Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💙 💜 🍉 🍌
    POIPOI 101

    takami180

    ☆quiet follow

    47都道府県グルメ曦澄企画
    北海道、ちゃんちゃん焼き

    #曦澄

     いらっしゃいませ、と落ち着いた調子の店員の声に促され、江澄と藍曦臣は店の奥へと足を運んだ。店内は鉄板焼きの香ばしい匂いで満ちている。
     江澄と藍曦臣が向かい合って席に着くと、すかさず店員が水を持ってやってきた。
    「お飲み物をおうかがいいたします」
    「地ビールで」
    「烏龍茶をお願いします」
    「かしこまりました」
     店員は注文を受けると、まずテーブルの脇のつまみをひねって鉄板に火を入れた。それから、江澄の前にメニューを置いて去っていった。
    「ちゃんちゃん焼きは予約してある。ほかに食べたいものはあるか?」
    「そうですね……」
     江澄の手からメニューを受け取り、藍曦臣はページをめくった。
     鉄板焼きの店である。肉でも、魚介でも、おいしそうではあるけれど、とりあえずは今夜のメインをいただいてからでないと食指が動きそうにない。サラダ、とも考えたが、ちゃんちゃん焼きは野菜もたっぷり入る。
    「後で考えましょう」
     江澄はうなずいて、藍曦臣から戻ってきたメニューをぱらぱらとながめた。あとでとうもろこしを頼んでもいいかもしれない。
    「失礼します」
     江澄の前にはビールのグラス、藍曦臣には烏龍茶が置かれ、店員は続けて「もう、ご用意してよろしいですか」と尋ねた。
     すでに鉄板からは熱を感じる。
     江澄が「お願いします」と頼むと、店員はカウンターの向こうから大皿を二枚持ってきた。一枚にははみ出すほど大きな鮭の切り身が載り、もう一枚にはキャベツやたまねぎ、ニンジンが山盛りになっている。
     鮭は切り身とはいえ身が厚い。半身の三分の一ほどもあるだろうか。
     店員はさらにバターと、たれの入った器をテーブルの端に置いた。
    「こちらでお焼きしてよろしいですか」
    「はい、お願いします」
     まず、バターが鉄板の上をすべった。五センチほども厚みのあった黄色いかたまりは、返しに操られてあっという間に溶けていく。
     じゅうぶんにバターがいきわたったところで、店員は鮭を鉄板に載せた。
     ジュウウウという音が響く。
     藍曦臣がふと顔を上げると、江澄が食い入るように店員の手元を見ていた。
     今夜のちゃんちゃん焼きをリクエストしたのは江澄だった。北海道旅行の話が出たときに、一番に決まったのはホテルではなくて、このレストランでの食事だった。
     札幌から石狩まで、わざわざ足をのばすことになるのを承知で、江澄はこの店を予約したのだった。
     鮭の切り身は店員の手で空を舞い、裏返って再び鉄板に戻った。
     焦げ目がついた鮭の身は白い湯気を立て、江澄と藍曦臣の胃を刺激した。
     その鮭を囲うようにキャベツが敷かれ、ニンジンとたまねぎも後に続く。最後にきのこがちりばめられた。
    「たれが飛ぶことがあるのでご注意ください」
    「あ、はい」
     江澄はわずかに身を引いたが、その視線はやはり鉄板にくぎ付けだった。
     店員は手早くみそだれをかき混ぜ、さっと鮭と野菜の上に回しかけると、ジュウジュウと音を立てる食材たちを蓋で隠した。
     さっそくみその焦げる香ばしい匂いが立ちのぼる。
    「少々、お待ちください」
     店員が去っても、江澄は鉄板を見つめたままだった。
     藍曦臣はふと、十何年も前のことを思い出した。聶家で遊んでいたときに、みんなで昼食をいただいたことがあった。ホットプレートを前にして、蓋が開くのをじっと待つ江澄はまさにこんな顔をしていなかっただろうか。
     あのとき、昼食を作ってくれたのは年長の聶明玦だった。彼はたしか、ホットプレートの蓋を開けた後、中身を鮮やかな手つきで混ぜていた。
     あれはもしや——
     店員が戻ってくると、江澄は腰を浮かして言った。
    「あの、この後、自分でやってもいいですか」
    「ええ、どうぞ。やけどなさらないように、お気を付けください」
     ふたを開けると、白い湯気がむわりとふくらんだ。みそだれをまとった鮭と野菜は、蒸されてつやつやとしている。
     そこに、江澄は返しを突き立てた。大雑把に鮭を切り分け、野菜と一緒に返しで混ぜる。金属と金属のぶつかる音が小気味いい。
    「皿、出してくれ」
     藍曦臣が取り皿を差し出すと、江澄はそこにたっぷりとちゃんちゃん焼きを載せた。そうして、よし、と満足げに笑う。
    「おいしそうです」
    「だろう?」
     江澄は自分の分を取り分けて、ようやく藍曦臣を見た。
     二人で「いただきます」と言い、箸を取る。
     鮭はほろほろと口の中でほぐれ、キャベツはしゃきしゃきと噛み応えがあり甘い。
     バターとみその香りが鼻を抜けていく。
    「うまいな」
    「ええ、おいしいですね」
    「ごはんがほしい」
    「そういえば」
     江澄は追加で二人分のごはんと、とうもろこしを注文した。
     とうもろこしは鉄板の端でじっくり焼くことにして、江澄はその間にちゃんちゃん焼きをおかわりした。
     ごはんの上に鮭をのせて口に入れる。
     ビールも飲む。
     ニンジンとたまねぎを食べる。
     また、ごはんが食べたくなる。
    「ふふ……」
    「なんだ?」
    「いえ、来てよかったなと」
     藍曦臣もおかわりを皿によそって、ごはんと交互に口に運ぶ。
    「俺も、来られてよかった」
    「おいしいですものね」
     江澄は返しで残っていたちゃんちゃん焼きを二人分に分けた。これだけでもうだいぶお腹がいっぱいになった。
    「追加します?」
    「……いや」
    「ラムもあるみたいですが」
    「ラム……」
    「はい」
     それはそれでなかなか食べる機会はない食材である。
     江澄はメニューを開いた。ビールももう残り少ない。
     次はなにを頼もうか。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏😋🐟😀☺☺☺☺🍻🍻🍻👏👍😊
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    takami180

    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

    takami180

    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

    recommended works

    takami180

    PROGRESS恋綴3-4(旧続々長編曦澄)
    あなたに会いたかった
     翌日、清談会は楽合わせからはじまった。
     姑蘇藍氏の古琴の音は、軽やかに秋の空を舞う。
     雲夢江氏の太鼓の音は、色づく葉を細かく揺らす。
     世家それぞれの楽は、それぞれの色合いで清談会のはじまりを祝う。
     江澄はふと、ここしばらく裂氷の音を聞いていないことに気がついた。藍曦臣と会っていないのだから当然である。
     藍家宗主の座を見ると、藍曦臣は澄ました顔で座っている。一緒にいるときとは違う。宗主の顔だ。
    (少しは、話す時間があるだろうか)
     あいさつだけでなく、近況を語り合うような時間がほしい。
     夜にはささやかな宴が催される。
     酒はなく、菜だけの食事だが、さすがに黙食ではない。
     そこでなら、と江澄は期待した。藍家宗主も、江家宗主にはある程度の時間を割くだろう。
     ところが、である。
     藍曦臣は初めに江澄の元へやってきたものの、あいさつもそこそこに金凌のほうへ行ってしまった。そうでもしないと、まだ若い金宗主の周囲に、あらゆる意図を持つ世家の宗主たちがたかってくるのは江澄も承知している。
     江澄とて、藍曦臣と少し話したら、金凌の傍らに張り付いていようと思っていたのだ。
    「おや、沢蕪君 1622

    sgm

    DONETwitterに上げてた蓮花塢恒例。夏のラジオ体操と曦澄。雲夢在住モブ少女(5)視点。
    8/10のみオーダーができるっていう豊島屋さんの鳩印鑑可愛いよね。ってとこからできた話。
    夏の蓮花塢恒例体操大会 犬印の秘密 雲夢江氏では毎年七月八月になると蓮花塢の近隣住民に修練場を解放して卯の刻から毎日体操をしている。参加は老若男女問わず自由だ。
     十日間参加すると菓子が褒美としてもらえ、二か月休まずに参加すると、庶民ではなかなか手に入れることが難しい珍しい菓子がもらえるということで、幼い子どもから老人まで参加者は多い。
     雲夢江氏の大師兄を手本として、太鼓の音に合わせて全身を動かす体操を一炷香ほど行う。
     体操が終わった後は一列に並んで、参加初日に配られた日付の書かれた紙に江宗主から参加した証拠となる印を押してもらうのだ。
     その印は江宗主が東瀛へと船を出している商人から献上されたもので、可愛らしい鳩の絵と「江晩吟」と宗主の姓と字が彫られたものだった。なんでも八月十日にのみ作ることが許されているという特別な物らしい。ただ、あまりにも鳩が可愛らしいものだから、江宗主の通常業務では利用することが憚られ、また子ども受けが非常に良いこともあり体操専用の印となっているとのことだった。
    3499