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    Rhea_season

    @Rhea_season

    ※色々整理するため現在大半は非公開中
    お読みいただきありがとうございました♪
    誤字脱字見直したら再開します✨

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    POIPOI 4

    Rhea_season

    ☆quiet follow

    ※金鹿√リンレト(リンレトリン)です。
とくだん破廉恥なことはしてませんので全年齢対象ですが、ただしBLという特質を理解いただける方のみお読みください。
基本的に二人だけのお話ですが、ちょっとだけ賑やかし程度にクロードさんがでてきます。
※なんでも許せる方向け

    #風花雪月
    wind,FlowerAndSnow
    #リンレト
    linklet
    #BL小説
    blNovel

    王の婚礼◻︎
     空の玉座を、ベレトはじっと見つめていた。厚い石壁に守られた広間には静寂が満ち、高窓から差し込む光が玉座だけを淡く照らしていた。本来そこにいるべき人は居らず、広間はシンと静まり返っていた。

     ゆっくりと歩みを進めたベレトは、玉座の前に立ち、そのひじ掛けにそっと指を添えた。ひやりとした冷たさが肌を伝う。それはまるで、この座が持つ重責と覚悟を訴えてくるようだった。

     そのまま指先を滑らせ、ベレトはひとつ小さく息を吐いた。この座が背負う重みを、まだすべて理解しているわけではないが、本来ならばこれは間違いなく自分のような者が軽々しく触れてよいものではないということだけはわかる。そう思うだけで、自然と背筋が伸びた。

    「…ここに座るべきだった人は、他にいたはずなのに」

     静かな呟きが、広間に溶けていく。背後にいたリンハルトは、黙ってベレトの背中を見つめていたが、やがてやわらかな声で応えた。

    「うん。…でも、今ここに貴方がいるのは、誰かの代わりじゃない。貴方自身が選ばれた結果だよ」

     ベレトは振り返らぬまま、ふっと笑った。日々をがむしゃらに生きていた。ただそれだけだ。選ばれたって、いつ選ばれたのだろう。玉座など望まず、結果的にここに至っただけなのに…。

     心の中は、複雑に絡み合ったままだった。この暗澹たる想いを、たったひと言で言い表すことなどできない。いや、たとえ言葉にできたとしても、それは本当の意味では伝わらない気がしていた。けれど、ある程度、自分のなかで気持ちの輪郭を見つけなければ、きっと前へは進めない。それだけは、わかっていた。

    「そうかもしれない。でも…もっと早く、立て直す機会はあった。あのとき、あの場所で―自分が違う選択をしていれば」

     言葉を落とすように呟いたベレトの隣に、リンハルトはそっと歩み寄る。肩が触れるほどの距離に立ち、体を預けるようにベレトの肩に頭をのせると、そのままぐりぐりと頬をすり寄せた。

    「すべてのことを悔やんでたら、キリがないよ。後悔するなら、寝る前にひとつだけ。で、朝になったら全部忘れちゃえばいい」

     冗談めかした口調のなかに、ベレトを思いやる響きがある。リンハルトのそれは寄り添うでもなく、突き放すでもなくただ、思ったことをありのまま伝える指針のようだった。
     ベレトがようやく小さく笑みを浮かべたのを確認した後、リンハルトは肩にそっと寄り添ったまま、声を潜め言葉を続けた。

    「……これは断言できるけどね。貴方が全部背負うのは違うよ。死んでいった人のために、貴方が引きずられたところで現実は変わらない」

     その言葉に、ベレトはわずかに目を伏せ、肩の力をすっと抜いた。

    「……君がいると、気が楽になる」

     その一言に、リンハルトは少しだけ笑って、すっとまっすぐな声で答えた。

    「うん、そうありたいからね。貴方がそう言ってくれるなら、それだけでいい。僕にとって、国とか立場とか、そういうのは正直どうでもいいんだ。貴方がここにいてくれるなら――それで、十分なんだよ」

     そして、ふと肩の力を抜くようにして、リンハルトは続けた。

    「僕はね。ずいぶん身軽になったと思う。今は貴方だけに集中できるぶん、前よりずっと気楽だよ。…このくらいの考え方でいこうって、最近は思ってる。じゃないと、たぶん、前に進めないから」

     その言葉に、ベレトは目を細めて、小さく笑った。

    「君の口から“前に進む”なんて言葉が出るとはね」
    「僕だって、前には進みますよ。……貴方と一緒なら」

     そう言いながら、リンハルトはそっとベレトを抱きしめた。すらりとした腕が腰に回される。ベレトはその手に、自身の手を重ねた。目を閉じると、背中越しに伝わる体温と、静かな鼓動がやけに心地よい。

    「正直、君が、こんなに頼りがいのある男になるなんて思わなかったな」

     くすりと笑いながら言うと、背中から少し拗ねたような声が返ってくる。

    「相変わらずちょくちょく失礼なこと言いますよね、貴方って。でも……まあ、誉め言葉として受け取っておきます」


     広間には、ふたりきりだった。
     人払いのあとの玉座の間は、しんと静まり返り、厚い石壁が外の喧騒を遠ざけている。その静けさのなかにあるのは、やわらかな沈黙と、ふたりの気配だけだった。

     ここは、これからのフォドラを担う者たちにとっての、ひとつの出発点となる場所となる。生まれたばかりのこの国の行く末は、まだ何ひとつ決まっていない。けれど、それゆえに、どこへでも進んでいける。

     この広間は、明日の戴冠式をもって、白紙の未来を紡いでいくための舞台になる。その玉座に座るのは、王という存在に最も縁がないと思っていたベレトだった。とはいえ、何故自分がこうしてここに立っているのか、その理由を未だつかみきれずにいた。

    「どうか、無理はしないでくださいベレト。貴方はすぐに無茶をするから」

     耳元で、リンハルトがそっと囁いた。その声は、まるで独り言のように静かでありながらも、リンハルトの本音を色濃く滲ませていた ここに至るまで、二人にとって本当に色々なことがあった。無茶をするなといわれても無茶するしかない状況の繰り返しだった。休むまもなく次々と起こる事案をひとつずつ片付けた結果、今にいたる。ただそれだけの事だった。

    「……僕は、貴方がいるから、こうしていられるんです。貴方がいなくなったら、どうやって生きていけばいいかなんて、考えたくもない」

     ベレトは、ゆっくりと目を開けた。そっと、リンハルトの手をわずかに強く握り返しながら、もう片方の手で彼の髪をやさしく撫でる。

    「だから…せめて貴方にすがっている僕のために、自分をもっと大切に思ってください。今はそれだけでいい」

     ふたりきりになったときにふと見せる弱さに、ベレトは気づいていた。リンハルトもまた、この戦乱の中で深く傷ついたひとりだ。

     ベレトを慕って金鹿の学級に移籍したことで、祖国を敵に回し、かつての友と剣を交えなければならなかった。
    感情を口にしているうちは、まだ安心できた。けれど、リンハルトの表情から、色も、声も、熱もすべてが抜け落ちていくのを。戦場で幾度となく見た。
     その姿は、痛ましいほど静かだった。とくに帝国との一戦では、彼を戦場に連れていくべきではなかったと、今でも思っている。

     それでもリンハルトは、「貴方のそばにいたい」と、ただそれだけを言って、躊躇うことなく隣に立ち続けた。旧知の者たちに向けて放つ魔法は表情とは裏腹にまっすぐで歪みない。まるでリンハルトの覚悟そのものを表しているかのようだった。
     乱れた髪を整えながら「貴方の教え方が上手いからこんなに威力が増しちゃって。僕って一途だなあ…」となんのことなく飄々と語りながらも、その瞳の奥には常に翳りがあった。

     それでもリンハルトはどんな時でもベレトの後ろからついてくる。必ず隣に寄り添おうとする。それは、彼の持ちうる全てを失ったとしても何も変わらなかった。
     
     その、まっすぐに自分にだけ向けられるその想いに、真摯に向き合いたい、応えたいと思うのは、ごく当たり前のことだった。 

    「君が安心できる場所を、ちゃんと用意しないとな」

     そう口にしたベレトに、リンハルトは肩越しに笑みを返した。

    「僕は、こうして貴方のそばにいられるなら、それだけで充分ですよ。それに貴方から、これをいただきましたし」

     そう言って、リンハルトはそっと手を掲げた。薬指には、かつてベレトが彼に手渡した指輪があった。それは華やかさはないけれど、控えめに、けれど確かに光を宿していた。

    「これがあるなら、もう他には何もいりません。富や名誉なんて俗物は、十分すぎるほど享受してきましたから」

     元より興味がなかったとはいえ、地位も名誉も──それを取り巻くあらゆる繋がりさえも手放して、なお、ここにいてくれる。それが、どれほどのことか。その想いを愛おしいと言わずして、いったい何と言えばいいのだろう。
     打算のかけらもない、裏のない実直な言葉だった。だからこそ、リンハルトのその声音は、まっすぐにベレトの胸の奥へと染み込んでいった。

    「……そうだな。君がいてくれるなら、何とかなるかもしれない」

     弱く微笑むベレトに、リンハルトは少しだけ頬をふくらませて言い返した。

    「“何とかなる”じゃなくて、“何とかします”。僕が」

     リンハルトの言葉は、理屈としてはどこにも説得力がなかった。けれど、だからこそ、余計な理屈を挟まないそのまっすぐさが、どんな言葉よりも深く、ベレトの心に響いた。
     不思議と、胸の奥にあたたかさが灯る。たったひとつの、頼りないようで頼もしいその声が、迷いがちな心にそっと触れてくれた。
     それだけで、ほんのわずかながら、ベレトの中で覚悟と呼べる何かが静かに定まっていく気がした。

    ◻︎

     旧帝国歴1186年。フォドラ統一王国、初代国王の戴冠式が、盛大かつ荘厳に執り行われた。
     白銀の軍装に身を包んだ騎士団を先導に、ベレトは厳かな鼓笛とともに玉座の間へと入場する。整列した騎士と諸侯が息を呑み、その姿を見守るなか、大理石の床には隣国パルミラから献上された絹織物が敷かれ、傍らには季節の花々が惜しみなく飾られていた。

     新たなる王の姿を一目見ようと集まった民衆は、城の外からそのときを待ちわび、やがて玉座の間から響く音に合わせて、万雷のような拍手と歓声を上げた。

     凛とした足取りで進む新王の姿は、ひときわ目を引いた。その見目麗しさはただ美しいだけでなく、女神の加護を宿し、数多の戦場を駆け抜けた者ならではの威厳をも感じさせる。その存在は、まさに新たな時代の到来を告げる、光のようであった。

     白と黄を基調とした礼装には、銀糸の紋章が控えめに輝いている。胸元に掲げられた宝珠は、聖教会から贈られた統一の証であった。それは、王としての気高さと威厳を象徴するとともに、新王の背後にある揺るぎない後見の力を、静かに人々へと示していた。

     戴冠の儀は、王の旧友であり、レスター諸侯同盟の盟主であり、現パルミラ王であるクロードの手によって執り行われた。一見すれば「パルミラの属国のように見える」として反対の声も少なくはなかったが、長き戦乱に終止符を打ち、フォドラを統一へ導いたのは、他ならぬこの二人だった。

     そして何より、両者ともに上下の序列にとらわれることなく、対等な立場で互いを支え合いたいという、まっすぐな思いを抱いていた。勘ぐる者も少なくはなかったが、誰も彼らに逆らえるものは居らず、最後にはその在り方を受け入れるしかなかった。

     静かに王冠が掲げられ、厳かな祝福の言葉とともに、それがベレトの淡い白緑の髪にそっと置かれた。その瞬間、空気が張り詰めたように静まり返り、玉座の間に差し込む陽光が、まるで新たな時代の到来を告げるかのように、王を柔らかく照らす。

     沈黙を破ったのは、式を執り行った男の、茶目っ気を含んだ声だった。

    「ようやく様になってきたな、きょうだい」

     クロードが口元を吊り上げて笑みを浮かべる。ベレトは呆れたように彼を見やり、低くつぶやいた。

    「……本当に、とんだ置き土産をしてくれたな」

     その言葉に、クロードはわずかに肩をすくめた。

    「まあ、あんたならうまくやれるって信じてるよ。……思うことは、いろいろあるだろうけどさ。それについては――すまないと思ってる」

     ひと呼吸置いて、クロードはふっと目を細めた。

    「でもな。俺としては、こういう形に落ち着いてくれて、よかったと思ってるよ。……ありがとう、先生」

     クロードが静かに口にしたその言葉と同時に、鐘の音が高らかに鳴り響いた。
     フォドラ全土へ――新たな王の誕生が告げられる。
     長く続いた戦乱を超え、ついに、フォドラ統一王国がその幕を上げたのだ。歓声が沸き起こり、騎士たちは剣を掲げて誓いを新たにする。諸侯は深く頭を垂れ、民は涙を浮かべながら、新たな治世に希望を見いだす。

     かつてこの大地を覆っていた闇は、もうない。

     もちろん、課題は山積している。すべてがうまくいくわけではない。けれど、「彼ら」が命を賭して託した想いを、今を生きる者たちが背負っていくほかない。
     振り返ることなく、歩みを止めることなく――新たな時代は、ここから始まる。

     ベレトは、玉座の間に集う諸侯をゆっくりと見渡し、その視線をふと横へと移した。その先にいたのは、傍らに静かに佇むリンハルトの姿だった。今日の祭典に合わせ、彼は珍しく純白のローブに身を包み、肩にかかる髪をいつもより整えている。けれどその端正な装いにもかかわらず、彼は小さく欠伸を噛み殺していた。

     ベレトと目が合うと、リンハルトは気まずそうに背筋を伸ばし、照れ隠しのような笑みを浮かべて、小さく手をあげた。その仕草が、華やかな場の空気にふと安らぎをもたらす。それを見て、ベレトの胸に広がったのは、静かで確かな幸福だった。

    「リンハルト」

     ベレトが、名を呼んだ。
     広間には、祝福の声や杯を交わす音、笑い声が渦巻いていた。けれど、不思議なことに、その静かな呼び声だけは、はっきりとリンハルトの耳に届いた。
     反射的に顔を上げると、ベレトがこちらを見て、そっと手招きしていた。それを見止めた、リンハルトの周囲の人々が自然と道をあけ、広間の奥まで視線が通る。
     軽いざわめきのなか、リンハルトはゆっくりと歩みを進めた。

     人々の間を縫うように進む途中、ふと耳に届いたのは、かつての級友の、どこか懐かしい声だった。

    「……こりゃ説教か?」

     思わず小さく笑いそうになる。
     士官学校時代、寝坊するたびにベレトに呼び出されていた朝の記憶が、唐突によみがえった。もちろん、今さらそんなはずはない――そう思いながらも、ほんのわずかに胸の奥に不安がよぎった。当時全く気にも留めていなかったのに、何を今更…。

     あの頃から寝坊も怠惰も、ある種ベレトの気を引くための手段の一つだった。自分だけを呼び出すその瞬間がたまらなく好きで、なにかと理由をつけてはベレトに近づいた。少しずつ慣れ、絆され、打ち解けていくベレトの表情の変化を見ながら、ゆっくりと此方にきて欲しい。はやく振り向けと思っていた。深く考えず、験よく女神の塔の伝説に託けてみたり、柄にもないことをたくさんしてきた。 なによりも、こんなに人に対して固執したのははじめてだった。

    ――そしていま、ここにいる。

     視線の先に佇むベレトは、いつも以上に煌びやかで眩しい。それでもその瞳に宿る暖かさはリンハルトがよく知るベレトの眼差しそのままだった。

    (相変わらず綺麗な人だ)

     装束なんて関係ない。リンハルトにとって彼は何よりも眩しくて美しい。
     この人がいるから自分は自分でいられる。
     彼が女神だろうが国王だろうが悪魔だろうが関係ない、リンハルトはその一点だけを見据えて共にあり、そして前に進む。

    (こういう気持ちだったんだろうね、君も)

     ふいに今は亡き、黒鷲の旧友を思い出した。
     あの頃は何故こんなにも尽くし、無駄と思うことも汚れた任務も何も言わず粛にこなす様に、正直意味がわからないと思っていた。何故他人のために命を賭して尽くせるのか。全く理解できなかったし、ああなりたくはないとさえ思うこともあった。わかってしまえば大したことはない。

    「君にとって、彼女は大切な存在だったんだね」

     その関係が愛なのかは正直わからない。二人の関係性の詳細なんてしらない。それでも、そこにあったのは敬意であり忠節であったことだけは間違いない。

    ――いつか自分も彼のようにベレトのためなら何でもするような日が来るのだろうか。

     そう思いながら、再びベレトに視線を向けた。壇上から見下ろすベレトは優しい目で見守っている。この先なにがあるか。再び戦になることもあるのだろうか。

     それでも自分は、彼のために戦うというより、どんな時でも彼を守る存在になりたい。

    (どうせ守られるのは僕だけど)

     それでも、その隣に立ち続けられるように、彼とともにありたい――自分の願いは、それだけだ。

    「……愛しています。いとしい人」

     もう迷わない。
     自分にとっての道は、たった一人を見つめ、寄り添い、共に歩いていくことだけ。
     その道がどんなに長く、時に険しくあったとしても、この想いが揺らぐことはない。

     リンハルトは、静かに息を吐き、小さく呟くと、ベレトのもとへと、ゆっくりと歩みを進めていった。

    ◻︎

     クロードは、柔らかな笑みを浮かべながらベレトの隣に立ち、ともに静かな会話を交わしていた。陽光を受けて淡く輝くベレトの白衣とは対照的に、クロードの装束は鮮やかで目を引く色合いだった。
     やがて、遠くから歩み寄ってくるひとつの影に気づいたクロードは、その視線をベレトに託すようにして、数歩、静かに後ろへ身を引いた。
     リンハルトが、手を伸ばせば届く距離まで近づいたとき、ベレトは一瞬の迷いも見せず、その手をそっと取り、そのまま優しく、自分のもとへと引き寄せた。

     祝典の最中、人々の視線がふたりに集まる。
     ベレトは、その場に集まる人々の視線を恐れる様子もなく、もう片方の手に抱えていた小さな花束を、そっとリンハルトの手の中へと預けた。それは──王冠の縁にそっと添えられていたものと同じ、淡い黄色の花だった。王国の象徴として用意されたそれを、ためらいなく託された瞬間。ベレトの表情には、いつになく静かでやわらかな微笑が浮かんでいた。

     ああ──この顔が、好きなんだ。

     この人がこうして穏やかに笑っている時の表情が、どうしようもなく愛しい。そう思いながら、リンハルトは手の中の花を見つめ、それからそっとベレトを見返した。
     ベレトはそのまま、広間を見渡すようにして、静かに、しかし確かな声で告げた。

    「国王となったこの日、皆に伝えたいことがある」

     ベレトは、一瞬視線を巡らせてから、静かに言葉を続けた。

    「私は、この者――リンハルト=フォン=ヘヴリングを、伴侶とすることを、ここに宣言する」

     一瞬、広間が水を打ったように静まり返る。賑やかだった祝宴の空気が、まるで時を止められたように凍りついた。

     当然のことながら、リンハルトも目を見開いた。おそらく誰よりも驚いた顔をしたかもしれない。

     この日、この場で、そんなことを口にするなんて──。
    ──ほんと、この人、どうかしてる。

    「ちょっと……こういうのって、段階を踏んでからじゃないと……」

     動揺を隠せずにいるリンハルトの顔を見て、ベレトは、どこか困ったように微笑んだ。けれどその瞳の奥には、揺るぎないものが静かに宿る。

    「あいにく、自分の伴侶になるべき人は、あまり常識にとらわれない人でね。長く一緒にいたら、自分も似てしまったらしい」

    「……え、これ、僕のせいなんですか?」

     呆れたように返すリンハルトに、ベレトはくすりと笑った。

    「何年も君に振り回されたからなぁ。…でも、ここに至るまでのことを思えば、このくらいのこと大した話でもない。もういいんだよ。自由に生きたいように生きればいい。誰に何を言われたって、選んだのは自分であり、受け入れたのは君であればいいだけの話だ」

     その言葉は、祝辞でも告白でもなく、ただ愛するひとに向けて放たれた、まっすぐな想いそのものだった。リンハルトは、息をのむほど静かに、ベレトを見つめたまま言葉を失っていた。

    「自分が君にあげられる安心は、たぶんこれくらいしかない。…君の残りの人生すべてを、自分に預けてもらえる?リンハルト」

     あまりにも真剣な声音だったからこそ、リンハルトは呆れたように小さく息を吐いた。

    「……ほんと、貴方って面白い人だ」

     予想の斜め上を行く人。
     けれどいつだって、その驚きは苦いものではなく、心をあたためてくれる、おだやかで、優しくて、そしてすこしだけずるい人。

    「こんなことしなくても、僕はずっと言ってますよ? 貴方の傍を離れないって」

     リンハルトはそう言いながら、ゆっくりとベレトの手を取り、その甲に唇を寄せた。
     それはまるで誓いのように──静かで、丁寧で、うやうやしい口づけだった。

    ──どこへ行こうとも、傍にいる。

     その小さな約束が、ふたりの時間を、さらに深くやさしく結びつけていく。

     重たかった沈黙は、やがて熱を孕み、やがて祝福の歓声と拍手となって広がっていく。
     その高まりの中で――ベレトはリンハルトの頬にそっと手を添えた。
     まっすぐに彼の目を見つめ、言葉も許しも待たずに、身を寄せて唇を重ねた。

     拍手はさらに大きくなった。傍らで肩を揺らしながら、クロードが笑った。

    「おいおい、いきなり飛ばしすぎだよ、国王陛下」

     そんな言葉を口にしながらも、彼の目はどこまでも優しかった。
     この予想外の展開は、彼にとっても愉快な出来事だったのだろう。なにより、古い形式にとらわれない、柔らかな変革の兆し。それを象徴するには、これほどふさわしい瞬間もないのかもしれない。

     思わず口元が綻びながらも、心のどこかで、これがひとつの時代のはじまりなのだと、確かに感じていた。、ふたりはそれほど気にすることなく、額をあわせ抱擁と甘やかな口づけを交わした。その口づけは深く、それでいて品位を損なわぬ、美しい愛情の証だった。見つめ合うその眼差しには、もう迷いも、痛みも、何ひとつ残っていない

     唇が離れたあと、リンハルトはどこか恍惚とした瞳でベレトを見上げた。

    「……貴方からしてもらったの、初めてだ。ほんとうに驚かせてくれる」

     小さく笑いながら、今夜が楽しみだと、そっと囁いた。ベレトは「お手柔らかに」とだけ言って、彼の頬にやさしく口づけた。

     湧き上がる歓声の中、リンハルトはベレトから受け取った花をあらためて見つめた。
     黄色を基調とした、晴れやかな花々は見覚えがあるものだった。

     花言葉は──「究極の愛」。

     それはかつて、学生時代にベレトの興味を引くためにリンハルトがベレトに贈った花だった。

    (冗談交じりで花言葉を教えたのに……ちゃんと、覚えててくれたんだ)

     胸の奥に、あたたかい何かが灯る。

     出会ったときから、いままでの記憶が脳裏を駆けめぐる。
     剣士の教師なんて、自分には無縁だと思っていたこと。
     でも、意外と優しい人だと気づいたこと。
     珍しい紋章を持っていると知ったこと。
     いつの間にか惹かれていたこと。
     死んだと聞かされたあの日の絶望。
     そして、勇気を出して告白した日のこと。

     いくつもの思い出のなかに、今日という日がまたひとつ加わる。
     これから先もきっと、ふたりの時間はこうして少しずつ積み重なっていくのだろう。

    「リンハルト」

     名前を呼ぶ声に、はっとして顔を上げると、ベレトがそっと抱き寄せてくれた。
     その優しさに触れた瞬間、目から涙がこぼれ落ちる。

    「……僕は、貴方に会ってからずっと振り回されっぱなしです」

    「それはこちらのセリフだよ、リンハルト。……そして、これからも君らしく、自由に自分を振り回してくれ」

    「……なんですか、それ」

    「そういう君を見ていると、自分は癒されるから」

    ――ずいぶん流暢に語るようになったものだ。
     
     リンハルトはそう思いながら、目尻を指で拭った。これからも、この人だけが知っている自分と、そして、自分だけが知っているこの人と一緒に、生きていきたい。

    「僕の人生はこの先、あなた以外、なにも見えなくなっちゃいそうだ」

     呟くようにそう言えば、ベレトはふと目を細めて微笑み、静かに答えた。

    「──願わくば、そうあってほしい」

     その声に、少しだけ肩の力が抜けた。
     どんな世であっても、自分の隣にこの人がいる限り、きっと進んでいける。

     それは甘い夢ではない、現実のなかに選び取った、ふたりの道。

     リンハルトは、そっとベレトの身を引き寄せる。
     腕の中にあるぬくもりが、すべての答えだった。


    —------------
    金鹿(翠風)のリンレト(リンレトリン?))でした。
    個人的には、肉体的に致さない限りは左右ないと思ってはいますが、「致した場合はリンレト」とおもって書いてるので、普段リンレトといってます。このへんの説明が難しい関係性…。
    私の風花雪月プレイ記録上、ベレトの初婚は、金鹿のリンハルトでした。
    ユーリオンアイスが大好きだったので、勇利くんの声を担当していた豊永さんボイスにホイホイ惹かれ金鹿を選び、これまた「同性婚あるんだ、へぇ、この子か、どんな感じなんだろう?」というただの好奇心から、伴侶をリンハルトにしたという…軽率な感じのスタートでした。(はじめて遊ぶってそういうものだとおもってご容赦ください)
    以降、リンハルトさんはどの√でもベレトさんのまわりをうろうろし、ジワジワと熱を訴えてくるので、現在5回ほどプレイしてますがそのうち3回はリンハルトさんの手に落ちてます。なんか絆されちゃうんですよね。彼の不思議な魅力に。
    なお(リンハルト3回、ユーリス1回、イエリッツア1回という内訳です。ぼーいずらーぶ)
    今ちょうど金鹿でReplay中というのもあり、また、初心にかえってみようとおもって、金鹿ルートのリンレトさんで妄想してみました。
    このルートのリンハルトさんはひとりだけ金鹿の学級に転籍しています。
    それ以上はいいません…はい…。
    どの妄想でもそうなんですが、敵対してしまう展開の場合、自分的にかなしくなるので、その他の人はあまり固有名詞をなるべくださないようにしてます。なのでそれ以上はご想像におまかせということで…。
    いろいろツッコミどころはあるかとおもいますが、金鹿・銀雪のリンレトもとても好きです。実家のことイヤイヤいいながら実家で培ったスキルがさく裂しちゃって不本意ながらもベレトのために仕事をするリンハルト…おつかれさまです。
    休むために仕事をする。これは自分が楽をするための努力を惜しまない社畜のようで、不本意ながらもベレトさんのためなら苦じゃないと思っててほしいかなー…。

    ちょっとでも楽しんでもらえたらこの妄想にも意味があったと思えます。
    だらだら長い妄想におつきあいいただきありがとうございました。

    普段、王国界隈でうろうろしてますが、支援Sとてもうらやましいです。
    確固たる地位と安定感。
    そして、なにより即日伴侶宣言するベレト先生…わりと待てないひとだった。
    あ、数年まっていたのか…すみません(笑


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    Rhea_season

    DONE紅花√END後のリンレト。私の脳内では、小さな町でブックカフェを経営してのんびり暮らしているので、そんなある日の出来事程度ななにか。

    深謀遠慮
    深く考えを巡らし、のちのちの遠い先のことまで見通した周到綿密な計画を立てること。また、その計画
    深謀遠慮 店の扉が静かに閉まり、最後の客の気配が遠のいていった。午後の陽ざしが斜めに差し込むブックカフェには、ようやく深い静寂が戻ってくる。

     ベレトは、カウンター奥で片づけをしながら小さく息をついた。いつものように、最後まで客の話を聞いていたせいで、座る暇もないまま気づけば営業時間を越えてしまったらしい。

     そんなベレトとは対照的に、リンハルトは店の奥のキッチンスペースで、遅めの昼食の準備に取りかかっていた。といっても、冷蔵庫にあった作り置きのサンドイッチを二人分、白い皿に移し替えるだけの、ごく簡単なものだった。それでも食材が乾かないよう、ひとつずつ蝋引き紙で包まれていたため、それを綺麗に剥がして、具が崩れないように慎重に移し替えるのは見た目以上に気を使う作業だった。崩れやすいレタスや、はみ出しかけたチーズには、そっと指先を添えて形を整え、崩れないように静かに支えながら皿へと移していく。
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