にやるぐらいならしなくていい。」
「わかるぜ?」
「……なにが。」
「どの子にどんなふうに水をやるか、どんなふうに声をかけてかわいがってるか……ウィルのこと、いつも見てるからさ。ちょっとは俺もわかると思うってことだよ。」
「……っ!ちょ、ちょっとじゃダメだ!そんなんじゃ任せられない!」
「えぇ……厳しいなぁ。」
そんなふうに言いながらも、ウィルの口調に全然キレがなくなってしまったのに気づいているガスト。
(さて、どうしたもんかな。)
次の一手を決めあぐねていると、先に動いたのはウィルの方だった。
ガストに背を向けて今しがた降りてきたばかりの階段をまた上り始める。
「おっと……!?」
ガストが慌てて後を追う。
「お〜い、ウィル?」
「……お前に任せられないから俺がやる。それだけだ。」
「おお……。でもなんか急いでたんじゃないのか?」
「……別に。もう大丈夫になった。」
「そっか……。」
屋上について、先ほど片付けたホースをまた取り出す。
雑に片付けてしまったせいで絡まっているところがあって少し後悔していたら、パッと近寄ってきたガストがさっさとホースを伸ばしてくれた。
ウィルが律儀に「ありがとう」と言えば、ガストも「どういたしまして」と律儀にこたえた。
「………。」
「………。」
「……アドラー。」
「ん?」
「……なにしてるんだ?」
いつもは少し離れたベンチに座って1人で喋っているだけのガストが、今日はなぜかウィルのすぐ隣に立って静かに水やりの様子を見ている。
「ちょっとわかった気になってるだけじゃダメだって、お前に言われちまったからさ。もっとちゃんと見とかなきゃだろ?」
「意味がわからないんだけど。」
「ウィルが体調崩したり、泊まりがけで任務に当たったりすることだってあるだろ?そういう時に任せてもらえるぐらいには勉強しときてぇなって思ってさ。」
それならグレイさんだとかもっと適任がいるだろう、どうしてわざわざお前に頼むと思ったんだ。
……そんな憎まれ口は、結局口から出てくることなく喉の奥で消えた。
ガストがなぜだかとても楽しそうな表情だったから、毒気を抜かれてしまったのだ。
「なぁ、これはどんな花が咲くんだ?」
「へ?……あ、黄色の小さな花がたくさん咲くはず。」
「へぇ!ウィルにピッタリだな。」
「どういうことだよ……。」
「じゃあこっちは?」
「これは、もうすぐ咲くはずだ。ほら、そこに蕾があるだろ?」
「ほんとだ。」
「あっ、ほらこっちにも!」
「おお!これは……蕾の感じからしてピンクの花なのか?」
「正解。」
「よしっ!」
「ふふ……ン、コホン……ぴ、ピンクの花が咲くんだけど、この品種は他よりも大ぶりの花びらが特徴的で、すごく綺麗なんだ。」
「へぇ。……ウィルにピッタリだな。」
「アドラー、お前……何でもかんでもそう言ってるだろ……。」
「な、そんなことねぇよ!」
「………。」
ジトリとした目を向けるウィルに、ガストは少々焦った顔をしながら弁明してみせた。
「ほんとだって。お前は自覚ないんだろうけど……今すげぇ優しくて綺麗な顔してたから……。」
「き、きれ……!?」
「俺はウィルの怒った顔を見ることのほうが多いだろ?」
「う……」
もう嫌いじゃないと言っておきながら、今ひとつ冷たい態度を変えられないでいる自分の子どもっぽく意地っ張りな部分を指摘されたようで、居心地わるくなる。
だけどガストはそんなウィルを気にもしないように続けた。
「ここでこうやって見てると、ウィルが優しい顔をするからさ。それが見たくていつも来てんだ。」
「………。」
「最初は、この調子で世間話できるぐらいにはもうちょっと仲よくなれたらなぁ、って思ってたんだけど……今はもう少し欲が出てきちまったな。」
「………っ!?」
そう言うとガストは、隣に立っていたウィルの顔をまともに覗き込んだ。
ウィルは至近距離から覗き込まれて思わず小さく後退りしてしまう。
そんな慌てるウィルの様子にクスクスと笑ってガストが言う。
「なぁ、もっと植物の話、聞かせてくれよ。」
「植物……」
「ウィルは毎日ここに来てるんだろ?」
「で、できるときは、そうだけど。」
「俺も通おうかな。ウィルが大切にしてるもののことを俺も知りたいし、お前の優しくて綺麗な表情がもっと見てぇし……」
「……っ」
「あとは……時々、俺にも優しくしてほしい……」
途中まで何か勘違いしてしまいそうになるほどカッコよかったのに、最後だけ弱々しく捨て犬のような瞳で言ってくるものだから、思わずウィルは笑ってしまった。
「口説かれてるのかと思った。ふふ、……まぁいいや。別に、好きにしたらいいんじゃないか。」
「ウィル……!」
「お、屋上はみんなのものだし。……あと、いつまでたってもこんな態度をとって……ごめん。」
「………。」
「反射的にキツい言い方をしちゃうんだけど、植物の話なら……リラックスしてできるかも、だし……。」
「ウィル……」
これが今は精一杯だったのか、結局ふいっとそっぽを向いてしまったウィルが、なんだか無性に可愛らしい。
「……口説かれてるって、思ってもらってもいいんだけどな。」
「ん、何か言ったか?」
「いや、なんでもねぇよ。」
小さな声は水音にかき消されて届かないけれど、少しだけ前進した感触を確かめるように、緩む口元を隠しもせずにガストは右手拳をグッと握りしめた。
「あっ、おい!ここ!花咲いてる!」
「あっこら、アドラー!引っ張るな!知ってるから!」
「見ろよ、こんな優しい花が咲くんだな。ウィルみたいだ!」
「……お前。」
「ははっ♪」
おしまい